1話 特定
河川敷・橋の下――
周りの風景がオレンジ色に染まった頃、「BODY」の機能で車体の色を変えたレッドスピーダーの運転席に座るレイが、助手席のダッシュボードから伸びるタブレット画面を見ていた。
沢又とチンピラのスマートフォンから引き出した情報を確認しているのだ。
すると、レッドスピーダーの隣に、こちらも「BODY」の機能で色を変えたダークスピーダーが止まる。
宮元に沢又の居場所を伝えるため、別行動で公衆電話を探しに行っていたのだ。
ダークスピーダーから武が降りると、レイが居るレッドスピーダーの助手席の外からレイを覗いた。
「終わった。そっちはどう、何か掴めた?」
「今調べてる」
レイは武に向くとことなくタブレット画面を睨んでいる。
沢又が言っていた「死体処理」「しー」の手掛かりを探しているのだ。
「ジイ、どう?」
通信で野々原にも分析を行ってもらっているのだ。
『リストは手に入れましたが、塚元組が所有する会社はこれで全部です』
塚元組が関連する会社の一覧がタブレット画面に現れた。
しかし、どれも沢又が言い残したものとはあまり関係が無いように思える。
「そもそも『死体処理』っていう時点で、自分の名前で契約しないわね……」
レイが自分の考えの甘さに呆れていた。
「沢又のスマフォのデータから、何か手掛かりは?」
「既に調べたわよ。電話番号も該当する会社は見当たらない」
武とレイが「うーん」と首をかしげていると、武があることを思いついた。
「そうだっ! オッチャンなら何か知ってるかも」
「オッチャンって?」
「谷の凄腕情報屋。まぁ、駄目もとだけど……」
そう言うと、武はダークスピーダーのグローブボックスから、自分の携帯電話を取り出した。
万が一の情報収集の為に持ってきていたのだ。
流石に持ち歩くのは危険だとレイに注意されたため、グローブボックスに仕舞っていた。
武は携帯電話の電源を入れると、すぐに日下を呼び出した。
『おい! 本当にアンちゃんか?』
電話の向こうから日下の慌てたような声が聞こえた。
「その感じだと、俺のことも耳に入ってるみたいだな」
『その通りだ。何回も電話をかけても繋がらないし、死んだかと思ったよ。無事なのか?』
「ピンピンしてるよ――って、それはいい、情報が欲しい」
『こんな時にか?』
「こんな時だから! 俺の側にいる魔法使い二人組にからまれてよぉ」
『魔法使い二人組⁉ ――って、まさか白い奴と黒い奴か⁉』
「そのまさか――」
『何の情報だ?』
「実は塚元組の死体処理……場……? ――みたいな情報ないかな?」
それを聞いた日下がしばらく沈黙した。
やっぱり知らないか。
武が半分諦めると、日下の声が電話の向こうから聞こえた。
『確かな情報じゃねぇけど、偶に人が消える、って噂の会社なら知ってるぞ』
「知ってる⁉ なんてとこ⁉」
『確か……シーシャークっていったかな?』
(シーシャーク……『しー』ってもしかして!)
「場所は?」
日下は知る限りの住所を武に伝えた。
『――埠頭近くに倉庫が並んでいる場所のはずだ』
「ありがとうオッチャン!」
『ところでアンちゃんは大丈夫なのか?』
「今のところは平気だよ。しばらく缶詰になるけどな……」
そう言って武は電話を切ると、レイに日下からの情報を伝えた。
レイはその情報を基にネットで位置情報を確認する。
日下の言っていた埠頭の近くに、確かにマップには、『株式会社 シー・シャーク』と出た。
「あったな」
「そうね」
「『株式会社 シー・シャーク』――ネーミングセンス最悪……」
武とレイが同時に口にした。
シーシャーク、直略すると、海鮫、そもそも鮫は海に居るのがほぼ当たり前なので、この名前はどうかと思える。
「多分、沢又の言いかけた『しー』は、ここじゃないかな?」
「かもしれない。ジイ、どんな会社か調べられる?」
『待ってください』
しばらくすると、野々原から通信が入った。
『この会社は海の生物を保管および研究をしているようです。他にも潜水道具などの販売もしているみたいですね』
「表はそうでも、裏では死体を海に捨ててるってことなのかも?」
「あり得るわね。行きましょう」
レイも納得し、レッドスピーダーの運転席へ移動。
武もダークスピーダーに飛び乗った。
〇
水沼研究所跡――
辺りは暗くなり、明かりの必要性が増したころ、西嶋率いる県警の捜査一課と、そして地元の刑事たちが集まっていた。
その中に、組織犯罪対策課・第二係二班の班長・神代が居た。
本来ならあまりこういう現場には来ないが、沢又の件などを確かめるためにここに来たのだ。
「よし、キミ達は1階を頼む」
西嶋が制服警官に指示を出し、一同は建物の中に入って行った。
入り口を潜ると、明かりの無い室内は、とても暗く、足元に何があるのか全く分からない。
西嶋と神代は、持ってきた懐中電灯を点け、周りを照らした。
すると、壁に「3階に来い」と書かれた張り紙を見つけた。
「……3階に行きましょう」
西嶋と神代が3階へ上がった。
注意深く進み、やがて会議室へたどり着いた。
すると、部屋の中には、床に横たわる2つの陰。
西嶋と神代が、そこへ明かりを向けると、神代が声を上げた。
「沢又⁉」
そこに横たわっていたのは、間違いなく沢又だ。
神代が沢又に近づいて調べるが、既に息はない。
西嶋はもう一つの死体に近づいた。こっちも息はない。
チンピラの死体を調べると、背中に、何か硬い物があることに気がついた。
しかし、それ以上は調べず、鑑識に任せることにした。
鑑識を呼んで会議室を封鎖。
照明機器が置かれ、部屋が明るく照らされている。
倒れている沢又を鑑識官がチョークでアウトラインを引き、それが終わると、沢又の遺体は担架に乗せられ運ばれていった。
神代と鹿沼は、鑑識官の邪魔にならないように、隣の部屋に開いていた大きな穴から様子を見ている。
「一体誰が……」
「分かりません警視」
慎重に横たわるチンピラの背中に隠された物の写真を撮った後、それを取った。
それは紙袋に包まれているが、その形から袋を取らなくても中身が何なのかが分かる。
拳銃だ。
鑑識官が袋から拳銃を取り出した。
その拳銃を見て、西嶋と神代があることに気づいた。
拳銃は、シグザウアーP230JP、警察拳銃だった。
「なぜ警察の拳銃をこの男が……?」
「すぐにライフルマークを調べてくれ」
鑑識官に指示を出した神代。
続いて、別の鑑識官が、チンピラのズボンのポケットからSDカードを見つける。
SDカードには「警察へ」と機械でプリントしたシールが貼られていた。
鑑識官が証拠保管用の透明な袋にSDカードを入れる。