10話 バイクVSダークスピーダー 第7章END
武が建物の出入口へ向かっていると、バイクのエンジンが掛かる音が聞こえた。
確かに車と違って、バイクならエンジンを止めても自分で押せば動かすことが容易く出来る。おまけに静かに建物に近づくことも可能だ。
武は小型タブレットを取り出すと、画面にある「D」のアイコンをタップすると、画面にワイヤーフレーム状のダークスピーダーが現れ、更に「AUTO DRIVE」をタップした。
武が外に出ると、1台の黒いスポーツバイクが研究所の敷地の外へ出て行くのが見えた。
黒いフルフェイスのヘルメットを被っていて素顔は分からないが、服装からして沢又を撃った男に間違いない。
「《逃がすかよ!》」
バイクを睨む武のところへ、呼び出したダークスピーダーが建物の裏から現れた。
武はタブレットを操作すると、ダークスピーダーのドアが開き、武の横で停車。武が素早く乗り込み急発進させた。
○
男のバイクが猛スピードで一般道を走り抜ける。
車線も多いため、バイクは次々に車を追い越していく。
研究所跡から大分離れた為、逃げ切れた、と思ったのか、バイクは赤信号で停車した。
変に急いでも、かえって怪しまれるだけだからだ。
すると、タイヤが軋む音で、男がふとサイドミラーを覗いた。
そこには、バイクを追いかけるために猛スピードで追い上げるダークスピーダーが写っていた。
仕方なくバイクは、赤信号を無視して急発進。ダークスピーダーの振り切りを図る。
ダークスピーダーの方は、まるで猟犬の如く、一般車を華麗に避けながら、バイクを追いかけるが、その差は全く縮まらない。
何故なら、バイクと違い、ダークスピーダーは車だ。一般車が多いので、避けるのが精一杯でスピードが上げられないからだ。
打って変わり、バイクの方は有利だ。渋滞していても、バイクなら、車の間を容易く抜けられるし、歩道に入って逃げることもできる。
本当ならダークスピーダーのマシンガンを使ってでもバイクを止めたいが、今の状況では一般車も巻き込んでしまう。
(パトランプが恋しい……)
粘り強い追跡が功を奏したのか、やがて一般車が少なくなり、バイクとの距離も徐々に縮まる。
武は、シガレットソケットの左に並ぶボタンの中から『MACHINE‐GUN』のボタンを押した。
ダークスピーダーのフォグランプが上へ開き、マシンガンの銃口が顔を出す。
ハンドルに付いているマシンガン発射ボタンに指を置き、バイクに狙いを定める。
2台はやがて十字路に差し掛かる。
信号機は赤に変わり、横断する車が発進した。
それでも男のバイクはアクセルを全開にして加速する。
「《おい、冗談だろ⁉》」
バイクは一気に十字路を駆け抜ける。
それを避けようとした一般車が次々と衝突、交差点はあっという間に車で埋め尽くされてしまった。
「《くそ‼》」
武は、ブレーキを踏み込み、更にハンドルを切る。
ダークスピーダーは、横滑りしながら、なんとか事故車の目の前で止まることが出来た。
武は車を降りて追いかけようとするが、相手はバイクだ。あっという間に武の視界から遠ざかって行った。
「《畜生‼》」
悔しそうに地面を蹴った。
この事故の影響で「どうしたの?」と野次馬がどんどん集まって来る。
流石に長居は無用だ。
武はダークスピーダーに乗り込むと、来た道を戻って行った。
○
水沼研究所跡――
レイが建物から出ると、ちょうどダークスピーダーが着いた。
武がダークスピーダーから降りると、レイに駆け寄る。
「《すまない、逃げられた。沢又は?》」
レイは首を横に振った。
「《クソっ……。それで、何か言ってなかったか? 沢又を撃った奴のこととか……》」
「いいえ。『死体処理』とか『しー』って言ったけど、何のことだか……」
「《何だよ、死体処理、と、しー、って⁈》」
全く意味が分からない。
男を逃したことも重なり、武のムシャクシャした気持ちが一層強くなる。
「でも、あなたの無実を証明する証拠は手に入ったから、編集してここから離れましょう」
「編集、ってどうやって?」
○
レイがレッドスピーダーの助手席に乗ると、グローブボックスを開けた。
ボックスの中には、車の説明書しか入っていないが、よく見るとボックスの左上のところに小さなボタンが付いていた。
レイがそのボタンを押すと、本来エアバッグが収納されている部分が少し上昇、中からプラスチックの板のような物がスライドし、やがて起き上がった。
出てきたのはタブレット端末だ。
「《そんな物まで付いていたのか……》」
「ダークスピーダーにも付いているわよ――っていうか、その声気に入ってるの……?」
「《えっ? ――そうだった!》」
武は慌ててボイスチェンジャーをオフにした。
レイは隠しカメラからSDカードを抜いて、タブレット端末にセット。録画した映像データを呼び出した。
更にアプリを開いて、映像の編集を行う。
編集と言っても、沢又が姿を現してから沢又を撃った男が逃げるまでの前後の映像をカットするだけなので簡単だ。
「問題は沢又が言っていた『死体処理』って言葉ね」
「それから『しー』だろ?」
死体処理というのは何となく分かるが、しー、の意味が分からない。
武は考えた。
(しー……C……シー……海か?)
「海ってことか?」
「それなら海って言うはずでしょ?」
(うっ、それもそうだ……)
全く分からない。
武が頭をひねっている間に、レイが映像の編集を終え、SDカードにデータを移した。
それを引き抜くと、今度はスマートフォンを取り出すと、タブレット端末に収納されていたケーブルに繋ぎ、スマートフォンの中の全てのデータのコピーを始めた。
「誰のスマフォ?」
「沢又の。もしかしたら何か情報があるかもしれないと思って」
タブレット画面のロードが終わり、スマートフォンからケーブルを外した。
「これからどうする?」
「とりあえず、スマートフォンとSDカードを置いて来るから、それから移動しましょう」
○
再び建物の会議室に戻った武とレイ。
レイは沢又の懐にスマートフォンを戻し、さっきまで人形が座っていた椅子にSDカードを置いた。
武もチンピラの懐にスマートフォンを戻した。
その時にチンピラの背中に妙な膨らみがあることに気づき、シャツを捲って見てみると、そこには先ほどチンピラが使ったものとは別の拳銃があった。
拳銃は、シグP230JP。武が使っている拳銃と同じ物だ。
恐らく武を殺した時に正当防衛を装う時に使うつもりだったのだろう。
「ねぇ、早く人形持ってきて」
「おうっ」
武は人形を担いで会議室から出ようとした時、足を止め、一度沢又の方へ向いた。
床に仰向けの状態で横たわる沢又の死体。
武はそれを睨みつけた。
「早く行くわよ」
レイの呼びかけに武は会議室を後にした。
(バカ野郎……)
第7章 END