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第24話 嵐の前夜

「じゃあ、陰陽頭おんみょうのかみが狙っているのは、やはり百合ゆり殿なんだな?」

 月華つきはなは、一通り説明を聞いた上で再度、李桜りおうに確認した。

「そうなるね。土御門皐英つちみかどこうえい近衛このえ家の関りはよくわからないけど、あいつが陰陽頭になるずっと前から近衛家に出入りしていたみたいだよ」

 雪柊せっしゅうは黙って若者たちの会話を聞いていた。

 李桜が中心となって説明し、時折、紫苑しおんが補足したり、月華が質問したりすることが長い間続いていた。

「理由はまだわかっていないけど、近衛家にはどうしても百合姫が必要みたいだね。だから執拗に狙ってる。それも倒幕という大事な仕事を前にどうしてもなくてはならないみたいだ」

「百合殿には一体何があると言うんだ?」

「それは僕も皆目見当がつかないよ。でも鬼灯きとう様は時華ときはな様から、奥州にいた頃に何かあったらしいって聞いたと言っていたけど」

「父上から? なぜ父上と鬼灯様が百合殿の話をしているんだ」

「さあね」

 李桜は肩をすくめた。

 一同は沈黙していたが、それを最初に破ったのは紫苑だった。

「そういえば椿姫のとこの女中、恐ろしいこと言ってたよな」

 紫苑は思い出したように、口にした。

「恐ろしいこと?」

「ああ。百合姫を亡き者にしてほしいとかって」

「それは、どういう意味だ」

 月華は表情を一変させ、その瞳の奥には怒りの炎が燃え始めていた。

「月華が紅蓮寺ぐれんじに来ることになったきっかけは覚えてるでしょ」

「鬼灯様がどこかの摂家から百合殿を朝廷で保護したいと連絡があったと言われて……ん? 摂家と言えば……まさか」

「そう、月華の想像通り。鬼灯様に文を送ったのは近衛家の者だよ。しかも椿姫だった」

「椿姫と言えば近衛家の三の姫だな」

「そうだよ。椿姫は自分で言ってた、百合姫とは長年の友達だって。自分の父親が百合姫を狙っているのを知ったから、帝と取引して百合姫を朝廷で保護することになったって」

「つまり俺が受けた任務は三の姫からの依頼ということか」

 李桜は大きく頷いた。

「近衛家の親子が別々の目的で別々のつてを使って百合姫を探していた。一方は利用しようとして、一方は守ろうとしていたってことだね。で、そこに月華は巻き込まれた」

「……その亡き者にというのは?」

「それは椿姫の意思じゃなく女中の暴走みたいなもんだけど、帝とは言え、百合姫を守るために好きでもない男の元に嫁がせるのは忍びないんだと。帝と契約するきっかけになった百合姫がいなければ、椿姫も帝の側室にならなくて済むって思ってんだろ」

 紫苑は半分呆れかえりながら月華に告げた。

「かわいそうな話だが、椿姫には惚れた男がいるって話だ。でも友人を守るために自分を犠牲にしたんだな。本人は納得してんだろうけど、長年仕えた女中からしたらかわいそう——」

 紫苑が途中まで言いかけたところで、閉められていた襖の向こうから食器をひっくり返したような物音が聞こえた。

 襖に一番近いところに座していた月華が咄嗟に刀を手に取り、勢いよく襖を開け放つ。

 すると、その足元に人数分の湯飲みが盆とともに転がっており、中の茶はすべて床にこぼれていた。

 その先へ視線を移すと、かろうじて走り去った百合らしき人物の後ろ姿が見える。

「百合殿!」

 月華は叫んだが百合が立ち止まることはなかった。

 何がどうしたのか状況がわからなかったが、襖の前で話を聞いていたのだとしたら、自分の話題だったことはわかっていただろう。

 あまり気持ちのいい話ではなかっただけに、百合は逃げ出したのかもしれない。

 月華は反射的に百合を追いかけようとした。

「月華!」

 するとそれまで黙していた雪柊が月華に向かって叫んだ。

 月華は一瞬、背中をびくつかせ、そっと振り返ると、目を見開いた雪柊がじっと彼を見据えていた。

 刹那のことだったが、月華の肝が冷えるには十分だった。

「百合を頼む。寺の外は危険だ。百合をひとりにするな」

 これまで聞いたこともない厳しい口調で告げられた月華は、短く返事をすると、すぐに部屋を出た。

「月華様、俺も——」

 と、それまで黙って全員のやり取りを聞いていた蓮馬も腰を上げかけたが、隣に座っていた紫苑に引き留められた。

「蓮馬、月華に任せておけば大丈夫だ。あいつの強さはわかってるだろう? 叔父上の武術に鬼灯様の剣術を身に着けた言わば最強の武士だぞ」

 これまで見たことのない雪柊の豹変ぶりに、緊張感が走る空間を和ませようと紫苑は努めて明るく振舞った。

 蓮馬は百合を追いかけて走り去っていった廊下を見つめた。

 もうその姿は見えなかったが、勘とでもいうべきか、一抹の不安を感じながら目を離すことができなかった。

 そんな蓮馬の不安を断ち切るように、雪柊はおもむろに立ち上がると月華が開け放った襖を静かに閉めた。

 再び上座に戻ろうと踏み出した雪柊は、障子を少し開き、月華が百合を追いかけて行った姿を確認すると不満にぼやいた。

「ん? 昼間なのに何だがまた雲行きが怪しくなってきたねぇ。今夜も嵐が来るのかな……これだから秋は嫌だよ」

 外を覗いていた障子を閉め、上座に再び正座すると、雪柊は胸の前で腕を組み、何事もなかったかのようにしていた。

「雪柊様、百合姫のこと、本当に月華だけに任せてよろしいのですか」

 李桜は恐る恐る訊ねた。

「何か問題があるかい?」

「いえ、問題というわけでは……。ただ、狙われている身だとわかった以上、一刻も早く身の安全を確保した方がよいのでは?」

「まあ、それもそうだけど、今の百合はたとえ私たち全員が連れ戻しに行ったとしても頑として聞かないだろうねぇ」

「どういうことでしょうか」

「ああ見えて百合は頑固なところがあるから。百合は心に深い傷を負っているんだよ。その傷を癒してあげない限り、本当の意味でのあの子の居場所はここにはない」

「それが月華にはできる、ということですか」

「期待しているよ」

「でも叔父上、昨日ひと晩、あのふたりは一緒にいたようだし、通じ合うところがあるんじゃないですか」

「もし本当に心から通じ合っていたのなら、百合は駆け出していかなかっただろうね」

 確かに、と紫苑は呟いた。

 月華と百合は、本当はどういう関係なのか、そして百合が抱えている傷とは何なのか、それは誰にもわからなかったが、雪柊は月華にすべてを任せたのだということはその場の全員が理解するところだった。

「で、李桜、話の続きをしてくれるかな」

 雪柊はそれ以上、百合について多くを語ることはなかった。

 その代わりに先刻さっきまで話をしていた内容へ戻るよう、李桜を促した。

「は、はい。どこまで話しましたっけ?」

「三の姫には惚れた男がいる、という話だったね」

「そうでした。その椿姫が惚れた男というのが陰陽頭のようなんです」

「そう言えば鬼灯が、最初に月華が接触した陰陽師は、その陰陽頭だと言っていたね」

「確かに月華が最初に僕へ寄越してきた文には陰陽師の動きについて調べてほしいとありました。雪柊様、一体ここで何があったのですか」

「おや、君たちは月華から聞いていないのかい?」

「月華が何かに巻き込まれていることはわかりましたが、詳細は書かれていなかったので……」

「月華は百合を朝廷に送り届けるためにここへ来た。それは先刻、李桜が言っていたとおり三の姫からの依頼だったようだけど、月華が寺の麓に到着したひと月前、左大臣の命を受けてやって来た陰陽師ふたりと遭遇した。月華はその陰陽頭が使う妙な術で崖の淵に追いやられて滑落したのだと言っていたよ」

「陰陽師ふたり……?」

「ああ。月華はもうひとりは弟の悠蘭ゆうらんだったと言っていたね」

 李桜は御所の中で悠蘭と遇った日のことを思い返した。

 確かにその時の悠蘭はおかしたことを言っていた。

 ——あいつは家を捨てて……死んだんだから。

 公式には行方不明とされている月華のことを、最も心配しているはずの弟が死んだと公言したことを李桜はおかしいと思っていた。

 滑落した月華が死んでしまったと勘違いしているとすれば、悠蘭の吐き捨てた言葉の意味も理解できる。

「なんだか月華と百合姫を取り囲むようにずいぶんといろいろな人物が関わっているように見えますね」

 月華は偶然に巻き込まれたのだろうが、そもそも百合を手元に呼び寄せようとした近衛家当主の初動に端を発しているのは間違いない。

 李桜はふと、近衛椿が頑なに真意を語らなかったある言葉を思い出した。

 一連の話に微動だにせず淡々としている目の前の雪柊は何か核心に迫ることを知っているのではないか、李桜にはそう思えてならなかった。

「雪柊様、ひとつお訊きしたいことがあるのですが」

「なんだい、李桜」

「『輪廻の華』って何ですか」

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