第1話 ルベライトは逃げだしたい。
目をとめていただき、ありがとうございます。
公爵令嬢ルベライトは、王太子の婚約者であることを妬まれ、他の令嬢達からあることないことを理由に王太子の前に晒される。
そして、学院を辞めることになり、去るその日、彼女は学友から殺害されてしまう。目を覚ました彼女は、まったくの別人になっていた。
「ルベライト公爵令嬢!今日は貴女の最後の日ですわ!」
けたたましい少女の声に、ルベライトは紫色の瞳をくるりと動かした。
「何が最後ですの?」
とぼけたような顔で指を頬に当てる。美しい銀の髪が、動きに合わせてなびいた。
「普段からの、わたくし達への嫌がらせ!」
「もう、我慢できませんわ!」
少女が増えた。このまま放置すると、どんどん増えていきそうなぐらい、ルベライトに対するまわりの視線が冷たい。
「カリナン王太子殿下!正しき目で婚約者を見ていただきたいですわ!」
少女は上座に座す、国の宝玉とも言われる王太子カリナンを見た。
ダイヤモンドのようなきらきらした瞳をもつ、美貌の青年は首を傾げた。豪奢な金髪が揺れる。
「ーー最初から説明してくれ」
少女マリオンは頭を下げた。
「発言のお許しをいただきありがとうございます。ルベライト様の嫌がらせは、もはや看過できるものではありません!」
例えば、
「成績の良い者の教科書をやぶる!」
「授業中に立ち上がったりウロウロしたり、邪魔をする!」
「給食は人のものまで食べる!」
カリナンは軽く吹き出した。
「笑い事ではございません!」
「わたくしの婚約者に、勝手に話しかけましたのよ!」
「……たいした事はしていないなー」
溜め息をついたカリナンは、ルベライトを優しく見た。
「何か言うことは?」
謁見の間を使う事もなかった、と思いながら、カリナンは肘をついた。
「うーん。婚約破棄で構いませんわ」
多少は申し訳なさそうに、ルベライトが言う。
「無理だな。学院を代わるか」
「もう、行くところがありません」
しおらしく、ルベライトは項垂れた。今回で何回目だろう。
晒し者にされるのはーー。
ほんと、モテるやつの婚約者になんか、なるもんではない。嫌がらせされてるのはこっちだっつうの、とルベライトは内心舌を出している。
まず、①成績が良い奴の教科書を破る。
A.こいつの教科書に呪いがかけられていたから、解除しただけ。こいつは頭しか良くないから呪いに気が付かない。
次に、②授業中立ち上がったりウロウロする。
A.ビーム魔法があちこちから飛んできたので、避けただけ。わかってんでしょ?、やってるのあんた達だよ。
③給食は人のものまで食べる。
A.自分に用意した給食に、雑巾の絞り汁をかけたのはあんた達だ。他に余っているならそれを食べるのは当たり前。
④他人の婚約者に勝手に話しかけた。
A.授業ノートを提出してないから、出せって言っただけ。評価が下がらず感謝してもらいたいぐらいだわ。
あー、もう面倒くさいわ。
カリナンと婚約してるだけで、こんな目に合うなら、本当に国外にでも自分を追放して欲しい。
「はいはい、わたしが、わるうございました」
ルベライトは優雅に頭を下げた。
「お父様と相談致します!」
くるっとまわれ右をして、ルベライトは謁見の間を足早に出た。
「あぁ、また行くから」
よけいな事を!
カリナンの一言に、謁見の間に集まった令嬢達から嫉妬の矢が飛ぶ。背中が痛いわ、と思いながらルベライトは屋敷への道を急いだ。
「ちょっとー!お父様ぁ!いらっしゃる?」
家令のビスタが頭を下げた。
「お客様の応対中ででございましてーー」
「あら、そう?ねぇ、留学の話はどうなっているの?」
「はあ」
ビスタはもごもごて口を濁した。
進んでないな、とルベライトは唇を噛む。
「もう、うちの国の学院はうんざり。カルオニアに行って、漁師になるわ!」
毎日魚釣って、焼いて食べて、最高の生活を手に入れてやる!
「お嬢様は、お魚が好きですね」
ビスタは相手にしていない。
「お父様も、ルビーお姉様を王太子と婚約させればいいのよ」
「ルビーお嬢様はお身体が弱い為ーー」
「わかってるわよ、結婚したい奴が他にいる令嬢は、そういうしかないんでしょ?」
妹だからって、貧乏くじ引かせないで、とルベライトは苛々を落ち着けようと、メイドにハーブティーを用意するように言った。
メイドのシュズは溜め息をついて、命に従う。メイドでさえこの態度。カリナンの婚約者という立場が、羨ましすぎるのか、誰も大事にしてくれない。
きっとカリナンの顔がハチにでも刺されて、一生そのままにでもならないと、この非遇は終わらない。
絶対に婚約破棄してやる。
ルベライトは誓う。
次の日、ルベライトは最後の授業を受けに来た。この学院を去るのだ。ルベライトの父、バスケット公爵ベックも、呆れた顔をしながら、退学手続きをすると言ってくれた。
さらば、学び舎よーー。
チリひとつ落ちていない石畳を、姿勢良く歩いていく。
「ルベライト様」
クラスメイトのアメリが遠慮がちに声をかけてきた。頭だけ良い奴が、彼女である。
「はい?」
「わたくし、謝罪がしたいんですのーー。ルベライト様はわたくしにかけられた呪いを、解いて下さったのですよね?」
あら、誰かに教えられたのかしら、ルベライトが目を丸くしていると、アメリが申し訳なさそうに、下を向く。
「こちらにいらしてくださる?」
「え?授業がー」
「少しだけ、お願いします」
アメリはルベライトの腕を引っ張った。その強引さにルベライトは眉をへの字にした。
ずんずんと令嬢にあるまじき歩き方で、アメリはルベライトを誘導した。
人気のない場所までくると、ルベライトは、まずいなー、という顔をする。
「ここですわ。見ていただきたい物がありますの」
アメリは古い井戸を手で差した。
「うーん、井戸ね」
嫌な予感しかない。
「覗いて下さい」
「嫌よ」
「覗いて!」
繊細に見えるアメリは、物凄い力でルベライトを押さえ付け、井戸に押し込む。
「待って!ねえ、あんまりよ!」
「あんたのせいで恥かいたわ。呪いにも気づかない馬鹿な首席ってねーー」
腕の力は魔法で強化されているみたいだった。
「だからって!」
「落ちて!」
「あっ!」
ルベライトは井戸に突き落とされた。頭から井戸に落ちる。
ガンっ!
うそーー。
ガガガっと井戸の蓋が閉まる音がした。
ルベライトの意識は、そこで終わりを迎えた。
「ルベリー!ルベリー!」
身体を揺すられる。
ルベリーは目を開けた。
「あー、奇跡だ!黒点病が治るなんて!」
「黒点も残っていない!」
「奇跡の子、ルベリー!」
誰の話よー、ルベリーは身体を起こそうとしたが、まったく力が入らなかった。
「えっ?誰?」
自分の手を握る婦人に見覚えがない。
「何を言っているの!母親の顔がわからないなんて!」
「まあまあ、奥さん落ち着いて、病気の後遺症ですよ」
「あら、そうですか!よかった!ルベリー」
母親を名乗る婦人が、泣き出した。
どうやら自分はルベリーと言うらしい。ルベライトが死んで生まれ変わったのだろうか?
そして今までの記憶は難病の黒点病で忘れている、そういう事ではないだろうか。
うん、きっとそうだわ。わたしは生まれ変わったのよーー!
「これで、魔法学院の入学式に間に合うわ」
母が大泣きしている。
「え?」
「早く準備をしなくちゃ!成績優秀で卒業すれば、貴族にだって嫁げるわ!目指せ、玉の輿よ!」
何いってんのよー、そんなの目指さすわけないでしょ!せっかくそこから離れたのに。
ルベリーは目をパチクリさせた。
「奥さん、あまり無理させないように。では私は他にも行くところがありますので」
「ハンス先生!ありがとうございます!」
母が医師を見送りに行った。
ルベリーは力を入れて、傍らに置かれた鏡を取って自分を見た。
紫色の目はそのままに、黒髪の可愛らしい顔をした少女だった。
「うそっーー」
やったわー!これで平凡人生のはじまりだわ!
ルベリーは笑いがとまらなかったが、病気明けの胸がひどく痛んだが、引きつりながらもさらに笑った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。短い連載になる予定です。