3話 用意周到
時間は9時を回り、シーシャークに1台の白いセダンが建物の側に停まった。
車から降りてきたのは鬼柳だ。
鬼柳の肩にはリュックが、手には黒いアタッシェケースが握られている。
扉をノックすると、片方の扉が横にスライドし、中から組員が顔を出した。
組員が「どうぞ」と言って、鬼柳を中へ。
広間に通された鬼柳の前には塚元と組員たちが立っていた。
「刑事は消した」
「ようやった!」
「だが、白と黒の魔法使いが沢又を待ち伏せていたぞ」
それを聞いた塚元が眉をひそめる。
「ヒコちゃんは白状した?」
「その寸前に殺った」
「せやったら問題ゼロや!」
そう言って塚元が笑みを浮かべる。
「それで船の手配は?」
「手配済みや。まぁゆっくりするとえぇ――おい、部屋に案内せい」
組員の1人が「はい」と言って鬼柳を案内しようとすると、鬼柳が塚元に訊いた。
「待て、ギャラは?」
そう、今回の殺しのギャラを全くもらっていない。
「部屋にもっていくさかい、ちょっと待っといて、それより、その銃をこっちに――」
塚元は、鬼柳が持つ黒いアタッシェケースに向けて手を伸ばした。
「――悪いが、これはまだ預かる。直前で裏切られても困るからな」
「……。まぁええやろ」
組員に「それではこちらです」と、案内する組員について行った。
鬼柳が通された部屋の近くには潜水艇があり、興味があるのか部屋に入るまで鬼柳の目はそれに釘付けだった。
〇
組長室に移動した塚元は、席に座りパソコンと向き合うと、パソコンを起動し、通信を開始した。
しばらくすると、通信が繋がり、画面に黒富士が映し出された。
『始末できたか?』
「鬼柳はこれからです総長。沢又の方はバッチリですぅ」
『そうか』
それを聞いて黒富士が笑みを見せた。
しかし、次の塚元の報告によってその笑みが瞬く間に消えることになる。
「せやけど、沢又を殺るとき、例の魔法使い二人組が待ち構えていたようですわ」
『何⁉』
「ボートマリーナの狙撃も、奴らの仕業かもしれまへん。あの若造刑事も恐らく奴らと居てるかと」
『分かった。とにかく今は鬼柳を先に始末しろ、いいな』
「そりゃもう。抜かりなく、骨もなく」
『よし』
そう言って通信は終わった。
〇
鬼柳が待つ部屋は、狭すぎず広すぎずの応接室のようになっており、部屋にはテーブルと椅子が以外、特に何もない。
椅子に座る鬼柳は、鋭い眼差しで周りを見ている――警戒しているが正しいだろう。
すると、ドアをノックする音が聞こえ、その後に塚元が部屋に入って来た。
「ギャラや。船ももうじき来るさかい、もう少しの辛抱や」
そう言うと塚元は、ジュラルミンケースを鬼柳の目の前のテーブルに置いた。
鬼柳がケースを開けると、中には数千万相当の大量の札束が入っていた。
その内の二束を手に取り、ペラペラと指で弾いて中身を確認する。
どうやら間に白紙や新聞紙などの小細工はされていないようだ。
「確かに」
「ほな」
そう言って塚元は部屋を出て行った。
それを確認すると、鬼柳は持ってきたリュックに金を入れる。
塚元が部屋のドアを閉めると、組員に向けて目で合図を出すと、組員は頷き、懐から拳銃を抜いた。
拳銃はサイレンサー付きの物だ。
組員が部屋のドアを勢いよく開けて、拳銃を構える。
しかし、鬼柳の姿は見当たらない。
組員が混乱していると、組員のこめかみにベレッタの銃口が突きつけられた。
「捨てろ」
そう、殺されると予感した鬼柳が、銃撃を回避するために、ドアの横へ移動していたのだ。
その方には先ほど現金を入れたリュックがあり、左手には黒いアタッシェケースを持っていた。
組員は観念して銃を捨てた。
組員の頭に拳銃を突き付け部屋から出てみると、部屋の外には塚元や組員が居た。
「やるやないか」
塚元の感心するように言った。
「黙って消されると思ったか?」
「いやー、ホンマ見事や――せやけど……」
塚元は、背中からサブマシンガン・マイクロUZIを取り出し、レバーを引いて弾を装填した。
「蜂の巣になっても、逃げられるんか?」
そう言ってマイクロUZIを鬼柳に向ける塚元。
今、鬼柳を撃ち殺せば上地を撃つのに使った銃は勿論、金も回収できる。
「おい、俺を撃てばこいつも死ぬぞ」
「せやから?」
「なに⁉」
「構わん尊い犠牲や」
そう言うと組員たちも一斉に銃を構える。
盾にしている組員も「ま、待ってくださいっ‼」と待ったをかけるが、当然、塚元たちの耳には入らない。
万事休すだ。
本来なら――
「言っておくけどな塚元。このケースに入っている銃は《《偽物》》だぞ?」
そう言ってアタッシェケースを塚元に向けて放り投げた。
組員の1人が、アタッシェケースを拾い、開けてみると、中には3つに分解された中折れ式のライフルが入っている。
どう見ても本物なのだが、組員がライフルを手に取ると、見える部分だけが精巧に造られ、反対側の部分はピッタリ半分がない状態だった。
「本物は別の場所に隠している。もし俺が死ねば――」
あの銃は警察の手に渡る、と言おうとした。
「――これのことか?」
「なに?」
赤西が塚元の後ろから現れた。
その手には黒いアタッシェケース、上地を撃った銃が入っている物と同じ物だ。
「どこでそれを⁉」
鬼柳の表情がこわばった。
「アンタのクルーザーだよ。もう少し後ろには気をつけないとな」
「そういうことや鬼柳はん」
天狗の鼻を折ったかのように塚元と赤西は余裕の笑みを浮かべた。
切り札を失い、塚元たちに殺されるしか道はない。
塚元もそうだが、赤西を含めた組員みんながそう思った。
「それも偽物だぞ」
鬼柳の一言を聞いて、一瞬沈黙が流れた。
しかし、すぐにまた塚元が余裕の笑みを浮かべる。
「何や、着くならもうちょいマシな嘘をつかんかい」
「確かめてみなよ?」
赤西が床にアタッシェケースを置いて中身を確認した。
中に入っていたのは3つに分解された例のライフル。
「ちゃんと入っていますよ」
そう言ってライフルの銃身部分を手に取る赤西。
しかし、そこで驚愕の事実が分かる。
ライフルの銃身は、見える部分だけが精巧に造られ、反対側の部分はピッタリ半分がない状態、先ほど鬼柳が放り投げたケースの中に入っていた物と同じ偽物だったのだ。
まさかの事態に赤西の目は泳いでいた。
「何だよこれ⁉」
「アンタがつけて来ていることはとっくに気づいていたよ。残念だったなっ!」
突然鬼柳は、盾にした組員を塚元たちに向けて押し出すと、銃を撃ちながら、近くにあった潜水艇の陰にダイブした。
鬼柳の突然の銃撃に組員たちは反射的に撃ち返し、どんどん潜水艇に弾を撃ち込んでいった。
「おい待てぇい‼」
塚元が大声で叫び、そこで組員たちは銃撃を止めた。
今鬼柳に死なれては困るからだ。
これで自分には手が出せない……はずだった。
突然、布でも引き裂くようなけたたましい音が響いた。塚元のマイクロUZIだ。
そして塚元が放つ銃弾の1発が鬼柳の左足首を貫いた。
潜水艇の下の僅かな隙間から弾が抜けたのだ。
足を抑える鬼柳の元に、組員の1人が銃を向けながら現れた。
「時間の問題やでぇ鬼柳。観念せい……」
もう、打つ手が思いつかない。
後は拷問にでもかけられると、鬼柳は覚悟した。
その時だ。
ガシャーン!
「あぁ?」
ガラスの割れる音を聞いて、塚元たちが天窓の方へ目を向けた。
天窓がある天井の近くに居た組員たちは、慌てて破片を避けようとその場から離れる。
すると、割れた天窓から、水色のスチール缶のような物が3つ降ってきた。
そしてそれの底の部分から紫色の煙が勢いよく噴射された。