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WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)  作者: 木村仁一
第7章 STEP UP(ステップアップ)
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2話 有能な執事

 外はすっかり暗くなり、街灯の明かりが目立ち始めた頃、塚元(つかもと)は事務所に居た。

 組員の1人が部屋のカーテンを閉め、席に座る塚元に一礼すると部屋を出て行った。

 塚元は机のノートパソコンを立ち上げると、通信を開始。画面に黒富士(くろふじ)が映し出された。


『聞こう。あの刑事は始末したか』

「例の(ガキ)を罠に嵌めることには成功しましたぁ。せやけど、邪魔が入りまして――」

『――それで、まんまと逃げられたのか⁉』

「えらいすんません総長。今、総動員して捜しとりますぅ」

『沢又のことも奴に知られたんだろ? 邪魔になるなら沢又()も消すんだ。良いな⁉』

「それに関して何の異論もありまへん。そのことで総長。もう一度、鬼柳(きりゅう)はんを貸してくれまへんか?」

『いいだろ。ただし、必ず仕留めろ』


 そして画面に『通信終了』と表示された。

 塚元は、ホッと息をついて椅子に深く座った。

 すると、ドアがノックされ、赤西(あかにし)が入って来た。


塚元(オヤジ)、失礼します」

「どや?」

「それが……」

「まだ見つからへんのかい⁉」

「これでも必死に捜したんです!」

 

 (タケル)が流れたであろう河川敷を捜索する組員たち。

 赤西は勿論だが、その他にも2人の組員が川を潜ったり、周囲でいろんな人に――身分を偽って――話を訊いたりしている。

 当然ながら目撃情報は皆無だった。


 辺りも暗くなってきたので、やむなく赤西たちは引き上げてきたのだが、その時に赤西が理解したことがある。

 川で水死体、又は何らかの手掛かりを探す警官の気持ちが痛いほどわかったのだ。

 何時もなら、ウザイ、の一言だが、今回のことで少しだけ同情のようなものが生まれたような気がした。


「…………警察の大変さが少し分かりました……」


 赤西は塚元に聞こえないように呟いた。

 すると、塚元が赤西に 目を細めて「何やて?」と圧を掛けるように訊いた。


「いいえ何も‼ ――でも、あれだけ捜して見つからないんです。海に流されていますよ、きっと」


 塚元から聞いたが、大下は腕を負傷しているのだ。助かる見込みは殆どない。

 軽はずみな赤西の発言に、塚元は立ち上がり赤西を殴り倒した。


「その考えが命取りや」


 そう言うと、塚元は赤西の頭を踏みつけた。


「ええから、()よ捜せ! せやないとワレが川に沈むでぇ⁉」

「……は……はぎぃ……」


 俺は何でこんな奴について行こうと思ったのだろうか。

 赤西は、ふとそう思った。


                 ○


 隠れ家のダイニング――

 野々原(ののはら)は本当に優秀だ。

 夕食に出された野々原のお手製料理は、まるで一流レストランを思わせるほどだ。


 一品目は、ローストビーフ。

 これは口に入れて噛むと肉の味が広がり、ワサビ醤油が使われたタレは少し、ツン、とするが、これもまた癖になり自然と箸が進む。


 もう一品は、かつお節和えの水菜とトマトのサラダ。

 洋風のドレッシングが掛けられ、水菜のシャキシャキとした食感に加え、トマトもまた、皮が薄く果肉がとても柔らかい。


 刑事になって以来、こういう手の込んだ料理を食べたことが無かった武は、思わず感動して涙を流していた。

 そんな今の武を、向かいに座るレイは哀れむような、何処か引き気味のような眼差しで見ていた。


「これで泣くって……普段どんな食生活してるのよ、あなた……?」

「普段は、コンビニのパンかおにぎりなの! 寮の食堂だって、こんなに美味い飯は出ないんだ、感動して当然だろ?」

「……」


 その後も武は、料理を口にしては感動して涙を流していた。

 レイの隣に座る野々原は、やはり嬉しいのか、普段の硬い表情が少しだけ緩んでいた――レイは相変わらず、遠くを見るように眼を細めて武を見ていたが……。

 

 食事が終わり、テーブルにはそれぞれコーヒーの入ったカップが置かれている。

 武はよほど満足したのか、分かりやすくホンワカした笑顔を浮かべている――見方によってはマヌケ面にも見えるが……。


「本当にアンタの執事は優秀だな。あんな美味い料理が作れるんだから」

「ありがと」


 他愛もない話をしていると、ダイニングのテレビからニュースが流れた。


『続いてニュースです――神奈川県のボートマリーナ跡が全焼しました』


 女性アナウンサーの声にその場に居るみんなが注目した。

 流石に武も真顔に戻りテレビに注目する。


「ここって……」

「間違いないわね」


 武とレイ、共に見覚えのある場所。だいぶ姿が変わってしまったが、塚元とやり合ったボートマリーナに間違いない。

 テレビに映し出された映像は、燃え上がるボートマリーナを消防隊員が必死に消火しているところだ。


『幸い、この火事による死傷者は確認されていませんが、火事の原因については現在も調査中とのことです』


 武が運河で見た黒煙は、これだろう。


「やっぱり、証拠を消しやがったか……」

「まぁ、証拠を残すほど馬鹿じゃないでしょ」

「そりゃそうだ……これでまだ俺は逃走犯まっしぐら、って訳だ。罪悪感とかないのかね……?」

「罪の擦り付けで、罪悪感を覚える人間が黒富士組に居るわけ――そう言えば……。ねぇ、競馬場で会った時に、どうして私が谷さんを撃ったと思ったの? 谷さんが撃たれた直後なら誤解されるのはわかるけど」

「あぁ、あれな。実はオヤッさんを撃った弾、レイが使っている奴と同じ、9ミリのレンジャータロンだったんだ。鑑定結果が出るまで違う銃だって分からなくて」

「そうだったんだ」


 競馬場の件はこれで納得したようだが、レイと入れ替わりに、武が抱いていた疑問を打ち明けた。


「そう言えばあの弾!」

「谷さんを撃った弾?」

「そう、ずっと腑に落ちないんだ。先の窪んだ拳銃弾で、数十mの距離からオヤッさんを撃つなんて、普通出来るか?」

「角度をつければ届かない距離じゃないと思うし、まぐれで当たったのかも――いいえ、あいつらがそんな賭けみたいなことをするはずないわよね」

「そう、まぁ遠くに飛ばすために火薬の量を増やして、銃身もライフルのように長いものにすれば、飛距離は伸ばせるけど……それでも先が窪んだ弾がどこまで安定するのか……?」

「確かに……――ジイ、何か分からない?」


 レイは野々原に訊いた。

 軍に居た野々原なら何かヒントを得られるかもしれない、と思ったからだ。


「そうですね……弾の先端に詰め物をして尖らせれば、空気抵抗をある程度減らせるかもしれません」

「そうなの?」

「ええ、可能性はあります」

「だけど、オヤッさんの体内からは詰め物どころか破片すら――いや待てよ!」


 武は言いかけてあることを思い出した。

 

 ――谷刑事の体内から少量ですが()()()のような物が検出されました。


 あの時、鑑識官が言っていたことだ。


「野々原さん、銅の粉で詰め物は作れますか?」

「もちろんです。――なるほどフランジブル弾の特性を応用したものですね」

「フランジブル弾?」


 あまり聞きなれない弾の名前に武とレイが同時に声を上げた。


「はい。本来二次被害のリスクを抑えるため、標的や硬いものに当たると砕けるように金属の粉などを固めた弾ですが、その方法で詰め物を作ったのでしょう」


 野々原の話ではこうだ。


 固めた銅の粉の詰め物を入れたレンジャータロンなら、ある程度の安定性が得られる。

 それが体内に入ると、先端の粉が衝撃で体内の中に散らばり、弾頭のレンジャータロンも本来の開き方をして体内に止まる、ということだ。


「そんなことできるの、ジイ?」

「はい。理論的には」

「……ずいぶん詳しいですね。ちなみに野々原さん、どのくらい軍にいたんですか?」

「15年近くになりますか。兵器開発や車両の改造、点検などをやっていました」


(だからあんな装備が作れるのか……すげぇ)


 武は、顔を引きつった。

 映画に出て来るような装備を作れる凄さに驚いたのもそうだが、同時に優秀過ぎてどこか引くものもあった。


「でも、そんな手の込んだ弾を使ってまで、私の仕業に見せかけたのは何故なの?」

「それが分からないんだ……調べれば別の銃から発射されたのは分かるのに?」


 そう、まだ残された大きな謎、何故調べればわかることなのに一時的もレイの仕業に見せかける必要があったのか。


「まぁ、いずれ奴らを追い込めて吐かせれば分かるでしょ」


 そう言ってレイは目の前にあるコーヒーの入ったカップを口に運んだ。


「それより早く休みなさい。明日から本格的にトレーニングよ」

「お、おう……ところで――」

「……ん?」


 レイと野々原が言いかけた武を見た。


「俺、何処で寝ればいいの?」

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