5話 ウィッチブレイド 怒りの刃
武を見送った後も、レイは塚元に拳銃を向けていた。
「ちょい待って!」
命乞いでもするのか、塚元はじりじりとレイに寄って来るが、相変わらずレイは、塚元を見下すように拳銃を向けている。
「なぁ、堪忍してぇな白ちゃん!」
「うるさい、アンタには死んでくれればいいの」
レイは拳銃の引き金を引こうとした。
カチャ!
物音の方へ向くと、そこには武によって腕を負傷した組員が、拳銃を掴んでいた。
レイは咄嗟に組員に向けて引き金を引いた。
その隙に塚元は、床にあるタイルの一つを開け、中にあるボタンを押した。
すると、床のあちこちから白煙が出る。
「えっ何⁉」
煙が消えると塚元の姿も消えていた。
まさか塚元も煙幕を使うとは思っていなかった。
他にどんな仕掛けがあるか分からない状況に、拳銃を握る手にも自然と力が入った。
煙に紛れてレイの目から逃げた塚元は組長室に居た。
塚元は代紋の下にある刀に手を伸ばした。
「そうや!」
電流グローブのことを思い出し、自分の机の引き出しを開けた。
「これこれ」
塚元はグローブを嵌めた。
そして部屋を出ると、組長室の前にある受付のカウンターの机の裏にあるボタンを押した。
変わらずレイが周りを警戒すると、再び床から白煙が噴射された。
「また⁉」
レイはすぐにサーモグラフィーゴーグルを取り出し、それを着ける。
流石に二度目なので、対策も容易だが、こう連続で続くと芸がない。
注意深く周りを警戒していると、レイの目に黄色い人型の陰が現れた。
その手には細長い紫色の物が握られていた。
刀だ。
レイは咄嗟に拳銃で刀をガードした。
「ええ反射神経やな白ちゃん」
陰の正体は塚元だ。
レイは一度塚元と間合いを取り、ゴーグルを外した。
拳銃を見るとフレームから銃身部分にまで切り込みが入れられていて、とてもじゃないが使い物にならない。仕方なく拳銃を仕舞った。
「どうや? 白ちゃん。秘密兵器は白ちゃんだけの特権やないでぇ」
そう言って塚元は自分が着けていたゴーグルを外した。その左手には何やら黒いガントレットグローブのような物が着けられている。
「さぁ、白ちゃん。銃が無くなったでぇ、どないする?」
「さっき言おうと思っていたけど、ネーミングセンス最低よ。おじさん」
レイは拳銃を仕舞うと、両腕をクロスさせる。そして両腕に向けて念じた。
(出なさい!)
すると、ガントレットに仕込んだ刃が飛び出る。
「刃物はおじさんだけの特権じゃないわよ」
それを見た塚元が感心したように――いや、憧れの眼差しでレイの刃を見ていた。
やはり男のロマン的ガジェットは塚元も魅了するようだ。
「ええオモチャや、何処で買えるん、そのからくり刃?」
「地獄に逝けば買えるわよ。それとこれ、ウィッチブレイドって名前があるの! ――」
(――今思いついたけど)
そう言ってレイは、喧嘩をするようなポーズを取った。
「ふん、まぁええわ」
刀一本の塚元に対して、レイは2本――正確には左右に2本ずつだが――レイの方が武力では有利だ。
だがそれは一対一の場合。
「おいお前ら、いつまで寝とんねん⁉」
そう、組員が残っていたのだ。
負傷しているとはいえ、相手は塚元を入れて4人も居る。
(あの馬鹿刑事。敵を残してどうするのよ……!)
武の性格は理解しているつもりだが、やっぱりこれだけは鬱陶しい。
何とか人数を削る方法はないかと考えていると――
「……役立たず」
塚元は床で蹲る組員から拳銃を奪い取ると、組員を撃ち殺した。
「お前もかぁ?」
その後も塚元は、負傷している組員を次々と撃ち殺していった。
「どいつもこいつも使えん奴らやでぇー」
塚元の非人道的な行動に、レイは一層目を尖らせた。
「アンタの部下でしょ。どうしてそんなことが出来るの⁉」
怒りを露わにするレイ。それに対して塚元は、何で怒っているの、というようにこう答えた。
「使えん道具は捨てるやろ?」
あまりにも非人道的言葉に、レイの結論はただ1つ。
(絶対に殺す‼)
相手の数が減ったことはありがたいが、自分の部下を平気で殺す行為は、流石にはらわたが煮えくり返る思いだ。
今までこんなに頭に来たのは、両親を殺されたことや、それでも動かなかった警察に対して以来だろうか。
「はぁぁぁっ‼」
塚元に向けレイが駆け出し、塚元と刃を交えた。
レイは容赦なく塚元を切りつける。
やはり一対一では塚元は不利なのだろう。塚元はレイのウィッチブレイドを受け流すことで精いっぱいのようだ。
やがて、レイのウィッチブレイドが塚元の肩を切りつけた。
傷を抑える塚元は、魚のはく製が並ぶ壁で背中を付けた。
「覚悟しなさい、塚元!」
レイはウィッチブレイドを塚元に顔に向けた。
さすがに塚元も、降参と刀を投げ捨てるしかない。
「堪忍してぇな白ちゃん! 俺が悪かった――」
その後も塚元は詫びを言い続けながら、ジリジリと横へ移動する。
塚元の行動が気になった。
それに今自分がいる場所だけ、妙に何も無いような気がする。
そこで思い出したのが『死体処理』というキーワード。
もしかして!
直感した後、塚元は近くには、ブラックバスのはく製に、サッ、と手を伸ばした。
レイがその場からジャンプした直後、今までレイが立っていた床が、下に向かって開いたのだ。
落とし穴だ。
さらにレイは、落とし穴の中を覗いた。そこには水が入っている。
それだけならただの落とし穴だが、その中にいるものに気づき、驚愕した。
落とし穴に居たのは、大きなイタチザメ、それも3匹だ。
それを見て『死体処理』の意味を理解した。
もし気がつかなかったら、そのままサメの餌食になっていた、と考えるだけで、ゾッとする。
流石に怒りより恐怖の感情が湧いた。
「惜しかったなぁ。もう少しやったのに……」
そう言って先ほど捨てた刀を拾う塚元。先ほどの命乞いは演技だったのだ。
「か、可愛いペットね。餌代が大変でしょ……?」
「おおきに白ちゃん、心配の礼に餌にしてやるさかい」
「御免よっ!」
再びレイと塚元は刃を交えた。