7話 バカな奴
水沼研究所跡――
3階建のコンクリート製の建物だが、長く放置されているせいか、壁には落書きが多く、建物の周りも荒れ果て、入り口の壁には「研究所」の部分だけが残る表札が、今でも掛けられていた。
20台は止められたと思われる駐車場になっていた広いスペースも、放置されているせいでひび割れ、所々から雑草が生えている始末。
人気が無いのと建物の劣化具合が、不気味さを漂わせる。
夜に入れば幽霊が居ても不思議ではない雰囲気だ。
そこに沢又が乗る覆面車が着いた。
時間はちょうど15時。
沢又は車を駐車場だった場所に適当に止め、車を降りる。
それを人影が3階の窓から覗いており、建物に近づく沢又を見て人影も建物の中へと入って行った。
建物の入り口に着いた沢又。
本来はガラス張りのドアがあったのだが、今はただの破片となって床に落ちている。
更に入り口の先の廊下は、天井のタイルが所々剥がれ落ち、電源のケーブルらしきものがむき出しになっている。
入り口を潜ると、すぐ横の壁に「3階に来い」と書かれた張り紙があった。
指示に従って3階へ上る沢又。
「来たぞ大下」
上りきったところで沢又が、声をかける。
「こっちだ」
武の声が聞こえた。
沢又は一番奥の会議室へ向かった。
ドアを開けて中に入ると、奥で椅子に座る武の後ろ姿を見つける。
ボートマリーナの時と同じ格好だ。
沢又が部屋に入る。
会議室として使っていたこの部屋は、長方形状にテーブルを並べても20人は収まる広さだが、荒れ果てている。
天井は、ところどころタイルが剥がれ、窓のガラスは割れ落ち、ダイレクトに風が入る始末。
壁も脆くなっているのか、大きな穴が開いて隣の部屋が見えている。
そうじゃなくても、思い切り体当たりをすれば簡単に突き破れそうだ。
「……来たな沢又」
後ろを向きながら喋る武。その声からは、かつての親しみのある口調は完全に消え、敵意すら感じさせる口調だ。
「そんなに怒るなよ。俺たちは仲間だろ」
「だった、が正解だ」
「で、何のようだ?」
「県警に本当の事を打ち明けろ。ヨットハーバーのことも塚元たちとのこともな」
「それだけか?」
「それだけだ、俺は奴らが刑務所に入れば、それでいい」
沢又はしばらく考えてこう返した。
「残念だが、お断りだ」
「終わったな」
沢又が再び沈黙し、そして――
「……その通りだ」
沢又が冷たい口調で言うと、スッと横へ移動すると、沢又の後ろから1人の男が姿を現した。
20代前半で逆立った髪の毛を青く塗り、なんだか分からない絵が入った黒の長袖Tシャツを着ている。
この男は赤西によって呼ばれたチンピラの中でも本当に下っ端。
塚元の指示で、沢又がここへ来る途中で拾い、ここまで連れて来たのだ。
その手には拳銃が握られていて、武に向かってそれを撃った。
放たれた弾は心臓がある場所に当たり、武は椅子から落ちた。
「バカな奴だ……」
勝ち誇ったように笑う沢又。
連れの男も「これで俺も組員に……」と喜びを隠せていない。
しかし、その2人の笑顔が一気に消えた。
「んっ⁉」
沢又が倒れる武に違和感を抱き、近づいてみると、武は座った形のまま倒れている。まるで人形のよう――
「これは⁉」
沢又が慌てて髪の毛を掴むと、頭がいとも簡単にもげた。顔は全くの別人――いや本当にマネキンだった。
「人形‼」
チンピラの男も人形に近づいた。
そして沢又が罠だと理解したその瞬間。
天井から人影が降りてきて沢又とチンピラの男の背後に着地。その手には拳銃が握られている。
ブラックウィザードとホワイトウィッチだ。
ブラックウィザードの方はショッピングモールの時とは違い、ネックウォーマーからマスクに、サングラスも少し形が違う物に変わっていた。
ホワイトウィッチも額にシルバーのサークレットを付けている。
「銃を捨てろ!」
ブラックウィザードの一言にビビったチンピラは、顔を引きつらせて銃を捨て、ホールドアップ。
沢又もホワイトウィッチに拳銃を突きつけられて身動きが取れない状態だ。
「何故貴様らがっ⁉」
「あんたを嵌めるためだ。本物の大下刑事なら、俺たちが保護してるよ。本当にマヌケだな、嵌めた側が今度は嵌められるとはね……」
嫌味たっぷりに言うブラックウィザード。
すると、沢又が何かに気づき、ふっと笑みを浮かべた。
「何がおかしい?」
「大下だったのか……」
「何を言ってんだ?」
ブラックウィザードは首を傾げて、全く理解でいない、というような口調で言った。
しかし沢又には確証があった。
それは――
「大下の声じゃないか。魔法使いさん?」
そう、明らかにブラックウィザードの声が武の声と同じだ。
散々聞いているのだから間違えるはずがない。
ブラックウィザードの正体が武だと確信した。
「《確かに声は大下だったな……》」
しかし、その確信はすぐさま打ち砕かれる。
「その声は……警視⁉」
そう、ブラックウィザードが神代警視の声で話し始めたのだ。
まるで本人が話しているようなクリアーな声。
「《それともこっちが良いか?》――《それともこれか?》」
続いてブラックウィザードは、捜査一課の木暮警視に続いて白摩署・刑事課長の宮元へと声を変えた。
ブラックウィザードのマスクの中に変声機が付いているようだ。
沢又の顔から笑顔が消えた。
「《素の声で話すと思うか?》」
今度は重低音の如何にも声を変えています、というような声に変えたブラックウィザードの一言に、沢又は悔しそうに歯を食いしばる。
「《それより県警の刑事が塚元たちと繋がっていたとは、ホント驚きだ》」
「いつ分かった?」
ホワイトウィッチが呆れたように鼻を鳴らした後にこう言った。
「ホント鈍いわね。誰がボートマリーナで大下刑事を援護したと思ったの?」
「あの狙撃はお前か⁉」
「そう、大下刑事には色々利用価値があってね。死なれると困るから」
「くそっ‼」
「それじゃ沢又刑事。他に県警に居るスパイについて話してもらうわよ?」
「……何のことかな?」
惚ける沢又の左の太ももホワイトウィッチが撃った。
「うあっ‼ 何しやがる‼」
「《ちょっ!》」
一瞬ブラックウィザードが慌てるが、すぐさま冷静になり、続ける。
「《おい沢又、言う通りにした方がいいぞ。こいつ、いつも本気だからな》」
「わ、分かった……県警には……」
観念したのか、沢又は口を開いた。