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紫貴先輩と光香が出会う謎と源氏物語

ヘアアイロンに挟まれたメッセージの暗号を解いたら

作者: 恵京玖

 女の子はいつだってお手紙が好きだ。可愛いメモ帳でパステルカラーのペンで他愛もない事を書いて楽しむ。

 それは平安時代でもそうで、特にラブレターはかなり手が込んでいたようだ。料紙と呼ばれる様々な色に染めた紙とか手紙に花木を添えるなどもしていたという。

 そう言えば源氏物語では、夕顔の花をのせるための扇にメッセージを書いて光源氏に渡した女性もいた。これはかなりお洒落だなって思った。


 さて令和を生きる私こと、笠間 光香(みつか)はゴールデンウイークが終わって数日後、三年生の先輩からヘアアイロンに挟まった手紙をもらった。




 三時間目が終わった休み時間、同級生から「笠間さん、三年生の六川さんからこれを」と怪訝そうな顔で手紙が挟まったヘアアイロンを渡してきた。

 私も一瞬、どういう事? と思ったが、とりあえず受け取った。

 周囲の人はヘアアイロンを三年生から借りたのかとドン引きした目で見ているが、断じて違う。ヘアアイロンを貸してなんて言っていないし、そもそもヘアアイロンの使い方なんて知らないんだが!


 周囲の反応を無視してヘアアイロンに挟まった手紙を取って広げてみる。カラフルな筆ペンで書かれたような草花の絵が優雅な紙にはこう書かれてあった。


【とある場所にあなたのプレゼントを隠しました。

場所はびひんじゅつかいせんしつ

六川より】


 場所の所は意味不明な文字が書かれているけど、一部の文字は別のペンで書かれたものだと分かる。消しゴムで消してみるとやっぱり消えた。恐らく擦ると消えるフリクションボールペンで書いたものだ。

 そして紙に書かれた優雅な絵は葦手。平安時代からあった文字で草や花、鳥などの絵の中の線を使って文字をまぎれ込ませるものだ。そこには【きょうたく した】と書かれてある。


 つまり美術室の教卓の下に私へのプレゼントがあるようだ。


 この問題を解いた後、タイミングよくチャイムが鳴った。宝物を見つけるのは昼休みになりそうだ。

 それにしても、この手紙をヘアアイロンに挟んで持ってきたんだろうか? あ、フリクションペンって確か熱さに弱かったっけ? これを使って暗号を解けって事だったのだろうか? 残念ながら使わなかったから、宝物を探す前に返さないといけないな。

 そんな事を考えた後、この手紙を書いた六川先輩を思い出した。




 まず六川先輩の前に、町田紫貴(しき)先輩についてお話ししておこう。去年、私が中学三年生の秋にあった梅野高校の文化祭で紫貴先輩に色々とお世話になったり、恥ずかしい所を晒してしまった。

 そんな黒歴史があるけど、先輩に会うために第一志望の梅野高校を受験して合格できた。部活はすぐに文芸部へ入部して、ようやく紫貴先輩に再会できた。

 

 春の文芸部はそこまで活動は無くて、部活の顧問と図書室の司書もやっている青井先生の指示のもと、図書室の本の整理やラベル張りをやっていた。

「図書室の本の背表紙のシールって意味があったんですね」

 私は本の背表紙についてる奇妙な数字とカタカナの文字が書かれているシールについて、このラベル張りで使い方を学んだ。

「だって利用者には理解できないですよ」

「確かにそうだよね。普通は本の場所は司書さんに教えてもらったりするし」

 制服をきちんと着こなして、黒髪をお下げにしている。令和の時代じゃ絶滅したような感じだが、それがとっても似合っている紫貴先輩。そして独特な雰囲気がある。

 そんな話しをしていると「そう言えば光香ちゃん」と紫貴先輩は話し出した。

「野良猫とケンカしたの?」

「ええ! なんでいきなり?」

「だって、手の甲にひっかき傷があるもの。人の爪痕にしては細いし、ちょっと深いから猫の爪っぽい。それに最近、陽だまりにいる猫の匂いと毛がついているよ」

 すごい観察力と推理力と思いつつ、「ケンカはしていませんよ」と返した。

「最近、私の通学路に地域猫が住み着いたんです。そこで撫でていたんですけど、撫で方が気に入らなかったのか引っ掻いたんですよ」

「猫って気まぐれだからね」

「だからってケンカはしませんよ。嫌われたくないですし」

「そうだよね。光香ちゃんはお姉ちゃんだもんね」

 ……よく分からない返しだなと思い笑ってしまう。観察力もあって、こうして推理も出来る紫貴先輩は風変りな性格だ。だけど穏やかで優しい性格の人だ。


 ラベル張りなどが終わった頃、六川先輩はやってきたのだ。

「紫貴? まだ終わらないの?」

「あ、むーちゃん」

 図書準備室に現れたのはキリッとした雰囲気の三年生だった。眉目秀麗で目が印象的な少女で、穏やかそうな紫貴先輩と並ぶと対比になりそうと思った。

 紫貴先輩は「今、ちょうど終わった所だよ」と言うと、私の顔を見てニコッと笑った。

「紹介するね。笠間 光香ちゃん。ほら、文化祭で仲良くなったってお話ししたでしょう」

「ああ、噂の光香ちゃん、か」

 嬉しそうに私を紹介する紫貴先輩となんかテンションが低そうな反応の六川先輩。

なんか怖そうな先輩と思いつつ、私は「笠間 光香です」と愛想よく自分の名前を言ったが華麗に無視された。

「ところで紫貴。早く美術室に来て」

「あ、うん。分かった」

 紫貴先輩の返事で満足そうに頷いて、図書室から出て行った。

 

「むーちゃんは小学校の頃からの親友なんだ」

 六川先輩と会った後日、文芸部の部室である図書準備室で遠い目をしながら話す紫貴先輩は「この間はごめんねー」と私に謝った。

「むーちゃんって人見知りするから、初対面の相手にはぶっきらぼうなのよ」

「いえ、全然。大丈夫ですよ」

「でもとても優しくて繊細なんだよね。私が悲しい時とか、すぐに分かってくれるし」

 紫貴先輩は嬉しそうに話すが、ちょっとだけ悲しそうな笑みを見せていた。



 それから文芸部の活動が無い日に六川先輩の部活を見に行った事がある。なんでも六川先輩は美術部で絵がうまいらしい。それで時々、紫貴先輩をモデルにしているようだ。

「むーちゃん。連れて来たよ、光香ちゃん」

「んー、じゃあここに座って」

 そう言って私は紫貴先輩に促されて六川先輩座っている椅子の前に座った。美術室の丸い背もたれが無い椅子だ。

「じゃあ、描いていくね」

「え? どういうこと?」

 思わず敬語をつけずに質問してしまったが、六川先輩は気にしないで「君の絵を描いてあげるって事」と上から目線で言った。

「最初に会った時、印象が悪かったから。そのお詫び」

 今も印象は悪いですよ。と思ったが、言わずに「ありがとうございます」とお礼は言っておいた。

 紫貴先輩曰く、六川先輩は美術部の中で一番、絵がうまいらしい。

「みんな、サボっているからね。この通り私しか活動していないし。みんなコンクール近くになって、ようやく慌てて描くスタイルだから」

「あと去年と一昨年も賞を獲ったよね、むーちゃん」

「それ、まぐれだし」

 穏やかに話す紫貴先輩とつっけんどんな態度の六川先輩。デコボコなコンビと思うが気の置けない会話って言うのはわかる。

 ちなみにモデルの私は無言で二人の話しを聞いていた。


 その後、紫貴先輩がトイレに行くため席に立った。するとすぐに六川先輩は「笠間光香さん」とフルネームで呼ばれて、突然だったので私は「あ、はい!」と変に甲高い声で返事した。

「去年の文化祭で知り合ったんだって? 紫貴と」

「あー、はい。ちょっと色々とお世話になって……」

「君が入学する前、紫貴はよく話していたよ」

「あ、そうなんですか」

「耳にタコだった」

 あ、そうですか。愚痴なのだろうか、それとも私に敵意があるのか。

 遠い目をしながら六川先輩は「紫貴はね」と語り出す。

「変わっているんだよね。だから小中学校も浮いた存在だったのよ。風変りだし、奇妙な思考をしているからね。だから今まで私は守っていたの」

「そうなんですか」

 もう、そういう言葉しか出てこない。

 言葉を深読みして考察すると、私は紫貴先輩の一番の親友だから出しゃばらないでって事だろう。

そういう気持ちって同性同士の友達だってあるから。私だって小学校からの親友と別々の班になって、その親友と先生にクレームを言いに行った事がある。小学校一年生の頃の話しだけど……。

 高校生になって友達の取り合いは……うーん、っと思ってしまう。

 なんというか嫉妬深いな。源氏物語の六条御息所みたいに諍いを起こして生霊になる……わけ無いけど、三年生の相手にトラブルは起こしたくないな。


六川先輩「それとさ」と話し出した。

「紫貴が言っていたけど、観察力があるんだって?」

「……特に、無いと思いますけど」

「謙遜はいらない。私、暗号を作るのが好きなんだ。今度さ、君に出してもいいかい?」

「あ、それは良いですけど」


 何気なく返事をした一週間後、まさかヘアアイロンに添えた暗号入りのメッセージを渡されるとは思わなかった。




 暗号が解けたので、ひとまずヘアアイロンを六川先輩に返しに行く。何となく三年生の教室を訪れるのは結構、緊張する。一年生だからだろうか。

「あ、笠間光香さん」

 誰かに呼び出してもらおうかと思ったけど、六川先輩の方から気が付いた。そして相変わらずフルネーム呼びである。

「暗号は解けたので、ヘアアイロンをお返しします」

「あら、早いわね。ヘアアイロンは使った?」

「使いませんよ。フリクションボールペンの字が熱で消えるからって、ヘアアイロンで消すのは危ないです。普通に消しゴムで消しました」

 六川先輩は挑戦的な感じで「簡単だった?」と聞いてきたので、謙遜のつもりで「まあまあでした」と答えた。

「じゃあ、次の暗号はどうかな?」

 ちょっと不敵な笑みを浮かべる六川先輩。そう言えば先輩の笑顔、初めて見たなと思った。だがこの発言で愕然とした。


 まだあるのか!


 

 暗号通り美術室の教卓の下には手紙があった。先生に見つからないようになのか、教卓の下にセロハンテープでくっつけていたのだ。

 セロテープをはがして、封筒の中の手紙を広げた。


【ヘアアイロンの暗号は簡単だったかな? 次は難しいかもしれないから、分からなかったら連絡してもいいよ。


葵 桐壺 空蝉

――――――――

紫貴と六川の間

――――――――

   1


ヒント、

源氏物語

―――――

ナマエ

―――――

かんすう】


見た瞬間、血の気が引いた。……ヤバイ、難易度をあげて来たぞ!



 ヒントで源氏物語ってあるけど、この話しの繋がりって何だっけ? そもそも、なんで紫貴先輩と六川先輩暗号の中に入っているんだ? ヒントもヒントでよく分からないし……。

 そんな時、スマホから着信音が聞こえてきた。見るとラインのメッセージが来たみたいで開けてみると六川先輩からだった。


六川 もも【分からなかったら、ラインからでもいいからメッセージを送ってもいいよ】


 ……くう。煽ってきている! こうなったら一人で解いてやる!


 まずは源氏物語の【葵 桐壺 空蝉】、これは序盤の話しだ。【葵】は光源氏が正妻を喪ってしまう話、第九帖。【桐壺】は光源氏の誕生と成長の話、第一帖。【空蝉】は光源氏が違う相手に夜這いをする話、第三帖だ。

 あらすじをスマホで調べて、サラサラ飛んだが序盤の話しとしか思えないな。何か共通するものがあるのだろうか?

 次に紫貴先輩と六川先輩の間ってどういう事だろう? 出席番号とかそういう事だろうか? ヒントが名前だから番号は関係ないかもしれない。それとも色か? 町田 紫貴先輩と六川 もも先輩で色の名前だ。間って事は……赤?

 そして最後の【1】って? そしてヒントの【かんすう】ってどういう事だろう。もし数学の【関数】だったら私はお手上げだ。数学が苦手なんだもん。


 ひとまずスマホで【かんすう】を変換していった。【関数】【缶数】【巻数】……。パッと出てきた変換候補の一つを見た瞬間、ドミノ倒しのように暗号が解けていった。




 私はとある場所へと行き、暗号が導く場所へ向かうと六川先輩が用意したお宝を見つけた。と言っても、これってお宝なのかな? そう思って、スマホで写真を撮って六川先輩にラインのメッセージと一緒に送った。


笠間 光香【お宝? 見つけましたよ】

六川 もも【すぐに行く】


素っ気ないメッセージが返ってきた後、すぐに六川先輩はやってきた。

「おめでとう」

「ありがとうございます。ところで、このお宝って……」

「どうやら間違えちゃったみたい」

 そう言って私が手にしていた宝物、と言うか封筒と中身を奪うように取った。そして六川先輩はポケットから別の封筒を私に渡した。

「こっちが本当のプレゼント」

「ありがとうございます」

「それにしてもすごいね。あの暗号を解くなんて」

「ヒントがあったからですよ」

「あまりおしゃべりしない方がいいかもしれない。ここは図書室だから」

 そう言って六川先輩は「それじゃ、私は帰るわ」と言って去っていった。そしてタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴った。




 六川先輩が出した暗号。


葵 桐壺 空蝉

――――――――

紫貴と六川の間

――――――――

   1


 この高校に入学して文芸部に入っていなかったら、恐らく分からなかっただろう。図書室の本の整理をした時に似たようなシールを張っていたので覚えていたのだ。

 最初の源氏物語の出てくる三つの話しだけど、これは共通点なんて一切関係が無かった。これは帖の数字が必要だったのだ。

 葵は【九】帖、桐壺は【一】帖、空蝉は【三】帖。なので【913】だ。


 次に紫貴先輩と六川先輩の間。ヒントはナマエだから町田【むらさき】と六川【もも】。ま行を見ると【む】と【も】の間は【め】になる。そしてナマエがカタカナなので【メ】だ。


 最後の【1】はそのまま。


  913

――――――――

   メ

――――――――

   1


 これは図書室の本の背表紙に貼ってある【日本十進分類法】と呼ばれる分類である。細かい分類はあるのだが913は【日本文学の小説・物語】で、メは【図書記号】、1は【巻数】となる。

 つまり図書室のこの分類シールが貼ってある本に私へのプレゼントがあると思って、探したのだ。


 それを放課後、文芸部の部室である図書準備室で紫貴先輩に説明をした。

「すごいね、光香ちゃん」

「お腹は空きましたけど」

 そう言ってお弁当を食べ始めた。この暗号を昼休み全部かけて考えていたので、昼ご飯であるお弁当を食べられなかったのだ。しかも六時間目は体育で着替えと体育館へ移動しないといけないから、お腹が空きながら授業をやる羽目になった。

 図書準備室で飲食はいけないけど、今日だけは許してほしい。


 さて六川先輩のくれたプレゼントだが、絵ハガキだった。しかも光源氏のミニキャラの絵でドヤ顔してポーズを決めている可愛らしい絵である。

「可愛いですね。光源氏のミニキャラの絵」

「そうだね。光香ちゃんのためにむーちゃんが用意したのかな」

 絵ハガキを見ながら紫貴先輩は「あのさ」と話し出した。

「むーちゃん、違うプレゼントを入れていたんだよね。それって何だったのか分かる?」

「えーっと、レシートでしたね」

 なんでレシートが入っていたのかよく分からない。もしかしたら本当に間違えちゃったのかもしれないけど……。

「それって私のメッセージだったのかな?」

「どういうことですか?」

「むーちゃんは光香ちゃんが一人で解けなくて、私に助けを求めるって思っていたんだよ。だけど光香ちゃんは一人で解いちゃった。だから急いで光香ちゃん用のプレゼントを持ってきたんだよ」

 そう言って紫貴先輩は遠い目をした。なんだか寂しそうな感じがあった。

 なんでレシートが紫貴先輩のメッセージなんだろう? と聞こうと思ったが先輩はクスッと笑いだして話し出した。

「それにしても思い出すな。むーちゃんと怪盗と探偵ごっこして遊んだの」

「何ですか? その可愛らしい遊び」

「むーちゃんが怪盗になって暗号を出して、それを元に探偵の私がむーちゃんが隠した場所を探すのよ」

「面白い遊びですね」

「小学校の頃の話し。むーちゃんは怪盗役をしていたけど、正義感が強くてね。いじめられていた私をよく助けてくれたのよ」

「ところで、なんでむーちゃんなんですか?」

「六川ももって名前だけど、【もも】って名前が可愛すぎて嫌いなんだって。だから六川のむーちゃんって呼んでいるんだ」

「むーちゃんも可愛らしいと思うんですが」

 クスクスと笑う紫貴先輩につられて、私もほほ笑んだ。

 そうしてしばらく紫貴先輩の思い出話に耳を傾けた。





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