2話 不愉快
白摩署の会議室――
夜になり塚元組の事務所を監視するチーム以外は引き上げられ、捜査は中断された。
マル暴の刑事がホワイトボードの前に立ち、捜査報告をしていた。
報告といっても、ほとんど進展はなかったのだが……。
「明日、改めて塚元組を捜査。解散」
木暮が指示を出し、刑事たちがそれぞれ会議室を出ていった。
「そっちはどうだったの? って、訊くまでもないかもしれないけど」
武が隣にいる松崎に訊いた。
「そっちと同じ、進展なし。明日塚元組の事務所を張り込む予定。そっちは?」
「こっちは塚元組に関係の人間や会社を調べる予定――」
ここで、武は言葉を詰まらせた。
レイなら何か情報があるかもしれないと感じたからだ。
しかし、捜査に加わるなと言われていたのに捜査に参加している状況、どの面下げて話が聞けるだろか。
「んっ! どうした武?」
「あ、いや何でもない。とにかく、明日沢又さんと一緒に――わぁっ‼」
武が驚いて声を上げた。
松崎の方へ向いたら、目に飛び込んできた顔が沢又だったからだ。
「すまん、そこまで驚くとは」
「絶対すまないって思っていないですよね?」
詫びを言う沢又だが、その顔は明らかにニヤついている。
武も沢又を見て、絶対にわざとだ、と沢又を冷たい目で見た。
その後も武と沢又が明日の予定について話し合いを始めた。
というより飲み屋で談笑する上司と部下のサラリーマンたちのような光景になっていた。
「それじゃ大下君、また明日」
そう言って沢又は会議室を出て行った。
〇
武と沢又――ついでに松崎――がやり取りしている中。その様子を見ていた飛馬が会議室を出て行った。
飛馬が向かったのは、会議室のすぐ近くにあるトイレ。
中の様子を注意深く窺う姿は、どうも怪しい。
誰も居ないことを確認すると個室へ入る。
そして、スマフォを取り出し、メールを打ち始めた。
すると、誰かがトイレの中へ入って来る気配を感じ取りスマフォを懐へ仕舞った。
どうやら誰かに見られると困るようだ。
しばらくすると、トイレの水が流れる音が聞こえ、人の気配も無くなった。
そのタイミングで飛馬のスマフォの受信音が鳴り、メールを開いた。
「了解です」の後にハートマークが付いた文面が表示され、それを見た飛馬は課員たちには決して見せたことが無いだろう、クスリ、と笑みを浮かべた。
〇
翌日の朝。塚元組の事務所近くの駐車場。
白いバンの中では、橘を含む県警捜査一課の刑事に混ざって、松崎も一緒に様子を窺っていた。
しばらくすると、階段から組員たちが大勢降りてきた。
その様子からどうやら塚元が事務所に現れるようだ。
しばらくすると、事務所の前で黒塗りのバンが止まった。
まず後部座席から降りてきたのは組員の赤西、続いて降りてきたのは塚元だ。
塚元は事務所へ昇る階段に足を向けた。
すると――
「んっ!」
松崎の目に、1台の白塗りのセダンが塚元のバンに近づいて来るのが見えた。
「橘さん、あれ!」
松崎は橘に声を掛けた。
すると、白塗りのセダンの後部座席の窓が開き、銃身が伸びると同時に発砲。銃声の乾いた音が響き渡った。
「クソッ!」
橘たちは慌てて車を降りて塚元が居るところへ向かった。
組員たちが「オヤジ大丈夫ですか⁉」などの声が上がっている。
橘たちが塚元へ近づいた。どうやら塚元に怪我は無いようだ。
銃弾を受けたのは組員の1人。頭部を撃たれている状況から見て即死だ。
〇
白摩署の会議室――
今朝の塚元組襲撃に関して緊急の報告会議が開かれた。
勿論、武もその会議に参加している。
ホワイトボード前に立ったのは橘だ。
「本日7時過ぎに塚元組の事務所を何者かが銃撃。組員1人が頭部に銃弾を受け死亡しました。現在ライフルマークの照合を急いています」
会議に参加した他の刑事たちも頭を抱えていた。
最初は上地の殺人事件のはずだったのに、いつの間にか塚元組の銃撃事件になっているからだ。
上地は口封じに殺されたのは間違いないだろうが、それならば今回の銃撃事件は何なのか?
武もその気持ちは同じだ。
すると、「ちょっとすみません」と飛馬が手を上げた。
橘は「どうぞ」と指し、飛馬は立ち上がった。
「もしかしたら、上地殺害自体が塚元組の仕業ではなく、暴力団の抗争によるものという線はないでしょうか?」
一見すると、筋は通っているようにも聞こえる。会議に参加している刑事たちの何人かもその意見に共感しているようだ。
しかし武は違った。
武は手を上げて立ち上がると、飛馬の方を向いて自分が抱いた疑問を話し始めた。
「それなら、何でオヤッさん――谷刑事を殺した銃が上地殺害に使われたんだ?」
そう、谷を殺した銃との因果関係だ。
谷は黒富士組と因果関係が証明されている。
ということは、犯人は黒富士組に関係する人間に違いないが、今回は黒富士組の人間が殺害されている。
そう考えていると答えは1つ。
茶番だ。
今朝の銃撃自体が茶番で上地殺害を暴力団の抗争のようにカモフラージュしたのではないかというのが武の推理だ。
それを聞いた他の刑事たち――特に橘が武の推理を興味深く聞いていた。
「そもそも塚元組が他の暴力団と抗争している噂自体が――」
無い、と武が言いかけた時、神代から意外な一言が告げられた。
「いや大下刑事。実は最近、陰ながら天王会の人間が黒富士組系の縄張りで確認されているんだ」
「……え?」
初耳なんですけど、と武が目を点にして固まった。
「実はそうなんだ大下君」
沢又が武に向いて答えた。
「実は3日前に黒富士組と揉め事を起こした天王会の組員を私たちが逮捕してね。もしかしたら抗争の線もあるかもしれないよ」
「そう……なんですね……失礼しました……」
予想外のことに武はガックリと肩を落とし席に座った。
すると武の隣に座る松崎が、その反対隣りに座る鹿沼に訊いた。
「トシさん。天王会って何ですか?」
「…………」
会議室内の全員が、シーン、と黙り込んでしまった。
「お前、天王会も知らないのか……天王会は黒富士組に並ぶ神奈川最大の暴力団だよ」
「黒富士組とは犬猿の仲って噂だよ。俺でも知ってるぞ隆太……」
武と鹿沼が遠い目で指摘されたことで松崎は恥ずかしそうに下を向いた。
そんな松崎のことで進行が遮られてしまったが、武は続けて自分が覚えた疑問を話し始めた。
「まぁ……天王会のことを踏まえてでもですよ? 谷刑事を撃った銃が上地殺害に使われたこということは黒富士組の仕業に――」
間違いない、と武が言おうとした時、飛馬が口を挟んだ。
「――殺し屋が同じだったんじゃないか?」
「え?」
思わぬ言葉に武は再び目を点にして固まった。
「恐らくフリーの殺し屋で、黒富士組と天王会が偶々同じ殺し屋を雇ったんじゃないか?」
「いやいや、無理あるだろう」
武は手を振って否定した。
「なぜだ?」
なんだかこいつ食って掛かるんだよな……
「考えてもみろよ。プロの殺し屋なら事件ごとに武器を変えるはずだ。わざわざ俺がこの事件の犯人だって自白するプロは居ないだろ?」
「じゃあ、黒富士組が捨てた銃を天王会が拾って使ったんじゃないか?」
「はぁ……?」
言ってることが無茶苦茶だ。
武は飛馬の言動に呆れた。
「とにかく、黒富士組の自作自演と天王会との抗争、両方の線から調べよう」
(ええ⁉ まさか飛馬の話、鵜呑みにするのか神代警視⁉)