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WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)  作者: 木村仁一
第1章 「魔女との出会い」
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5話 翌朝の白摩署

 白摩署はくましょ・刑事部屋――

 

 仮眠を済ませたタケルたにが自分たちの席に座っている。まだ寝足りない武は、時々大口を開けてあくびをしているが……。

 報告書の整理を全て請け負う、と谷に言われ、することが無い武は、今日の新聞を広げていた。

 

 刑事課長は、緊急会議で県警にっており、武と谷以外の刑事たちは交代で仮眠を取るか、加藤の事情聴取を行っていた。


「あれ、今日は何日だ?」


 谷が武に訊いた。武が新聞の上に書かれている日付を見ると「2月15日」と出ていた。


「15日です」

「ありがとう」


 谷が再びペンを走らせる。

 新聞に目を通す武だが、これといってニュースは無い。ほとんど他愛もない世界情勢や政治に関する記事ばかりだ。

 武は「つまらない」と言わんばかりのため息を吐き、次のページを捲った。


 〝新設ショッピングモール、テナント少なく必要性に疑問? 立ち退き住民に不満の声!〟


 と書かれた、見出しが目に留まった。

 記事によると、ショッピングモールを立てたオーナーが、自分の利益と名誉の為に、暴力団を使って強制的に住人を追い出して建設された疑いがあると書かれ、一緒にそのショッピングモールの写真が載っていた。


「明るいニュースは無いな……」

 

 武は再び深いため息をついた。最近のニュースを見ても悲惨な事件しか目にしない。せいぜい関心が持てるものといえば、スポーツ欄に出ている日本人選手の活躍といったニュースくらいだ。


「でもまぁ、大量の銃が外に出なくて本当に良かったですね、オヤッさん」

「ああ、昨日抑えられなかったら、今頃どうなっていたか……武もよくやってくれたよ。だいぶ刑事として様になったな」

「オヤッさんのお陰ですよ」


 武が刑事として着任してからまだ1年ほどだが、徐々にその成果が出ているのは谷にとって喜ばしいことだ。まるで息子の成長を喜ぶ父親のような気持だろう。


「だが、まだまだ青いぞ。あんな無茶しよって」

「だから、加藤を逮捕ぱくれたわけでしょ。他の奴だったら事故って逃げられていましたよ?」


 武は、ニヤッとした顔を谷に見せるが、谷の心内は笑えない。

 昨夜のカーチェイスもそうだが、武の無茶な行動だけが、未だに不安の種でしかないのも事実だ。

 刑事といっても、まだまだ若い武は、人を思うゆえに出過ぎた行動を取ることも珍しくはない。

 そうならない為にも、自分がしっかり武をサポートしようと、谷は思い直した。

 そんな2人しかいない刑事部屋のドアが突然開いた。


 入ってきたのは松崎まつざき  隆太リュウタだ。

 20代半ばで、白のジャケットに紺のワイシャツ。ショートの少しボサボサした髪型をしており、刑事というより少々チャラ男っぽく見える。

 武と同い年ということもあり、武とは親友に近い。


「おい、武!」


 松崎はそのまま武の隣へと足を運んだ。その様子は慌てているようだが、なぜか少し楽しそうにも見える。


「また現れたらしいぞ!」

「だから素直に、霊媒師れいばいしを呼べ、って言ってるだろう?」

「そうだよな。白い着物を着た女が、霊安室に――って、違げぇよ!」


 松崎は、わざと武の冗談に乗ってボケツッコミを入れる。

 仲が良いゆえに、普段から隙があれば漫才のようなボケをする武に対して、松崎も自然とツッコミの腕が上がり、今ではボケツッコミも瞬時に入れることができる。刑事よりも漫才師かタレントに向いているのでは、と思うほどだ。

 その松崎が本題の話に戻した。


「ホワイトウィッチだよ!」

「県警が追ってる、暴力団殺しの女?」

「そう、伊坂いさか署の先輩から聞いたんだけど、夜に県警を出し抜いて、何か変な置物を作っている暴力団の組員を殺害後――」

「――まんまと逃げられたんでしょ?」

「何で知ってんだよ武⁉」


 松崎は、イリュージョンを間近で見たように、飛び出るほど大きく目を開けて驚いた。

 夜中にホワイトウィッチが襲撃したところは、松崎の先輩が居る伊坂署の管轄で、偶に管轄内で起きた事件の話を、愚痴も含めて松崎に話すことがある。

 その入ったばかりの情報を、武が知っているのは何故か。

 もちろん武の耳には、夜のホワイトウィッチの事件について何も情報は入っていない。

 なら何故、武は県警がホワイトウィッチを取り逃がしたと知っていたのか。

 それは――


()()()取り逃がしてるから……」


 武の呆気ない答えに、松崎は目を点にして固まった。

 だが答えは簡単だ。未だにホワイトウィッチの身元は勿論、素顔すら分からない状態。そして毎回逃げられていることを考えれば、当てずっぽうで『逃げられた?』と言えれば大抵は当たるだろう。

 納得の答えに、松崎は自分に少々恥ずかしさを感じた。


「そう言うことね――でも魔女というより、まるでダークヒロインだぜ、銃以外に色んなガジェットが付いた車とかさぁ、カッコイイよな!」


 まるでヒーロー物に憧れる少年が熱く語るように目を輝かせて喋る松崎。

 だがホワイトウィッチは犯罪者、そいつに逃げられたことを考えれば、同僚の刑事として不謹慎極まりない発言である。

 それを聞いていた武は、さぞ呆れているかと思いきや……。


「俺と趣味が合いそうだな」


 武も特に気にかけてはいなかった。武も幼い頃から、映画でヒーローが使う道具や武器が大好きだ。

 とくにイギリスの世界的に有名なスパイが乗っているような、さまざまな装備を搭載した劇中車には、大人になった今でも憧れを持っている。

 そのせいか、そういう車に乗っているホワイトウィッチに、嫉妬のような思いを少しだが持っていた。

 それよりも武は、ホワイトウィッチに対して、どうしても腑に落ちない疑問がある。


「で、いつも思うけど、何でホワイトなんだ?」

「さぁ? 肌と髪が真っ白だからじゃねぇ?」

「そうじゃなくて、なんで髪と肌、真っ白に塗って殺しをやってんだ? ってこと。アルビノなのかもしれないけど」


 武の言う通り、暗殺者が目立つことは厳禁。ホワイトウィッチのように肌や髪を白くして暗殺を行うなど馬鹿な目立ちたがり屋だ。

 姿を真似する模倣犯が現れ、身に覚えのない罪まで背負うことになってしまっては洒落にならない。

 確かにホワイトウィッチは、暗殺方法に関しては華麗だ。

 だからこそ武の中では、目立つ姿で行動することが理解できなかった。


「武、俺じゃなくて本人に訊けよ。機会があればだけど」

「ハハハ! それこそ()()が要るよ!」


 武は軽く高笑いした。

 白摩署管内で、ホワイトウィッチが事件を起こしたことは無い。これから関わる可能性はあるが、本人と直接何かを話す機会が訪れるとは、今の武にはとても考えられなかった。


「っていうか、置物作ったくらいで殺された暴力団には同情するね」

「あれな……確かにちょっとかわいそう――」

「――あんな奴らに情けをかけるな‼」


 今まで静かに報告書を書いていた谷が、ものすごい剣幕で怒鳴った。

 武と松崎も、谷の突然の声に、思わず目を点にして互いの顔を合わせた。

 谷は捜査などで課員を叱ることはそれほど珍しくない。ベテラン刑事が後輩を指導することとなればなおさらだ。

 確かに刑事が犯罪者に「同情する」という言葉は相応しくないだろう。

 しかし、さっきの谷は、不適切な言葉に対する忠告というより、憎悪に満ちていたようにも見えた。

 武と松崎も、白摩署に来てからそれほど年月は立っていないが、こんな谷を見たのは初めてだ。


「……すみません、オヤッさん」

「えっ! あ、いや、すまん……」


 武の謝罪に谷は我に返り、咳払いをすると今度は冷静に話を進めた。


「まぁ、奴らが何を作っていたにせよ、ろくな物ではないだろうね。ホワイトウィッチが狙う黒富士組系の暴力団は、恐らく日本で最も悪名高い暴力団だからな。金さえ手に入れば国でも売るような奴らだ。奴らのせいで泣いた人は大勢居るらしい」


 谷も情報屋から黒富士組について色々聞いているのだろう。

 武と松崎も、黒富士組の悪行のことを知っていたからこそ、先ほど声を上げたと納得した。

 勿論、黒富士組系の暴力団は、県警の組織犯罪対策課・通称マルボウによって捜査は行われているが、未だ本家の黒富士組を検挙するまでには至っていない。


「そこまで来たら、()()()()にもなりそうですけどね。なんでそんな連中が野放なんだか?」

「まったくだ武……証拠がなければ動けない、あっても本家と関連がなければ何もできない我々が情けないよ……」


 谷のさり気ない言葉に、武と松崎は勿論、言った本人の谷も何かを感じ。

 そして――


「ハァー……」


 3人同時に下に俯くほどの深いため息をついた。

 警察とはいえ、規則が存在するからにはそれに従わなければならない。相手が悪党と分かっていても規則を破ればこっちが罰せられる。そんなことに少しだが、3人は不満を抱いた。


 すると、刑事部屋のドアが開いき、中年の男が中に入ってきた。


 彼は白摩署の刑事課長、宮元みやもと 念次ネンジ

 年は50代半ば、少し強面の顔立ちに、整ったショートの髪型と仕立ての良い紺のスーツが、よりエリート感を出し、黒縁の眼鏡の下のきりっとした目つき、少し「へ」の字の尖ったような口が、より真面目……というより頑固そうな印象を強めている。


 宮元は、刑事部屋の一番奥にある自分の席に向かうと、椅子に深く座った。表情からしてやや疲れている様子だ。


「課長。県警の方はどうでしたか?」

「どうもこうもないよ、谷。七河ななかわ産業所から盗まれた薬品の結晶について色々手配されたよ。使い方ひとつで()()()()()()にもなるそうだ。元々はレーザーのレンズに使うものだったらしいが」

「毒ガスですか⁉」

「ああ、盗まれた物は加工前で、無色透明の球体らしい。一応みんなが揃った時にちゃんと説明する。そうだ谷、大下、ちょっといいか?」

「はい!」


 武と谷は席を立つと、宮元の前に立った。


「1時間後に県警のマル暴が加藤を引き取りに来る」

「えぇ⁈」

「待ってください課長。まだ我々の事情聴取が……」

「谷、これは命令だ!」


 武と谷は納得いかない表情を浮かべると同時に、「また始まった」と心で呟いた。

 確かに加藤は県警も捜査をしている黒富士組系暴力団の人間だ。協力することには何の不満もない。

 だが、県警の言いなりになる宮元の態度は、どうしても気に食わなかった。


 宮元は元々、神奈川県警・捜査一課の刑事で、現役時代は様々な事件に手腕を発揮したエリートだった。本来なら県警の捜査主任の地位にいてもおかしくはない人物だ。

 その人物が白摩署の刑事課長になったのは、何らかのトラブルで左遷され、県警の言いなりになっているのは、「県警に復帰という私欲の狙いがあるのでは」と、陰ながら噂されている。

 真相は不明だが、もしそれが本当なら部下としては面白くはない。


 実際、刑事ドラマのように、県警と所轄が捜査で衝突したり、県警が手柄を横取りしたりすることはほとんど無いが、それでも逮捕した容疑者が命令一つで持っていかれることで、管内の事件が後回しになってしまうのも事実だ。

 そのことに誰が納得できるだろうか。

 そんな2人の気持ちも知らずに、宮元は話を進めた。


「それと谷、昨日の工場のネタについてマル暴が色々訊きたいことがあるそうだが、一体どこで仕入れた?」

「……()()()()があったんです。ここ最近、怪しい男が工場を出入りしていると」

「……?」

「そうか。マル暴に詳しく説明してくれ」

「分かりました」


 宮元は谷の説明に納得したようすだが、武には疑問が湧いた。谷からは、情報屋から、と聞いていたからだ。

 何故、宮元の前で嘘をついたのか?


「武、加藤の取り調べ急ぐぞ!」

「は、はい!」


 武に考える暇もなく、慌てる谷を追って刑事部屋を後にした。

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