◆ミカ④
たまに、視界の中で白い浮遊物が見える、と相談すると、タイヨウは深刻な表情で教えてくれた。
「それは……デプレッシャ化の兆候だな」
「デプレッシャ? あー、たまに渋滞とか電車が止まる、あれ?」
「そう。コラプスエリアを発生させる原因だ。症状が強くなる前に、浄化してもらった方が良い」
「浄化ってなに?」
タイヨウは詳しくデプレッシャ化の仕組みを教えてくれた。
「へぇ、浄化には魔石が必要なんだ」
「心が弱っていると、呪いが溜まる。もし、少しでも苦しいことがあれば、気軽に相談してくれ。ほら、これ」
そういって、タイヨウは部屋の合鍵を渡してくれた。
「いつでも、ここに来るといいさ。俺と一緒にいるときは、寂しさも忘れさせてやるから」
「タイヨウみたいな馬鹿にそんなこと言われても、ぜーんぜん嬉しくない」
だけど、少し嬉しかった。タイヨウに合鍵をもらってから、雪を見る機会が減った。もしかしたら、このまま治るかもしれない。それでも、退屈や孤独感は消えず、私はタイヨウの家に通った。
「そういえば、魔石ってこれのことだよね」
その日はタイヨウが留守で、棚の上に飾られていた紫色に輝く石を手に取ってみる。
「へぇ、綺麗だなぁ」
ぼんやりと眺めていると、タイヨウが帰ってくる。
「よう、ミカ。来ていたのか……ん?」
なぜかタイヨウが黙って近付いてきたかと思ったら、私が見ていた魔石を取り上げる。
「……なんか怒ってる?」
「いや、そんなことないさ」
タイヨウは否定しながら、魔石をもとの場所に戻したが、明らかにいつもと違った。昔、凄い高級なグラスを割ってしまったときも、笑っていたタイヨウが、なぜかあの魔石に関しては、反応がおかしい。
「これ、なんなの?」
もう一度、魔石を手に取ろうとするが、タイヨウに遮られてしまう。
「そんなことより、腹減ってないか? 良い店があるんだ。今からどう?」
誤魔化すタイヨウを見て、すぐに分かった。女だ。女が絡んでいる。しかも、私に触らせないってどういうこと? それだけ、大事な女がいるってこと?? だとしたら……。
「ねぇ、タイヨウ。もう一度、私と付き合ってよ」
「どうしたんだ?」
「別に。やっぱり、タイヨウが一番いい男だと思っただけ」
しばらくの沈黙の後、タイヨウは遠慮がちに微笑んだ。
「嬉しいよ。けど、悪いな。俺は一度別れた女とは、よりを戻さない主義なんだ」
「……なにそれ」
だったら、この魔石は何なんだ。私より、特別だと言うのか。それから、また頻繁に雪を見るようになった。そんなはずはない。私が一番のはず。タイヨウが大事にする魔石を見るたびに、苛立たしくて仕方がなかった。喧嘩したときに「こんなもの売り飛ばしてやる」って言ったら、しばらく私の目に付かない場所に隠すこともあったので、心底大事にしているようだ。
「やっぱり、クリエイタに見てもらおうかな。これ、使っていい?」
ムカつくから、この魔石を使ってやろうと思った。すると、タイヨウは本気で焦ったらしい。
「ダメだ。それは俺の……」
俺の、なんだよ。
「浄化してもらうなら、俺が金を出してやる。魔石もちゃんとしたものを用意してもらえるから」
私の手から魔石を取り返そうとするタイヨウ。だけど、私は身を退いて、それを許さなかった。
「なんでダメなの? 私はこれを使いたい! タイヨウの魔石で浄化してもらうから」
「別に、それである必要ないだろ?」
私のわがままを尊重しないタイヨウに、もう我慢できなかった。
「タイヨウは分かってない! 私の気持ちなんて考えてくれたこと、ないんだよ!」
「そんなことないよ。待て、それは俺の大切な――」
私は魔石をもって逃げ出した。絶対に、この魔石を使ってやる。私のためなら、何だって投げ出すべきなんだ。逃げながら、考えた。これだけ執着するってことは、やっぱり私はタイヨウが好きなのだろうか。
……分からない。好きが分からない。
たぶん、これは好きとは違うと思う。ただ、私より特別な相手がいるってことが許せなかった。私と同じで、好きって気持ちが分からなうはずのタイヨウが、何よりも大切にしている存在がいるってことが、許せなかった。
そう、ただ壊したかった。一分一秒でも早く、タイヨウの「好き」を。だから、タイヨウから逃げながら魔石工房を見つけたとき、私はすぐに駆け込んだ。
「これ! これをお願いします!!」
工房の良し悪しなんて何も分からない。それに、まさかあの女がいるとは思わなかった。だけど、ついでだから、この女の鼻っ柱をもう一度へし折ってやる、いい機会だ。私はまだタイヨウと関係が続いていて、大事にされているのだと、ついでに分からせてやるつもりだったのに……。
「信じられない……」
崩れたエリアルドームの廊下で、私は見てしまった。あの女とタイヨウの唇が重なろうとしている瞬間を。
「信じられない信じられない信じられない!! おかしいよ、絶対に私でしょ! そんな女より、私でしょ!?」
そう、おかしいじゃないか。だって、タイヨウは別れた女とよりを戻さないはず。私の誘いは断ったのに……この女は特別ってこと?? おかしい。おかしいおかしいおかしい!!
唯一の同類だと思っていたタイヨウだって「好き」があるのに、私は「好き」が一生分からないままだ。誰にも好かれない。誰も好きになれない。そしたら、この先ずっと孤独。ずっと孤独なんだ!
「おかしいな。雪が……降ってる」
ドームの中なのに、どうしてこんなに雪が降っているのだろう。寄り添うタイヨウと赤い髪の女。二人は降り積もる雪によって、埋め尽くされていった。
「そういえば、最後に配信したの……いつだっけ?」
私が輝ける場所。馬鹿なリスナーばかりだったけど、楽しかったなぁ。白く染まる視界の中で、目で追えないようなスピードで流れていくコメントが見えた気がした。
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