7話 護送
白摩署の裏口前には白のミニバン、その前後をガードするように乗用車が止まっている。3台とも県警の車両だ。
マル暴の刑事たちは、手錠をかけられた両手をタオルのような物で覆い隠した加藤をミニバンの後部に乗せると、続いて結城も乗車した。
すると、3台の車の後方から武の運転する覆面車が止まった。
谷が覆面車の無線マイクを取ると、マル暴の刑事たちに連絡を入れる。
「すみません。お待たせしました」
『では、出発します』
無線からの声と共に先頭の車両がゆっくり走り出す。
武たちの車が白摩署の敷地から出て、一般道を走り出した。
すると、路上に止まっていたフロントのグリル部分に、日本刀と逆三角形の盾が重なったようなエンブレムが特徴的な黒のセダンが、武たちを尾行するように少し距離を置いて走り出した。
覆面車の助手席に座る谷は、何か心配事があるのか、眉を寄せて難しい顔をしている。
「大丈夫ですか? さっきから変ですよ」
普段と違う谷の様子に武が声を掛けた。
「……どうも嫌な予感がしてな」
「考え過ぎじゃないですか?」
「……だと良いが」
容疑者を護送する際に緊張することは珍しくはない。特に加藤のような警察に捕まると組織――黒富士組に都合が悪い人間の場合、殺す為に襲撃してくる可能性が高い。
そんな人間を護送するとならば、その緊張はさらに大きいものになる。谷が普段よりも周りを警戒しているように見えるのは、そのせいかもしれない。
武はそう思い、周りに気を配りながらハンドルを握った。
武たちの車は交差点の赤信号で停車。それに合わせて一般車が武の覆面車の後ろに、次々と列を作っていく。
特に変わった様子はない、誰の目から見てもありふれた光景だ。
だが、谷だけはその中に潜む疑わしい車を察知した。
「武、3番目の車!」
谷の声に武がルームミラーを覗いた。
武たちの覆面車から後ろ3台目に、1台の黒いセダンが止まっている。
ただ信号待ちをしているようにしか見えないが、谷は何か違和感に気づいたようだ。
だが、ドライバーの顔を確認しようにも、黒のセダンとの間に止まる2台の車が邪魔で見えない。
「あの車がどうかしました?」
「署からずっと、私たちをつけて来ている」
谷は無線のマイクを手に取った。
「こちら白摩25。尾行車あり、黒のセダンに警戒せよ」
谷の連絡を受け、先頭に停車するマル暴の刑事は無線のマイクを取ると、後続車に連絡を入れる。
『様子を見てルートを変更しましょう』
信号が青へ変わり、車がスタートした。
武は後続車に注意しながら運転を続ける。
やがて一般車の数も徐々に減り、一層黒のセダンの存在がはっきりとなる。
そして武たちの車は、再び大きな交差点の赤信号で停車した。
すると黒のセダンは右折レーンに入った。すでに一般車が1台レーンに入っているため、ちょうど県警のミニバンの真横に、黒のセダンが停車する形となった。
もし黒のセダンに襲撃者が乗っていたら、ミニバンは格好の的である。
ミニバンの中の刑事たちは勿論、武と谷も黒のセダンを注意深く見つめた。
信号が青に変り、黒のセダンは――
何事もなく右折し、ミニバンから離れていった。
谷と武もホッと胸をなでおろした。
谷は無線のマイクを取ると、マル暴たちに連絡を入れる。
「どうやら自分の思い過ごしだったようです」
無線のマイクを置いた谷だが、警戒を怠っていないのは表情から分かる。
ミニバンの中では、緊張が解けたマル暴の刑事たちが表情を少し緩めていた。
「念のため、コースを変えた方がいいかもしれません。柊工場横を通りましょう」
結城が、前席の刑事に向けて言った。
「時間が掛かります」
「念のためよ。もし待ち伏せがあっても、今ルートを変えれば回避できます」
「……分かりました」
助手席に座る刑事が無線を手に取り、前を走る県警の車に連絡を入れる。
「ルートを変更、柊工場横を通ってください」
『了解』
先頭を走るマルボウの車は、本来の道を外れ、工場へと続く道路を進む。最後部を走る武の覆面車もそれについて行った。
ルート変更の交信は武たちの耳にも届いており、武は安全上のことだろうと特に気にしていないが、谷の表情は再び何かを警戒するように緊張の色が浮かんだ。
県警の車は、大きな通りから裏通りへ入り、信号のない十字路で一時停止。武の覆面車もそれに合わせて停車した。
武は停車中、車の時計を見ると、「11:48」と表示されていた。この工場近くから神奈川県警本部まではおよそ20分から25分で到着する。
もう少しだ、と自分に言い聞かせ、黙って武は県警の車の後ろに続いて覆面車を走らせた。
〇
十字路の先には、右側に工場を囲む高いコンクリートの壁が佇み、反対側には運河が流れている。
十字路の右方向の道は橋になっており、左方向は団地へと繋がる道路になっていた。
武の覆面車が十字路から工場横の道路へ入った。
道路は狭く、車2台がやっとすれ違うことができるくらいだ。よほど度胸があるか、無能なドライバーじゃない限り、対向車が来た時に自然とスピードを落として走行するだろう。
すると、先頭を走る県警の車の正面から、1台の黒いワンボックスカーが向かって来る。ワンボックスカーは狭い道にも拘わらず、猛スピードで県警の車に迫る。
マルボウの刑事たちもワンボックスカーの不審な様子に、緊張感が高まった。
ワンボックスカーは突然、県警の車の前で横滑りし、道路を塞ぐようにして停車。
県警の車は急ブレーキ。それに合わせて武の覆面車を含めた後続の車が次々と停まった。
「何だ⁉」
状況が分からない武が思わず声を上げた。
先頭を塞ぐワンボックスカーのスライドドアが開くと、覆面の男が2人降りる。
その手には小型のサブマシンガン・イングラムが握られていた。
「敵だ!!」
マル暴の刑事が拳銃を取り出し、応戦しようと車を出ようとした。
だが、それよりも早く相手のイングラムが先に火を噴いた。
何かを引き裂くようなけたたましい音と共に、先頭の車は瞬く間に蜂の巣となり、中の2人の刑事も銃弾の餌食となる。
襲撃を目の当たりにした武は、引き返そうとして振り返ると、覆面車の後ろにもワンボックスカーが横滑りして停車した。
そして、後部のスライドドアが開き、黒い覆面をした2人組が武の覆面車目掛け、イングラムを撃ちまくる。
「嘘だろ⁉」
覆面車の窓ガラスが割れ、武と谷はできるだけシートに身を埋めた。
谷が無線のマイクを取った。
「こちら白摩25。大至急応援を頼む、現在地は――」
連絡を入れようとするが、無線のスピーカーからは雑音が入り、応答している様子は感じられない。
近くの工場の影響で電波が乱れているのか、それとも襲撃者が妨害電波を出しているのか、武たちには分からなかった。
何もできない状況に、武と谷は再びシートに深く身を潜めた。