5話 ボートマリーナ
武たちがラーメン屋に入った赤西を張り込んでいる頃の白摩署管内にある病院。
受付のロビーでは、診察を待つ患者や、その付添人が静かに待っていた。
というのも、今日は別の意味で静かにせざるを得ない状況だ。
何故なら、そのロビーにはガラの悪い塚元組の組員たちが所々にいるのだから。
塚元組がこの病院に居る理由は、今朝殺された組員の司法解剖の為だ。
とはいえ、大人しくしていなければならない状況は組員たちも同じだ。
その理由は橘率いる県警の捜査一課、及び組織犯罪対策部の刑事たちが病院を張っているからだ。
ここでトラブルを起こせば逮捕は間違いない。それを避けるためにも、組員たちは静かに塚元が戻るのを待っていた。
〇
肝心の塚元は2人の組員と待合室に居た。
今の塚元は室内にもかかわらず、あまり似合っていない、白のテンガロンハットを深く被り、椅子に腰を掛けていた。
その待合室も刑事たちが離れた所から見張っている。塚元たちが妙な行動を起こさないか見張る為だ。
その中には白摩署の飛馬も居る。
しばらくすると、塚元が椅子から立ち上がり待合室を出て行った。
向かった先はトイレだ。
特に気にする行動ではない為、特に刑事たちは動かなかった。
すると、飛馬のスマフォが振るえた。
「ちょっとすみません」
飛馬が一緒に居た刑事に一言告げると、その場を離れた。
その間にトイレから塚元が出て来ると、何事もなかったかのように待合室に戻り、先ほど座っていた椅子に再び座った。
飛馬が向かったのは公衆電話のスペース。ここなら電話を使っても問題ない。
スマフォを取り出すとメールの内容を確認し、周りを時々見ながらメールの返信を行った。
〇
廃屋のボートマリーナ――
100メートルくらいの広さの川沿いにそれはあった。
かつては事務所として使われていた建物は2階建てで、広さはおよそテニスコートが4つは入る。
1階はボートの保管庫だったのだろう、もぬけの殻となっている広いスペースがあり、建物の中央には2階に直通する階段がある。
建物の壁は茶色く変色し、ところどころ亀裂が走り、大きな地震が来たら壊れてしまうのではないかと心配になるくらい劣化が進んでいるようだ。
建物の隣にはたくさんのヨットが置かれいたであろう広場が今でも残っているが、そこには1台の黒いワゴン車が止まっている。
余談だが、このボートマリーナが閉店した理由は……ボートマリーナから海までかなりの距離があるからだ。
その廃屋から離れた場所に、武の覆面車が止まっていた。
「本当にここか?」
「そ、そうだよ……」
後部座席に座る赤西が言った。逃げられないようにその手には手錠が掛けられ、車のドアの上のグリップに繋がれていた。
「まさか、こんなところで銃を捌いているとか……」
沢又も意外だったのか、ボートマリーナを見て愕然としていたみたいだ。
武はボートマリーナの建物の周りを見渡した。
確かに場違いなワゴン車が敷地内に止まっているので、誰かが居るのは間違いないだろう。
しかし、建物を見ると、外を警戒する人影などは見当たらない。
「嘘ついてないよな?」
武は赤西を、怪しい、と睨みつけながら訊いたが、赤西はブンブンと勢いよく首を縦に振るばかりだ。
「とりあえず、応援呼びましょうか?」
「ああ、それは自分がやる」
そう言って沢又は携帯電話を取り出した。
「沢又だ。応援を頼む、風吹町のボートマリーナ跡だ――いいから急いできてくれ! ――ったく」
沢又は呆れたようにため息をついて携帯電話を懐へ仕舞った。
「ところで、その取引って何時の予定?」
武が赤西に向けて訊いた。
「1時だ」
それを聞いて武と沢又が覆面車の時計を一斉に見た。
時刻は「13:00」と表示されている。取引の時間だ。
「時間じゃねぇか!」
「行こうか?」
「え、応援を待たないんですか?」
「間に合わない!」
確かにそうだが、相手の人数が把握できていない状態で踏み込むのは危険が大きすぎる。
しかし、犯罪現場を目の前にして、みすみす逃すわけにもいかない。
武は懐から拳銃を抜いて、弾薬を確認した。相手が武装している可能性があったため、拳銃の携帯許可が下りたのだ。
「行きましょう」
武と沢又は覆面車を降りると、建物を警戒しながら進んでいった。
建物の階段に到着した武と沢又。
それぞれ懐から拳銃を抜き、ゆっくりと階段を上がって行くと、やがてガラス張りになっているドアが見えるギリギリのところで足を止めた。
ドアを通して建物の中を覗き込んだが、人の気配は感じられない。
どうも変だ。
取引があるのに見張りが1人もいないのだ。あまりにも不用心すぎる。
確かにここは廃屋の為、外に見張りが居ると、万が一近所の人が目撃された場合、最悪通報される可能性はあるが、だからといって、入り口付近にも見張りが居ないのはどうだろうか?
武と沢又は階段を登ってドアに近づき、音を立てないようにゆっくり開ける。
かつては事務所として使われていたであろう2階の部屋は、壁や天井は変色しているが、外観と比べると綺麗な状態で残っている。
ひびが入ったガラス戸の先にはバルコニー、更にその向こうには川が見える。
すると、部屋の左奥に人影が見えた。相手は2人居るようだが、武装しているかどうかまでは分からない。
武と沢又は一度銃を懐に仕舞った。万が一相手が丸腰だった時に銃を向けてはこっちが罰せられる可能性があるからだ。
「……行きますよ?」
「……よし」
武と沢又が一斉に建物の中へ入った。
「警察だ、全員動くな!」
武は建物の中に居た2人に向けて警察手帳を見せた。
中に居た2人は両方ともガラの入ったシャツを着ており、何より目つきが悪い。如何にもチンピラ――という印象だ。
「…………」
本来であれば慌てふためくであろう、中に居た2人は、武たちに全く驚いていない。
それどころか、武の予想を斜め上に行く反応が返ってきた。
「待っていたぞ」
「え……?」
武は一瞬、チンピラの1人が何を言っているのか分からなかったが、武と沢又その意味に気づき、振り向くと拳銃を持った組員が立っていた。
更に武は2人組に目を向けると、いつの間にかその2人の手にも拳銃が握られていた。
(くそっ!)
武が周りを見回す。
能力のことが沢又に知られるのは少々心配だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
何とか銃を抜くタイミングを窺う。
「よー、小僧」
その声と共に、広間の一番奥のドアから現れたのは――
病院に居るはずの――塚元だ!
「塚元⁉」
「何や? お化けでも見たような顔しよって」
いやあり得ない。塚元は病院に居るはずだ――のはずだが……
「……マルボウが病院を見張ってるはずじゃなかったんですか?」
「のはずだが……」