保険
河川敷の橋の下――
そこに1台のバイクが隠れるように止まった。
エンジンを切り、ヘルメットを外した。
鬼柳は周りの様子を窺い、問題ないと判断すると、懐からスマートフォンを取り出した。
「仕事は終わった。追加分のギャラを忘れるなよ」
『ホンマか……?』
スマートフォンの向こうから聞こえてきたのは、塚元の疑うような声だった。
「問題ない、特製の弾丸だ。体内に入ればすぐに死ぬ」
『ならえぇ。今夜9時にシーシャークで待っとる。場所は――』
「――知ってる。9時だな」
『ほな、待っとる。そうそう、硬い物も忘れんようにな』
そこで電話は切れた。
(嘘つけ……)
塚元のことだ。恐らくそこで自分を殺すつもりだろう。
それに塚元が指定した場所は、死体の処理場だということは既に調べが付いている。
鬼柳もそこまで馬鹿ではない。
塚元も言っていた硬い物。あれが保険だ。
何に使ったかは知らないが、訳アリの品なのは間違いない。
警察に渡ってしまえば、塚元は勿論、黒富士組全体にダメージが及ぶ可能性がある。
そうなるのはさすがに避けたいはずだ。
鬼柳は再びヘルメットを被りバイクを走らせた。
鬼柳が向かったのは、とある住宅街にある貸しガレージ。鬼柳が向かったのは一番奥のガレージだ。
シャッターを開けると、中にはもう1台のバイクが止まっていた。アメリカンスタイルの大型のタイプだ。
その奥には、パソコンと3Dプリンターが置かれていた。
鬼柳は、今まで乗っていたバイクをガレージの中に仕舞うと、今度は大型バイクに乗り換えた。
あの黒いデロリアンの追跡は振り切ったが、万が一ということもある。乗り換えた方が安全だろう。
続いて鬼柳が向かったのは、とある霊園。
鬼柳が足を運んだのは、「鬼柳」と彫られた背の低い洋形の墓石の前。
勿論ただの墓参りではない。
周りの様子を窺い、誰も居ないことを確認すると、墓石の香炉を退かし、その下の拝石を退かした。
本来骨壺を収める場所に有ったのは、黒いアタッシェケース。
これは上地を撃った時に使った銃が入っていたケースだ。
そのケースとは別にもう一つ同じサイズの白いケースがある。
鬼柳は銃が入っていた黒いケースを取り出すと、拝石と香炉を元に戻し、ケースを持って歩き出した。
その鬼柳を、墓石の陰から覗く人影があった。
○
とあるヨットハーバー。
数多く停泊するヨットの中から、鬼柳は黒いアタッシェケースを持って、一艘のクルーザーの中へ入って行った。
どうやら鬼柳の所有している物らしい。
その鬼柳を高台から双眼鏡で覗く1人のスキンヘッドの男が居た。
赤西だ。
塚元の命令で、鬼柳を尾行していたのだ。
鬼柳が例の銃を持ってこない、又は偽物を持ってくる可能性があるので、鬼柳が立ちまわるところを全て監視しろということだ。
黒富士組の情報網を使って、鬼柳が借りているガレージのことを調べ、そこからこっそり尾行していたのだ。
しばらくすると、鬼柳がクルーザーから姿を現した。
手には先ほどの黒いアタッシェケースがあり、鬼柳はそのままバイクに乗ってヨットハーバーを後にした。
「追え」
赤西は後ろに居た2人のチンピラに命令を出した。
チンピラが鬼柳を尾行して行くと、赤西は鬼柳のクルーザーの中へ入って行った。
クルーザーの扉には鍵がかかっていたが、赤西はピッキングで鍵をこじ開けた。
中に入ると、多少の使用感はあるものの、綺麗そのものだ。
赤西はクルーザーの中を調べる――他から見ると物色ともいえるが。
あっという間に船内は散らかり、漫画で見るような、泥棒が入りました、の光景に早変わりした。
棚などの収納が可能な場所は全部調べたが何も無い。
そこで赤西は、クルーザーの先端の中にあるⅤの椅子を調べる。
すると、一ヵ所だけ僅かにガタを感じた。
その部分を取ってみると、そこには先ほど鬼柳が持っていた――正確には、レイの銃が入っていた――アタッシェケースがあった。
赤西がケースを開けてみると、中に入っていたのは、3つに分解された中折れ式のライフルが入っていた。
間違いなく上地を殺す為に鬼柳に渡した物だ。
鬼柳に渡す為に、青いゴミ箱にこのケースを隠したのは赤西だ。当然中身も確認している。
やはり保険としてここに隠したのだろう。
しかし、それも無駄になった。
赤西はスマートフォンを取りだし、塚元を呼び出した。
「オヤジ、見つけました」