1話 消沈
黙々とダークスピーダーを運転する武。
ダークスピーダーの後ろにはレッドスピーダーがついて来る形で走っていた。勿論、ダークスピーダーもレッドスピーダーも車体は『BODY』の効果で色を変えている。
助手席に座るレイは、一度生死の境をさまよったことで相当疲れたのか、ぐったりして眠っている。
本当なら病院に行くべきなのだが、レイの強い希望で隠れ家へ向かっている。このまま病院へ向かえば、間違いなく警察にバレるからだ。
とはいえ、冷静に考えれば、どんな事情でも病院へ向かうべき、と考えるだろうが、今の武は、そこまでの思考が全く働いていない。
〇
隠れ家の管理室で武たちの帰りを待つ野々原。
武からの連絡で、レイが一時心肺停止の状態だったと聞き、医療体制を整えて2人の帰りを今か今かと待っていた。
すると、隠しガレージの前を映すカメラにダークスピーダーとレッドスピーダーの姿を捉えた。
野々原は一度レッドスピーダーを遠隔操作で停止させると、管理室を出て、部屋の前に用意しておいたストレッチャーを引いて隠しガレージへ向かった。
隠しガレージに入ると、ちょうど扉が下へスライドし、ダークスピーダーがバックする形で中へ。
運転席のドアが開き、武が降りるとすぐに助手席へ回る。
「野々原さん、手を貸してください」
「はい」
武がドアを開けるとそこには、レイが眠っていた。
「お嬢様⁉」
「……うん」
野々原の呼びかけに、レイは朦朧としながらも目を覚ました。
「立てるかレイ?」
「……ええ」
レイは武の手を借りて立ち上がるが、やはり足取りはおぼつかない。
野々原は持ってきたストレッチャーをレイの横まで運んでくると、レイをストレッチャーに座らせる。
武も手伝い、レイをちゃんとストレッチャーに乗せると、一緒に医務室に運んだ。
野々原はレイの上着を脱がせると、武と一緒にベッドへレイを移し、検査を開始した。
いくら蘇生が成功したからといっても、全く問題が無いわけではない。場合によっては何らかの障害が残る可能性もある。
医務室の設備でも大抵のことは出来るが、万が一の場合は、やはり病院に連れて行くしかない。
レイの頭に装置をセットして、脳波の測定など異常がないか調べ始める。
「武様、レッドスピーダーの格納をお願いできますか?」
「勿論」
そう言って武は医務室を出て行った。
〇
レッドスピーダーをガレージに入れた後、武は地下のトレーニングルームにあるシットアップベンチに座っていた。
ガックリと肩を落として俯いている。
塚元を殺した罪悪感が全く消えないのだ。
あまりにも無責任な塚元の態度が原因なのだが、それでも殺していい理由にはならない。頭に血が上ると、後先の考えが出来なくなる自分の悪いところが、今は本当に憎い。
歯を食いしばり、拳銃を自分のこめかみにつきつけると、引き金を引こうとする。
いっそのこと死んでしまえばこの苦しみから解放されるかも。
そんな甘い考えを浮かべるが、やっぱり死ぬのは怖い。
「くそっ‼」
銃をサッと下ろし、再び頭を抱えて俯いた。
本当に情けない。
死ぬ根性も無いのか、と……。
〇
レイの処置を終えた野々原は、武の帰りが遅いことに気づき、探しに行こうとした。
「……ジイ」
レイが目を覚ました。
「……彼は?」
「武様は、レッドスピーダーの駐車をお願いしてから……戻って来ていません」
それを聞いて、何か思い立ったのだろう、レイはベッドから下りようと、動いた。
「お嬢様、あまり動かないでください!」
「……私なら大丈夫」
「いいえ、安静に……」
「大丈夫だから!」
レイはそう言って医務室を出た。先ほどよりはしっかりしているが、やはり足取りは重い。
すると、トレーニングルームのドアが僅かに開いていることに気づいた。
レイはドアをノックするが、返事はない。
部屋に入ってみると、武が俯いたままシットアップベンチに座っていた。
今まで見たことがないほどの武の落ち込みようを見て、レイはあることを察した。
「ねぇ?」
レイの声気づいた武がレイの方へ向いた。
「……大丈夫なのか?」
やはり元気がない。
レイは直球で自分が気になったことを武に訊いた。
「殺したのね。塚元を?」
武は再び沈黙した。どうやら図星だ。
レイは、武の隣にそっと座ると話を続けた。
「あなたらしくないじゃない。一体何があったの?」
武は思い口を開け、その理由を語り出した。
「許せなかったんだ、あいつが……」
「どうして?」
「あいつ……」
そこでレイに塚元が言った言葉を伝えた。
――こんな女死んだ方が世の中のためやろ。こいつに殺された家族の事よう考えてみぃ?
と。
「てめぇのボスがレイに何をしたのかも知らないくせに‼」
武の憎悪に満ちた表情に、レイもゾッとするものを感じた。競馬場で見た時の顔に似ている。
「バカね。そんなことで殺すなんて。あなたに関係ないじゃない」
武は再び深く頭を抱えた。
「信じてくれたのね。私たちの話」
「当然だろ、野々原さんが嘘をついているようには思えなかったし、谷さんの手紙にも書いてあったから」
武は頭を上げて話し出した。
「谷さんも騙していたかも?」
「どうしてそんなことを言うんだっ‼?」
堪忍袋の緒が切れたように、武の怒号が響いた。
流石に無神経過ぎたと思い「……ゴメン……」とレイは静かに謝り、俯いた。
自分のことを信じてくれたのに、あまりにも無神経過ぎることを言ってしまった。
「悪い……まだ、その……」
冷静になった武もレイに詫びる。
別にレイは気にしていない。レイの言動にも非があるし、それに武は、あの時の自分と同じ気持ちだと理解しているからだ。
そうあの時と同じ。
「分かる。私も初めて殺しをやった後もこうだったから、ものすごく嫌な気分って言うか……ムカついた。憎い連中のはずなのに……」
そう、憎い相手のはずなのに、どうしても気が晴れない。
それは今でもあまり変わっていなかった。
こんなことを言うのも不思議だ。
野々原以外の人間に自分のことを話すなんて、しかも相手は刑事、明らかに不用心すぎる。と、いつもなら考えるはずだ。
しかし、今は違う。
どうしてだろう、と考えていると、武からあることを訊かれた。
「レイ、教えてくれないか、5年前に黒富士にされたこと?」
突然の質問にレイは戸惑った。
あの出来事は、今でも思い出すたびに自分の無力さと胸が張り裂けそうな悲しみが湧いてくる。
それなのに何故だろう……。
レイは口を開いた。
「あの時はまだ平凡な大学生だったのに、突然奴らに捕まって、気が付いたらパパの研究所に――」
レイは話を続けた。あの悪夢の日のことを。