9話 内通者
ビルが密集する白摩区の街中の一角に佇む白い2階建てのビル――
かつて黒富士組系・前尾組の本部だったこの建物の窓には、かつて「前尾商会」と出ていたが、今は「塚元興業」に変わっていた。
ここは今、塚元組の事務所になっている。
2階の奥の部屋、かつて前尾が使っていた黒レザーのロッキングチェアに座るのは塚元だ。
その手にはなぜか釣り竿が握られており、釣りをするように竿を上下に揺らしていた。
すると机の上に置いてあったスマフォの通知音が鳴った。
塚元はスマフォを手にとって内容を確認。
メールの内容は『特性の餌は最高ですね。お陰で大物が釣れました。今日お礼に伺います』と出ていた。
「ほう、予定通りやなぁ」
塚元は立ち上がると、部屋を出て事務所の方へ。
事務所では組員が数人居た。
とはいえ、やることが無いので殆ど椅子に座ってくつろいでいた。
「おい、お前ら!」
「はい!」
塚元の一声に赤西を含む組員たちが全員立ち上がった。
「これから警察があいさつに来る、歓迎の準備や」
「はい!」
塚元が受け取ったあのメールは、一見するとただの釣り仲間からのお礼のメールのようにも見えるが、実は警察のガサ入れが入るという暗号だった。
そう、警察の中に塚元の内通者が居るのだ。
組員が一斉に慌ただしく動き始めた。警察に見つかると困る物を隠すため――ではなく、ホウキやちり取り、ハタキを引っ張り出して掃除を始めた……。
元々事務所には警察に捕まるような危ない物は無いので、予定にない警察のガサ入れがあったとしても全く問題ない。
塚元は組員の仕事ぶりを見て頷き社長室へ戻った。
それを見た組員の1人が、赤西に声を掛けた。
「何で掃除してるんすか俺たち?」
「組長が、『警察に汚い事務所やな、なぁんて言われたら頭にくるやろ?』って」
納得するように頷いたが、その直後に思ったことがある。
「でも警察がガサ入れに来たら、どの道また片付けしないといけないんじゃないっすか?」
「そうなんだけどな、組長は偶に――」
――理解できないことを命令する、と言いかけたその時。
社長室のドアが開き、塚元が顔を出した。
「手やのうて口動かしとる奴は何処や?」
赤西と組員は慌てて掃除を再開した。
それを見た塚元は再び部屋の中へ。
赤西と組員はホッと胸を撫で下ろした。
塚元は席に着くとノートパソコンを起動。
通信を開始すると、画面に黒富士が現れた。
『時間通りだな』
「ええ、作戦通りにこれから警察のガサ入れが始まりますぅ。あとはあの刑事を誘き出して、始末するだけですわ」
『抜かりないんだな?』
「任しといてください」
『そう願いたいな』
そう言って画面から黒富士が消え、代わりに「通信終了」の表示が出た。
すると塚元は、「おっと」と何かを思い出し、スマフォを取り出した。
〇
トイレの個室に1人の男が居た。その手にはスマフォが握られている。
しばらくするとスマフォが振るえた。メールが届いたようだ。
男がメールを開くと、「了解です」の語尾にハートマークが付いていた。
それを見て男は口元に薄っすら笑みを浮かべ、トイレの個室を出た。
男が向かったのは……刑事部屋。
ここは白摩署の中だ。
「おう飛馬君、どこに行っていたんだ?」
男の正体は飛馬だ。
「すみません鹿沼さん、ちょっとトイレに」
「そうか」
「ところであいつは?」
「あいつ?」
「大下のことですよ」
飛馬は武が居ないこと気づき鹿沼に訊いた。
「大下なら銃を取りに行ったよ」
それを聞いた飛馬が眉を歪めた。
「大丈夫なんですか、あんな奴に銃を持たせて?」
「ああ見えても大下は銃の腕は凄いらしいからな」
「そうじゃないですよ。あんな男に銃を持たせて犯人が全員死んだりしませんか?」
「いくら大下でもそんなことはしない」
「そうですか?」
そう言って飛馬は自分の席に座った。
鹿沼は飛馬に対して妙に引っかかった。
何故ここまで武を気にするのか。
確かに武は色々面倒を起こしたのは事実だが、それと飛馬に何の関係があるのか。
鹿沼が考えていると、松崎が鹿沼の袖を軽く引っ張った。
「何だ隆太?」
「ちょっといいですか?」
そう言って松崎は部屋の端へ鹿沼を連れて行った。
「……あいつ何なんですか、さっきから武のことを目の敵みたいな態度を取って?」
松崎は小声で鹿沼に訊いた。
どうやら松崎も飛馬の態度に違和感を覚えたらしい。
「……私にも分からないよ。何か因縁があるのか?」
「それなら武も何か反応するはずですよ?」
「……」
鹿沼は腕を組んで考えた。