7話 火を噴くブレイザー
川を挟んだボートマリーナの向こう側。そこに1台のSUV車が止まっている。塚元組の事務所で武たちを監視していた車と同じ物だ。
車は、暗いメタリックなブルーのシボレー・サバーバン。
実際にアメリカの警察や大統領の護衛車両にも使われている車だ。
そのサバーバンの助手席側の窓が開いた。
車内から双眼鏡を使ってボートマリーナ跡の方を覗く女。
レイだ。
フードを被り、素顔は最小限しか見せていない。
双眼鏡を覗くと、武が塚元にボコボコにされているところだった。もしかしたらと思い武を尾行していたが、ほぼ予想通りの展開が繰り広げられる。
(あのバカ刑事……)
忠告したのにそれを聞かずにこのザマだ。
レイはさすがに呆れてため息をついた。
「しょうがないわね……」
レイは、後部座席からライフル・ブレイザーR93を取ると、ボルトハンドルをスライドさせ、弾を装填、ボートマリーナへ向けで構える。
やはりライフルを持ってきたのは正解だったようだ。
スコープを覗くと、塚元の回し蹴りを受けた武は床に倒れる光景が見える。
今すぐに塚元を狙撃したかったが、壁の陰に移動してしまい狙えない。
何とか武を逃がす方法はないだろうか。
適当に撃って、狙われていると分かれば一時的に武から気を逸らせられるかもしれない。
すると、倒れている武に向けて塚元の手が伸びている光景が目に入る。恐らく塚元の手に握たれているのは銃だろう。だろう、というのは、室内が暗いせいで黒い銃と色が同化しているため見え難いからだ。
その状況で更に100メートル以上先にある銃に当てるのはレイでも自信がない。そもそもここまでの距離を狙撃した経験は殆ど無かった。
とにかく塚元の気を逸らせることが出来ればと思い、スコープを少しずらすと、ガラス戸の向こうに組員が1人確認できる。銃よりもそっちの方が狙いやすい。
どうせなら1人潰しておこうと、レイはスコープの照準線を組員の頭に合わせると、数ミリほど横にずらした。風の抵抗を考えてだ。
(当たれ!)
狙いを定めると、引き金を引いた。
放たれた銃弾はガラス戸に続いて組員の頭を貫いた。
狙撃によってボートマリーナの中が慌ただしくなり、武の周りから人影が離れて行った。
その後もレイはライフルのボルトハンドルをスライドさせ次弾を装填。
(さぁ、早く立って!)
レイの念が通じたのか武がヨロヨロと立ち上がる。
案の定、武に気づいた組員の1人が、武に飛びかかろうとしていた。
急いでレイはライフルの照準を組員に合わせ、引き金を引いた。
少し照準がずれたようにも思ったが、弾は組員の頭を見事に撃ち抜いた。
あとは武が逃げてくれればいいのだが、問題は武がどう逃げるかだ。バルコニーの方へ逃げてくれるなら援護は可能だ、後は武が川に飛び込めば逃げ切れるだろう。
ただ、正反対に出入口に逃げてしまった場合は最悪だ。援護も不可能だし塚元たちに消される可能性も高くなる。
いくら武でも自分が援護され難い出入口に向かうとは思えないが、のこのこ罠に嵌るような男だ。どんな判断をするか分からない。
レイの中で緊張が走ると、武はガラス戸を破ってバルコニーに出た。後は武が川に飛び込めば逃げ切れる。
そう確信していると、ボートマリーナの室内から何かが光り、その後武がバランスを崩して川に落ちた。
その後に立て続けに響く破裂音のようなもの。サブマシンガンの銃声だ。
武の落ち方を考えると被弾したのかもしれない。
川の流れは比較的緩やかとはいえ、負傷した状態なら溺れる危険性は高い。
レイは慌てて小型タブレットを取り出し、登録リストから武の携帯番号を探し出し、下に表示されている「TRACKING」をタップ。ローディングが終わると、川の上を流れる赤い点滅する円が表示された。これが今の武の現在地だ。
「よし!」
それを確認すると、レイはサバーバンを走らせた。
〇
武に逃げられた塚元は、近くの瓦礫を手に取り、武が破ったガラス戸に、サッ、とさらした。スナイパーがまだ狙っている可能性があったため、囮を使ったのだが、瓦礫が撃ち抜かれることはなかった。
慎重に標的を判断して撃たなかったのか、あるいはスナイパーがもう居ないのか、確かめる方法は1つ。
「おい、誰でもええから、表に出ぇ」
その場に残る組員とチンピラが「どうぞ」「いえいえ、そっちが……」とコントのような譲り合いをしている。
それを見ているただでも気の短い塚元がサブマシンガンを2人の足元に撃ちながら「はよ行けぇ!」と怒鳴った。
組員とチンピラは「はい‼」とバルコニーへ出るが、やはり弾は飛んでこない。もうスナイパーは居ないようだ。
それを確認した2人は室内へ戻った。
「どうや?」
「狙撃手は居なくなったようです」
「んで、あの刑事は?」
「死んでます」
「ホンマか?」
「仮に生きていたとしてもあの怪我です。きっと流されて……」
「ドアホ⁉ 川潜ってちゃんと確認せんかい! とっとと行けぇい‼」
塚元の怒号に組員とチンピラは、一斉に「はい!」と声を上げて外に出て行こうとすると「待てぃ!」と止められた。
「行け」と言ったり「待て」と言ったり本当に忙しい、と内心文句を言いたくもなるけど相手は塚元、そんな文句を言えばただでは済まない。
「何でしょうか……?」
「仏、持っていけ」
塚元が指さす先には室内に横たわる2体の仏。それぞれ頭からの出血はまだ止まっていない。
「あれを……ですか?」
あからさまに嫌そうな顔で塚元を見る組員とチンピラ。いくら元仲間と言っても誰だって死体――それも血まみれの――をそのまま運ぶことには抵抗がある。
「はよ行け!」
「は、はい!」
だからといって塚元が、しょうがない、など同意するはずがない。
仕方なく組員とチンピラはそれぞれ1人の死体の両手足を掴むと、今度は――
「おい!」
「はい!」
今度は何だ、と内心思いながらも顔に出さないように気をつけて塚元に振り返った。
「2人おるんやから、担いで行けばええやろ!」
「ええ……」
そのまま2人は、互いを見たまま固まっていると、短気な塚元がサブマシンガンをちらつかせてきた。
「お前らも仏になるん?」
返事をする前に組員とチンピラはせっせとそれぞれ死体を担いで建物を出て行った。
2人を見送ると塚元は沢又へ向き直した。
「ご苦労やったな、あの刑事の水死体見つけ次第、ギャラ振り込んでおくさかい」
「いくらだ?」
「いつも通りでええやろ?」
「おーい、いつもよりヤバイ橋を渡ったんだ。もっとくれてもいいじゃないですか?」
「……。しゃあないなぁ……」
塚元はそう呟くと愛想笑いを浮かべた。
「……そんじゃ、赤西の釈放よろしゅう」
「はい」
塚元に一礼してボートマリーナから出て行った。
しかし沢又を見送ると、さっきまで愛想笑いを浮かべていた塚元の表情が変わった。
「……もう、これっきりやな、ヒコちゃん……」