7話 酷い死体
翌朝、白摩署の刑事部屋――
「えぇぇぇ⁉」
武の怒号が部屋中に響き渡り――外に居た野良猫もそれに驚いて逃げた。
「どういうことですか⁉ どう考えても黒富士に命令されたに決まってますよ!」
宮元の席の前に立つ武が抗議した。
塚元に殺されかけたのは事実なので、塚元を起訴することは容易なのだが、肝心の黒富士が塚元に命令を出したという事実が確認できなかったため、本家の黒富士組に県警の手が伸びなかった、という報告だ。
「課長は納得したんですか⁉ 塚元が俺に個人的な恨みで消しかけた、って理由を⁉」
「しかしだ。お前は塚元と事務所で一悶着あったそうじゃないか? 県警も確認しているぞ」
「あれが理由で殺しにかかるとか、短気にも程がありますよ!」
「だが実際、塚元がそういう人間だったと証言もあるぞ!」
「それならあの銃ことはどうなんですか⁉ あれは谷さんを撃った銃で――」
「――それもお前の憶測であって、証拠ではない‼」
「……。あーもうっ!」
武の腹の虫は収まらないまま、自分の席に戻った。
せっかく黒富士に近づけるチャンスを――谷の仇を取れるチャンスを見す見す逃すなんて、一体県警は何をやっているんだ⁉
そこへ松崎が恐る恐る尋ねる。
「……大丈夫か武?」
「これで大丈夫に見えたら、脳外科でCTスキャンしてこい‼」
「だそうです、課長……」
「なぜ私に言う……?」
何故か宮元に向けて訴える松崎に、宮元は目を細くした。
○
同じ頃の黒富士組の本部――
自分の席に座る黒富士。その机の前に佐久間が立っている。
黒富士はご機嫌斜め、といわんばかりに、目の前にいる佐久間を睨み着けていた。
「つまり、あの大下って小僧を見逃せと……?」
「落ち着いてください総長」
「佐久間! 塚元がしくじったせいで、俺たちが危険なんだぞ⁉ あの大下って刑事のことで警察が踏み込んできたらどうする⁉」
「大下刑事のことでしたら、塚元が個人でやったこととして警察は処理しました。我々のところまで来ることはありません」
必死に訴える佐久間に、まだ不満が残る黒富士だが、とりあえず自分をなだめるように深呼吸をした。
「よし、大下のことは良いだろう。それじゃ鬼柳はどうだ? 奴に渡したあの銃も未だに戻っていない。それはどうするんだ⁉」
そう、問題は鬼柳だ。
例の銃を未だに奴が持っている。
もし銃が警察の手に渡ったら、色々面倒なことになる。
それよりも佐久間が恐れていることがあった。
恐らく鬼柳は報復に出る。
ホワイトウィッチやブラックウィザードのような敵が増えるということだ。
○
数日後、伊坂署管内――
場所はとある廃工場の敷地内。建物はボロボロで、壁という壁は崩れ、中は丸見えだ。
そこへ次々に警察車両が到着。次々に車から刑事たちが降りて来る。
現場には先に着いていたパトカーが1台、警官の近くにはつなぎを着た男たちが数人立っていた。
建物の取り壊しをするために下見に来ていたのだ。
「こっちです‼」
警官の1人が刑事たちを建物の中へ連れて行く。
中に入ると、一体の死体がうつ伏せの状態で倒れていた。
金髪に服装は何やら花柄模様の入ったシャツと如何にも、チンピラです、というような身なりをしていた。
後に鑑識官が到着し、死体を調べ始める。
「こいつは酷いな……」
刑事の1人が顔をしかめた。
死体の両手両足は、火薬で吹き飛ばされたのか、黒く焼け焦げて原型を留めておらず、止めに額に撃ち込まれている状態だった。
あまりにも卑劣だ。拷問にしても酷過ぎる。
○
未だに県警が鬼柳のことは勿論、黒富士にさえ全く捜査の進展がないことに苛立ちを隠せない武は、自分の席でムスーとした顔を浮かべながら書類の整理をしていた。
正直もう飽きた。
武はコーヒーを買うために刑事部屋の近くにある自動販売機があるスペースにやって来た。
「えぇ、本当ですか⁉」
自動販売機の前には松崎が居て、スマフォを片手に誰かと電話をしていた。
武は自動販売機でコーヒーを購入。その場で口を開け、それを飲み始めた。
「分かりました。似たようなことが有ればこっちも連絡します」
松崎は電話を終え、スマフォを懐へ仕舞った。
「また伊坂署の先輩?」
何時ものパターンだと予測した武が松崎に訊いた。
「何で分かったんだよ⁉」
松崎は、イリュージョンを間近で見たように、飛び出るほど大きく目を開けて驚いた。
「そういう連絡の時は大体先輩でしょ?」
「あっ!」
当然の指摘に、松崎は目を点にした。
「で、何だったの?」
「実は伊坂署の管内で死体が見つかって、それも酷かったらしいよ」
松崎は伊坂署の管内で見つかった死体の状況を武に説明する。
「拷問ね……。酷いことする奴もいるもんだ」
「それな、死体はチンピラみたいだから、もしかしたらホワイトウィッチの仕業だったりして?」
「それは無いと思うよ」
レイは今療養中だ。もしもレイに何かあれば、野々原から連絡が来るはずだ。
「……。どうしてだ武?」
(ハッ、しまった‼)
つい口を滑らせてしまった。
レイが療養中なのを知っているのは野々原を除いて武だけだ。
何とか誤魔化すことは出来ないだろうか、と武は頭を回転させる。
「え――と……ホワイトウィッチが拷問したような話を聞いたことがないから、違うような気がして……あれ? 俺が知らないだけ?」
武は誤魔化すように首を傾げてみせた。
「確かに……でも殺しはしてるよな?」
「それは襲撃の時だろ」
「あぁ、そうか」
(良かった、誤魔化せた……!)
納得した松崎の様子に、武はホッと胸をなでおろした。
○
後日、県警で緊急の会議が開かれた。
内容は伊坂署で起きた殺人事件についてだ。
しかし、集められたのは捜査一課の刑事は勿論、組織犯罪対策課の刑事たちも集められていた。
捜査一課の西嶋が報告を始める。
「昨日、伊坂署で射殺体が発見されました。身元を調べたところ、被害者の名前は丸小野 波瑠、黒富士組系片野組のチンピラだと判明しました」
更に西嶋は死体の状態についても報告した。
それが終わると、坂東が質問をする。
「黒富士組系ということは、今回の殺しもホワイトウィッチの仕業か?」
黒富士組系の人間が殺されたとなると、考えられる犯人はホワイトウィッチと考えるのが当然の答えだろう。その場に居た刑事たちがみんなそう考えた。
しかし、西嶋の口から出たのは意外な答えだった。
「いいえ。今回はホワイトウィッチが犯人だと断定することはまだ出来ません」
それを聞いて刑事たちがざわつき、難しい顔をした。
「被害者の頭部から摘出された弾は、38口径のホローポイント、銃はS&W M36だと判明しました。銃に前科はありません」
ホワイトウィッチの愛用する拳銃はワルサーP99。
代用した可能性もあるが、ホワイトウィッチが犯行に使う拳銃は毎回同じだ。目撃者も度々出ているので、隠しても意味が無いと考えているのだろう。
ならばブラックウィザードはどうだろうか?
その考えもすぐに消えた。
ブラックウィザードが殺人を犯した記録は無い。断定するにはまだ早いが、彼が相手をした人間はみんな急所を外している。あんな卑劣な殺し方をするだろうか?
「とにかくだ。片野組を捜査てくれ、何か分かるかもしれん」
坂東が刑事たちに命令を出した。