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WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)  作者: 木村仁一
第9章 魔女の涙
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6話 ご立腹

 翌日、タケルは退院して早々、白摩署の刑事部屋で書類整備をしていた。

 全ての捜査から外された武の出来ることはそれくらいだ。

 正直、退屈だ。

 そこへ松崎まつざきがやって来る。


「大丈夫か武、無理しないで休めばいいのに?」

「そうもいかないよ。――っていうか一つ気になることがあるんだけど」

「何だ?」

飛馬ひばだよ。確かアイツ、病院で県警と一緒に塚元つかもとのこと見張っていたはずだよな?」


 そう、本来飛馬たちが見張る病院に居るはずの塚元が、何故かボートマリーナに居て、更にボコボコにされた。

 ならば病院で見張っていた飛馬たちは一体何を――いや、誰を見張っていたのか?

 その件を武が松崎に訊いてみた。


「それ、どうやら塚元の部下に、青海とかいう塚元によく似ている奴が居て、そいつと入れ替わったみたいだぞ」

「なにぃぃぃ?」


 自分でも間の抜けと思うような声を上げる武。

 てっきり飛馬たちの目を盗んで塚元が病院から抜け出したか何かかと思っていたが、別人と入れ替わっていたとは武も思っていなかった。

 用意周到とはこのこと、完全に計画的な行動だ。


飛馬あいつがサボってた、とかじゃなかったのか……。そこまで似てるのか?」

「らしいよ。普段から影武者やっていたみたいだし」

「へぇー。ところで飛馬あいつはどこに行ったんだ?」

「そう言えば……」


 武と松崎が刑事部屋をキョロキョロと見渡すが、飛馬の姿は無い。


(本当にどこ行った?)

 

                 ○

 

 その頃、飛馬はトイレの個室でスマフォを手にメッセージを送っていた。

 しばらくすると、着信音がなり、飛馬はすかさずメッセージを開いた。

 内容は「今夜の8時にいつもの場所で。くれぐれもバレないようにね」と出ている。

 それを確認すると、飛馬は「了解」と返事を送り、そして全く使っていないが、便器の水を流した。使っていたかのようにカモフラージュするためだ。

 飛馬はその後、何食わぬ顔で刑事部屋に戻る。

 そこに武が尋ねる。


「おい飛馬、どこ行ってたんだ?」

「トイレだよ。行っちゃ悪いのか?」

「別に悪いとは言ってないだろう……」


 武は眼を細めて不満な表情を浮かべる。

 何であんな態度何だろう、と。

 

                 ○

 

 夕方になり、武はいつも通り、レイと連絡を取るために白摩署の屋上に来ていた。

 武は携帯電話でレイを呼び出そうとして、その手が止まる。

 自分を帰還させるための演技だが、意識が飛ぶくらい本気で殴られたことを考えると、レイは相当怒っているのは間違いない……ような気がする。

 何時もと違って何か複雑な気持ちが武の手にストップをかけていた。

 とはいえ、何も連絡しないわけにもいかない。

 何かわるいことを仕出かして親に怒られると分かっている子供みたいな感情に武の手がブルブル震える。

 すると、携帯電話の着信音が鳴り、武は驚いて携帯電話を落としそうになるが、何とかキャッチに成功した。

 相手はレイからだ。

 武は恐る恐る電話に出た。


「……もしもし?」

『早く出なさぁぁぁい‼』


 鼓膜が破れるのでは、と思うくらいのレイの怒号に、武は頭がグワングワン、と揺れた。

 相変わらずレイはご立腹のようだ。


「悪かったよ」

『それで、あなたの正体の方は?』

「それは問題ない。レイが本気で殴ってくれたおかげで、誰も疑ってないよ」

『今度やったら、殺すからね?』

「イエッサー……」


 武は気まずそうに眼を細めて敬礼をする。

 相手には見えていないので意味は無いが、何となくしてしまった。


「それより、本当に大丈夫なのか体の方は?」

『当たり前でしょ』

「ホント、タフだな」

『まぁね。でもジイに止められて、しばらくは療養生活よ』

「その方がいいよ。実を言うと俺もしばらくはデスクワークだ」

『あらそう、それで鬼柳については?』

「今、県警が捜査《洗っ》てる。前科マエがあればすぐに分かるはずだ。……あればだけど……」


 その時、唐突に塚元のことを思い出した武。

 あの時塚元を殺さなければ、容易に鬼柳のことを掴めたかもしれない。


『……後悔してる?』


 レイの質問に、武は頭を抱えて答える。


「……そうだよ……」

『もう過ぎたことよ。今は沢又を殺した男のことを考えなさい』

「そう簡単にいくかよ」

『そうしなさい。それじゃまた後で』

「あっ、ちょっと待ってくれ?」

『何?』

「あのな、レイ……その……」


 武がずっと考えていたこと、

 

 もっと彼女レイのことを理解したい。

 

 ホワイトウィッチの仮面を被った彼女ではなく、本当の彼女を知りたい。もし出来るのならプライベートでも彼女と会って色々……。


『何よ⁉ ハッキリ言いなさぁぁぁい⁉』


 再びレイの怒号が武の頭を揺さぶった。

 ダメだ。今は何を言ってもダメだ。

 ご機嫌斜め30度の今のレイに「付き合わないか」と言ったら、火に油を注ぐ――というより火にダイナマイトかニトロを入れるくらいブチ切れて、今度こそ命が無いような気がする。


「い、いや、何でもない……ゆっくり休めよ」

『武に言われるまでもないわよ。それじゃ』


 電話が切れ、武が携帯を懐に仕舞うと、ガックリ肩を落とした。


「……アホか俺は」


 考えてみれば目的が同じとはいえ、刑事と犯罪者だ、仲良くなれるはずがない。

 レイの機嫌が良くても上手くいかないだろう。

 武は自分の愚かさに心の底から嘆いた。

 

                 ○

 

 野々原(ののはら)がレイの部屋の前に訪れる。

 レイの容体を確認するためだ。

 しかし、ドアをノックするが返事がない。


「失礼します」


 野々原がドアをゆっくり開けて中の様子を確認すると、レイはうつ伏せの状態で、枕を頭に被っていた。

 それに「ウーウー」とうめき声にも似た変な声も聞こえる。


「お嬢様、まだ怒っているんですか?」


 するとレイは、バッ、と顔を上げると、野々原に顔を向ける。

 その顔はまるで野生化した猛獣か何かのよう、普段のレイでは全く見せない顔だ――黒富士組狩りをする前はあったが……。


「だってだって……くぅー‼」


 レイは再び枕を被って寝そべってしまう。


「確かに唇を奪われたことで、ご立腹なのは分かりますが、武様はお嬢様を助ける為にしたことですよ?」

「……」


 野々原は何とかレイの機嫌を直そうと色々考えるが、全く浮かばず表情を曇らせる。


「……別に、それだけで怒ってるわけじゃないの」


 予想外の答えに野々原は首を傾げた。


「……私ったら、私ったら……うぅぅぅ……」

「どうなさいましたか?」


 武と他に何かあったのだろうか?

 そんな疑問を野々原がいだき、首を傾げていると、枕を少しずらして顔を出したレイが口を開いた。


「まさか私が……武の前であんな弱音を吐くなんて……それに武に――」


 そう、黒富士組を恨むようになってから、野々原以外に本音を言ったことは無い。

 それが心肺停止後の疲労の所為か、武に色々話してしまった。

 安定剤の効果が短くなり、段々自分に死が近づいていることに対する恐怖から、涙を流したこと。

 まさか武の前で素を出してしまうなんて……今思い出しただけでも屈辱だ。

 何より、同情から武に抱きしめられた時に、実は少しだけホッとする何かを感じてしまったこと……。


「――……ムゥゥゥー‼」


 それを思い出したレイは、再び枕を被り発狂(?)した。恥ずかしい、というように。


「もしかしてお嬢様。武様を殴ったのは、唇を奪われたからではなくて、素性を明かした恥ずかしさから――」 

「――おだまりジイ‼」


 再び顔を上げたレイの顔は、先ほどの野生化した猛獣のようだった。


「失礼しました、お嬢様……」


 野々原は静かに一礼する。


「ではお嬢様。夕食の準備が出来ましたら、またお呼びします」


 そう言って野々原は静かに部屋を出る。


「……もう何なのよ私ぃぃぃ! どうして、どうしてぇ!」


 ドアを閉めた後にもレイは何かを叫んでいた。

 すると、そんなレイとは裏腹に密かに野々原が微笑んだ。

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