9話 バカな奴(武視点)
水沼研究所跡――
沢又との約束より1時間早く到着した2台の車。
レッドスピーダーとダークスピーダーだ。今は「BODY」の機能で車体の色を変えている。
ちなみにダークスピーダーは、デロリアンの基本カラーのシルバーだ。
2台は沢又が来ても見えないように建物の裏の広場に止めた。
既にブラックウィザード――と、世間では呼ばれている――の格好に着替え、新しいマスクとサングラスを掛けた武は、ダークスピーダーを降りて早々、レッドスピーダーの後部座席のドアを開け、人形を下ろした。
人形は手足が可動出来るマネキンで、武の服を着させており、頭の部分は髪型も武に似せたカツラを被せている。
後ろ姿なら武と見分けがつかないだろう。
レイは助手席に置かれたアタッシェケースを手に取りレッドスピーダーを降りる。
「ところで、このマネキンどこで見つけたの?」
「廃棄場から失敬して来たのよ。頭が付いていなかったから、探すのが大変だったのよ」
「で、この場所は?」
「実はパパの知り合いがここで働いていたの。今は移転したから誰も居ない」
「お父さんの人脈凄いな――ところでこの建物、崩れないだろうな?」
「まぁ、結構長い間ほったらかしみたいだけど、すぐに崩れることはないでしょ……」
「ホントかなぁ……」
確かにすぐ崩れる感じはないが、それでも見た目がボロボロだ。これで大丈夫と言ったら、酷い嘘にしか聞こえない。
不安が残るまま、武はマネキンを背負って建物の中へ入って行った。
(床、抜けないだろうな……?)
罠を張るのは3階の奥にある会議室跡。
部屋は広いが、やはり荒れている。
武が試しに部屋の壁を殴ってみると、映画のサイボーグのように簡単に貫通し、手を引き抜くと一緒に壁の一部も崩れた。
壁は二重になっていたようだが、武が開けた穴とは別に、向こう側にも穴が開いており、隣の部屋が見える。
アスベストがないか心配だが……。
「遊ばないで早く仕掛けて!」
「悪い……」
レイは沢又が来た時の証拠を手に入れるために、会議室の角の天井にカメラをセットする。
小型タブレットでカメラの映像を見ながら微調整する。
武はマネキンを、部屋に放置されている錆びだらけのパイプ椅子に座らせる。
更に、小型のスピーカーをマネキンの襟もとに付けた。左手に持った小型マイクでテストする。
「あー、あー、大丈夫だな」
スピーカーは良好だ。
レイは小型タブレットからカメラの映像を確認。部屋全体が見渡せるように設置した。
「こっちも準備完了よ」
やがて時間になり、沢又の車が到着した。
窓から覗く武がそれを確認し、会議室へ。
武とレイは天井から下りるロープを伝い、天井へ。タイルの裏側へ身を隠した。
天井からだと、武に見せかけたマネキンしか見えないが、それでも音で何とか状況は把握できる。
「……来たぞ大下」
沢又の声が聞こえた。
武は小型マイクを手に「こっちだ」と返事を返した。
やがて足音が近づき、それが止まった。
「……来たな沢又」
直接は見えないが、それでも沢又の声を聞くたびに怒りが湧いてくる。放つ言葉にも自然と力が入る。
そして沢又に、県警に本当のことを打ち明けるように言うが、勿論答えはノー。交渉は決裂した。
「終わったな」
武は心底思ったことを口にした。
そして沈黙の後、口を開いた沢又が言い放つ。
「……その通りだ」
すると、一発の銃声が鳴り響き、マネキンが地面に倒れた。
(やっぱり撃ってきたか……)
「バカな奴だ……」
勝ち誇ったように笑う沢又の声。
「これで俺も組員に……」
(んっ? 誰だ?)
喜びを隠せていない沢又とは違う男の声。
恐らく沢又の連れだろうが、「組員」と言っていたので、恐らく塚元組の人間だろう。
武とレイは、懐から音を立てないように慎重に銃を抜く。
「んっ⁉」
慌てたように人形へ近づく2人分の足音。
「これは⁉ ――人形‼」
沢又の驚いた声が聞こえ、武とレイは互いに顔を向ける。
レイが親指を立ててゴーサインを出すと、武とレイは天井から下りて、沢又とその連れにそれぞれ銃を向けた。
「銃を捨てろ!」
武の一言に沢又の連れ――チンピラは、顔を引きつらせて銃を捨て、両手を上げた。
沢又もレイに拳銃を突きつけられている為、全く動けない様子だ。
本当に予期できなかったのか、「何故貴様らが⁉」と慌てる様子は武も見ていて気持ちがいい。相手が裏切り者なのだからなおさらだ。
「あんたを嵌めるためだ。本物の大下刑事なら、俺たちが保護してるよ。本当にマヌケだな、嵌めた側が今度は嵌められるとはね……」
武は嫌味たっぷりに言った。
すると、沢又がふっと笑みを浮かべた。
「何がおかしい?」
「大下だったのか……」
「何を言ってんだ?」
(どうせ声でそう思っているんでしょ)
武は首を傾げて、全く理解でいない、と一応アピールしておく。
「大下の声じゃないか。魔法使いさん?」
やはり沢又は声で武と確信したようだ。その証拠に余裕で笑顔を見せている。
(これならどうかな?)
勿論こうなることも想定済みだ。
武はポケットに忍ばせたボイスチェンジャーのリモコンボタンを押した。
まずは、神代の声だ。
「《確かに声は大下だったな……》」
「その声は……警視⁉」
予想外の声に、さっきまで余裕を見せていた沢又の表情は徐々に変わり始める。
(おぉ、ビビってるビビってる!)
慌てる沢又を見て調子に乗った武は、ボイスチェンジャーのリモコンボタンを次々に押していく。
木暮に続いて宮元の声で話すと、沢又の顔から笑顔が完全に消えた。見当違いだと悟ったのだろう。
武はリモコンの一番上――重低音の声になる――のボタンを押して再び沢又に声をかけた。
「《素の声で話すと思うか?》」
悔しそうに歯を食いしばる沢又を見て――サングラスとマスクで見えないが――武はほくそ笑んでいる。
するとレイが、早く訊きなさい、と顔を一瞬沢又の方へ振った。
それを見た武は、目的を思い出し、沢又の尋問を始める。
「《それより県警の刑事が塚元たちと繋がっていたとは、ホント驚きだ》」
「いつ分かった?」
レイは呆れたように鼻を鳴らし、こう続けた。
「ホント鈍いわね。誰がボートマリーナで大下刑事を援護したと思ったの?」
「あの狙撃はお前か⁉」
「そう、大下刑事には色々利用価値があってね。死なれると困るから」
「くそっ‼」
「それじゃ沢又刑事。他に県警に居るスパイについて話してもらうわよ?」
「……何のことかな?」
惚ける沢又の太ももに、レイは躊躇なく一発撃ち込んだ。
「うあっ‼ 何しやがる‼」
「《ちょっ!》」
武も一瞬慌てる素振りを見せるが、ここで動いたらこのチンピラが逃げてしまう、と思いなんとか冷静を保ち、沢又にこう言った。
「《おい沢又、言う通りにした方がいいぞ。こいつ、いつも本気だからな》」
とりあえず沢又の不安を煽ることにした。
すると、観念したのか、沢又は口を開いた。
「わ、分かった……県警には……」
いよいよ県警に居る黒富士組の内通者が分かる。武の期待が膨らんだ。
その時だ。
破片を踏んだような物音が聞こえた。
物音の方へ向く武とレイ。
そこに居たのは、サングラスを掛け、黒いレザーのロングコートを身に纏う、左頬に大きな縦の傷がある男が居た。
その男の手には拳銃が握られている。
ヤバイ‼
武とレイは瞬時に判断した。
傷の男が銃を乱射し、レイは近くのガラスが無くなった窓を飛び越え外へ。幸い外壁に出っ張りがあるのでそこに着地した。
武は、先ほど自分のパンチで穴が開く程脆くなっていることを確認した壁に体当たりをして、豪快に隣の部屋へ。
何時もなら能力で避けて撃ち返すことも出来るのだが、まだ能力が使えない。
「助かった! 手を貸してくれ!」
銃弾を避けるために身を低くしていた沢又は、傷を抑えながら立ち上がった。
沢又が安堵したのも束の間、男はまずチンピラの頭を撃ち抜いた。
「な、何をっ⁉」
状況が分からず声を上げた沢又に向けて銃を向ける。
男は沢又の頭に照準を合わせ、引き金を引き始めた。
すると、武が突き破った壁から一発の銃弾が貫通、男の側に飛んで来た。
男は咄嗟にそれを避けたが、その際に引き金を引いてしまったため、頭に合わせていた照準がズレ、沢又の心臓近くに銃弾が被弾した。
武は壁の穴から現れ男に向けて銃を撃つが、能力がまだ使えないので外してしまった。
「《待て‼》」
足早に逃げる男を追いかけようとするが、沢又のうめき声を聞き、地面に横たわる沢又に駆け寄った。
「《おい沢又、あいつは誰なんだ⁉》」
沢又を問い詰めるが、沢又はうめき声しか上げない。
「どうしたの⁉」
よじ登って窓から室内へ戻るレイが現れた。
「《あいつを追う、ここ頼んだぞ!》」
そう言って、武は会議室から出た。
「ちょ、ちょっと⁉ ――あの男は誰なの沢又⁉」
沢又に駆け寄るレイ。
しかし、沢又は口から血を吐いており、風前の灯火の如く息絶えようとしている。
「……けさ……れ……る……」
「なに⁉」
「……したい…………しょ……り……」
「死体処理⁉」
「…………しー……」
「しー?」
「……」
「ちょっと⁉」
沢又に呼びかけるレイ。
しかし沢又は、詳しく言う前に力尽きてしまった。
「何なの、しー、って?」