5話 銃の写真が語るもの
昼頃、シーシャークの横に『水族館』と書かれた大きなトラックが到着する。
落とし穴のサメを回収するために運搬用のトラックを手配していたのだ。
そしてもう1台、キャタピラ式の移動できる小さなクレーンが運搬車に乗ってやって来る。
建物の中では、神代と県警の刑事たちが集まっている。
運搬車から降ろされたクレーンの先端にサメを捕獲するためのシートが取り付けられ、クレーンは建物の中に入って行った。
専門のダイバーも同行し、サメの捕獲を試みる。
とはいえ相手は凶暴なサメだ、専門と言っても捕獲は慎重に行うので、大変時間が掛かる。
全てのサメの捕獲が終わり、いよいよ落とし穴の調査が始まった。
ダイバー2人が穴の中へ入って行った。そして穴の底にたどり着くと、そこで白いある物を見つけた。
それは骨だ。
人間の物なのか動物の物なのかは詳しく調べないと分からないが、イタチザメは口に入る物は何でも食べてしまう凶暴なサメだ。それを考えた瞬間、ダイバーたちの脳裏に映画で見るようなまさかの事態が過ぎったその瞬間、ある黒い物を見つけた。
最初は何なのか分からなかったが、ダイバーの1人がそれを手にした瞬間にダイバーは、ハッ、と目を見開いた。
それは人間の左腕。
グローブのようだが、傷だらけで中身もある。恐らくサメに食い千切られたのだろう。
すぐにダイバーはその左腕を鑑識官へ渡すため、浮上して行った。
「警視、これを見てください」
神代の部下が黒いアタッシェケースを持って来て、神代の前でその中を開けた。
中に入っていたのは分解されたライフルだった。
これは、神代がライフルの銃身部分を手に取ると、すぐに違和感に気づいた。
表の部分はライフルだが、裏返してみると、見える部分だけが精巧に造られ、反対側の部分はピッタリ半分がない。言い換えれば何かのイベントなどの展示品のような作りだ。
「それが2つあるんです」
そう言うと、神代の部下が、もう1つ同じアタッシェケースを持って来て、中を開けると、全く同じ物が入っていた。
「すぐ鑑識に回してくれ」
刑事は模造のライフルを持って出て行った。
○
その頃のレイの隠れ家。
リビングで昼食を終えたレイ。一時心肺停止だった影響か、顔色が悪く虚ろな状態だ。
野々原が薬と水を持って来て来る。
「もう少しお休みになられた方がいいですよ」
レイは何も言わずに、コクッ、と頷いた。
何時もなら、休んでいる暇はない、と言って無理をするところだが、疲労で思考が働かないのか、素直だ。
「武は大丈夫かしら?」
唐突だが、レイの脳裏に武のことが浮かんだ。
匿名で通報したので、そのまま路地裏で干からびる、ということは無いだろう。
野々原も、大丈夫ですよ、というところだが……。
「かなり重症かと思われまず」
予想外の言葉がでた。
警察の取り調べでも、移動中は何も覚えていない、という言い訳を容易にするために、武を気絶させたのだが、野々原の言う重症とは、武を気絶させた方法についてだ。
その方法はレイが思い切り武をぶん殴るというもの。
本来なら薬やスタンガンでやれば確実なのだが、レイがその方法を取ったことには理由がある。
それは――
「だって……。――私の唇奪ったんだもん……!」
沸々と怒りが湧き、水の入ったコップを握り潰してしまいそうなほど力が入っている。
「それはお嬢様を助ける為で……」
野々原の言う通り、助ける為の行為だということは分かっている。わかっているのだが、どこか納得がいかない。
なので――
「えぇ、だからあれで勘弁してあげたのよ……!」
普段のレイでは考えられない、本当に悔しい、と歯を食い縛った表情をしていた。
レイの今の表情を第三者から見れば、絶対に勘弁していないようにしか見えないが。
○
夜になり、武の病室に鹿沼がタブレット端末を持ってやって来た。ブラックウィザード――に変装している自分たちと沢又のやり取りの映像を持ってきたのだ。
「待たせたな大下。これが例の映像だ」
そう言って鹿沼は動画ファイルを開き再生した。
タブレット画面には変装している自分と沢又とのやり取りが映し出されている。
既に知っているとはいえ、やはり別の角度から見た映像で自分の行動を見ると、覗かれていたみたいで少し嫌な感じがする。
「トシさん、鬼柳の銃に前科は?」
「報告だと、鬼柳が使ったのはベレッタM92F、マエは無いそうだ」
「イタリア製の拳銃だね」
「そうだ。ガンマニアのお前の意見は?」
「十中八九この殺し屋はプロだ。動画を見る限りだけど、狙いの正確さから相当慣れてるよこいつ」
「なるほど……。それともう1つ、塚元の死亡が確認された」
「……。やっぱりサメ?」
「ああ、例の『シーシャーク』とかいう会社に落とし穴のようなものがあって、その中で塚元の左腕が見つかったらしい」
武の表情が一気に暗くなる。改めて罪悪感が湧いたからだ。本当に自分の短気なせいで人を1人殺してしまったのだから。
それだけじゃない、自分で谷に繋がる手掛かりを潰してしまったともいえる。
「大丈夫か大下?」
「えっ?」
「随分思いつめた顔をしていたから」
「いや、何でもない……。大体想像つくけど、そのサメを飼育していた目的はもしかして?」
「それを使って死体を処理していたんだろうな……」
「やっぱり……」
分かっていたとはいえ、やはり恐ろしい。
改めて考えてみれば、ボートマリーナでレイが現れなかったら、自分もサメの餌にされていた可能性だってあったのだ。
本当にレイに感謝しかない。
「県警は何て?」
「お前のお陰で上地殺害についての事件は決着が着いたとして、問題は鬼柳だ。一応県警が名前から身元を捜査《洗って》いるが、偽名の可能性も含めると、なかなか難しいかもしれん」
鹿沼の言う通り、鬼柳という名前が偽名、又はコードネームだと考えれば身元を突き止めるのは難しいだろう。
「そう言えば、県警が妙な物を見つけたと言っていたな」
「妙な物?」
鹿沼は2枚の写真を武に見せた。
これは県警がシーシャークの調査をしている最中に見つけた物で、1枚目は3つに分解されたライフルがケースの中に入っている写真。もう1枚はそのライフルの裏側を撮影した写真だ。
1枚目はともかく、2枚目の写真を見て「何これ?」と武は声を漏らした。
「県警もライフルを見て色々意見が交わされているみたいだ。そのライフルに見覚えはあるか?」
「いいえ。自分も初めて見ました」
(――っていうのは嘘だけど)
「ただ……、トンプソンコンテンダーに似ているかも」
「そのトンプソンコン……何とかっていうのは?」
「トンプソンコンテンダー。中折れ式の銃で、1発しか撃てないから戦闘向けじゃないけど、薬室と一体になっている銃身部分だけを交換すれば、拳銃弾からライフル弾まで幅広い弾薬を撃つことが出来るユニークな銃だよ。たぶんベースはそれじゃないかな?」
「その偽物がどうして塚元の会社にあったと思う?」
「あくまで想像だけど、鬼柳が口封じで消されそうになったけど、その銃を保険にして逃げたんじゃないかな?」
「銃が保険?」
「多分本物の銃が俺たちに渡ると色々面倒――まさか!」
そこで武の脳裏にある考えが過ぎった。
「どうした?」
「トシさん、もしかしたらこの銃、オヤッさんを撃った銃じゃ⁉」
「なに?」
「考えてもみて、上地を殺した銃はオヤッさんを撃った銃と同じだった。黒富士から渡されて鬼柳はその銃を使ったんだと思う、俺を誘い出す為に」
「……。なるほど!」
鹿沼も武の考えに納得したのか頷いた。
「すぐ県警に報告しよう」
「お願いします」
鹿沼は病室を後にした。