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ムーン・ロストを追う  作者: 瀬田松篤謙
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『地球』と『月』と『彼』

月に賽は投げられた。

『リメンバー・ムーン・ロスト』を掲げる月面コロニー『ルナ』と何世紀もをかけて準備をしてきた地球コロニー『テラ』との聖戦が今、始まる。

 宇宙世紀382年。月には約1億人の人々が住んでいる。

 彼らは知らない。自らの生活の安寧が人ではなくAIによって護られていることを。

 彼らは知らない。自らが住んでいたかつての母星、『地球』が月によって半滅させられたことを。

 彼らは知らない。自らの明日がもうないということに。

 彼らは知らない。あと数分でテロ『ムーン・ロスト』が起こることを。


 私は今、地球コロニー『テラ』から月面コロニー『ルナ』へ向かうシャトルの中にいる。

 シャトルの中は家族連れで騒がしい。月の正月で帰省する客がいっぱいだから。

 子供達は、無重力の機内を縦横無尽に飛んでいる。我が物顔で宇宙を手に入れたような気分になっているのだろう。微笑ましい。でもそんな気分に浸りながら、私は子供を作れない自分の心の隅を焦燥感が満たしていくのを感じていた。もし、私に子供がいればここに私はいないだろう。

 私はそんな落ち込む自分から目を背けるように隣に座る男の顔を盗み見た。

 柔和な顔をしたその男は、テロリストだ。

 彼は言う。「聖戦の旗手になれることを誇りに思う」と。

 彼はこのシャトルを月面コロニーにカミカゼさせる気である。

 きっと多くの人間が亡くなるだろう。罪もない人間がきっと多く亡くなるだろう。

 私は彼を止めるべきだろうか。

 今なら間に合う。彼の頭に懐に忍ばせた拳銃を突きつけ、脳漿をぶちまければ多くの人間を救うことができる。そう。普通の人間ならそうするだろう。

 でも、私は一人の人間の前に一人のジャーナリストなのだ。

 そして彼を取材できることを誇りに思っている。

 彼がのコンパクトPCを開いた。そして数字の羅列を画面上に並べていく。

 シャトルの自動操縦機能をハッキングしているのだ。

 子供達が何人か画面を覗く。

「何しているの?」

 無邪気なその声に彼は少しバリトンが聞いた声で、

「世界を幸せにする種を捲こうとしているのさ」

 と答えた。意味不明だったのだろう。子供達は何も言わずどこかへ行った。

 数分もせずに彼はコントロールネットワークにコネクトした。そして操縦権を掌握する。

「今ならまだ間に合うんだよ」

 彼は私を見て言った。

「私に止めろと言うんですか? 今更ですよ」

 それを聞いて彼は微笑み、エンターキーをカタリと押した。

 シャトルは月面コロニーの中心部へと向かうために軌道を修正し始めたが、それに気づく者はいない。あと数分で命の灯火を散らすことになるのに平和そのものである。

 『ルナ』が大きく視認できるようになると、子供達は窓にへばりついた。

 私は座席を立ち、一人の子供に声をかけた。

「月に着いたら何がしたい?」

 その問いに子供が答えようとした時、機内にアラームが鳴った。

 軌道がおかしいことに今頃AIが気づいたのだ。

 機内が蜂の巣を突いたように騒がしくなる。

「もう遅い」

 彼が呟く。そして誰かが「墜落するぞっ!」と叫び、全てが暗転する。


 『ムーン・ロスト』。

 月面コロニーを壊滅させたテロ。そして聖戦の始まり。


 私はジャーナリストとして記録を残す。

 月と地球の関係性を。そして『彼』の半生を。

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