8話 警告
レイが隠れ家に帰る頃。
白摩署の会議室では上地殺害の捜査会議が開かれていた。
ホワイトボードの横に立つ木暮と神代、その2人と向き合うように武を含む白摩署の刑事たち、そして県警の刑事たちが席に座っていた。
ホワイトボードには塚元組に関する人物と上地の写真が貼られている。
木暮がホワイトボードの前に立つと、刑事たちに向けて言った。
「恐らく塚元組が消したと考えるのが妥当だろうが、まだ断定するには証拠が無さすぎる。班に分かれて塚元組の事務所と上地の身辺調査にあたってくれ。それと塚元組の事務所に行く者の何人かは拳銃を所持すること、よろしく」
次々刑事たちが一斉に立ち上がると次々会議室を出ていった。
武も席を立ったその時、沢又が声を掛けてきた。
「大下君、キミはどっちに行く? 塚元組の事務所かい?」
「できれば事務所の方がいいんですけど?」
「そうか、なら拳銃を持っておいた方がいい」
「分かりました沢又さん」
「よし。私は一度、銃を取りに県警に戻るから」
「了解です」
そう言って沢又は武から去って行った。
(これで犯人に近づける)
いよいよ谷の仇に近づける。武の期待がどんどん膨らんでいった。
すると、武の携帯が一瞬振動し止まった。どうやらメールのようだ。
武が携帯を確認すると、画面には『レイ』の表示が。
武は少し慌てて会議室から出た。
「おい大下、何処に行くんだ?」
鹿沼に声を掛けられる。
「トシさん、ちょっとトイレに行ってきます」
〇
白摩署の屋上――
武は周りに誰もいないことを確認すると、携帯を取り出しメールを開いた。
メールには「電話待っています」と一言だけの文面があった。
武はレイの番号を呼び出した。
「もしもし」
『急に悪いわね』
「どうした?」
『実は確認したいことがあって。昨日、塚元組を調べてることは伝えたでしょ。その内通者が取引場所に来なかったの。だからもし、大下刑事の管轄で何かトラブルが起こっていないかと思って』
武は、あー、と頭を抱えた。
「もしかして、その内通者、上地っていわないか?」
『そうよ! ……まさか!』
「そう、彼なら殺されたよ……」
『あぁ、やっぱり……最悪』
「まさか、お前とも取引していたとはなぁ……」
『どういうこと?』
武は一度辺りを見回して再び誰もいないことを確認した。
「そいつ県警にも情報を売って儲けていたみたいだぞ。消された理由もそこにあるんじゃないかって、県警は睨んでる」
『ややこしいことになってるわね――……もしかして私のことも県警に⁉』
「いや、その様子はないよ。随分根性のある……というか曲がっている奴を雇ったんだな。どうやって接触した?」
『簡単よ。片っ端から組員あさってお金に汚そうなやつを見つけたの』
「何だよそれ……」
意外とシンプルなやり方に武は呆れて遠くを見るように目を細めた。
「とにかく俺はこれから塚元組の事務所に行くことになっているから」
『えっ、ちょっと待って あなたは黒富士組関係の捜査から外されたんじゃ?』
「県警からも許しが出た。それと上地を殺した銃がオヤッさんを撃った銃と同じだった」
『本当なの?』
「鑑識も確認したから、間違いないよ」
武は腕時計で時間を確認する。 そろそろ戻らないと怪しまれる頃だ。
「いけねぇ。そろそろ切るぞ」
武が電話を切ろうとした時だ。
『待って! ひょっとしたら罠かもしれないわよ』
「罠⁉ どういうこと?」
『考えてみて。上地を殺すのに谷さんを殺した銃が使われたっていうことは、あなたが狙いなのかもしれないわよ?』
「俺が狙い⁉」
『谷さんが殺されたわけだから、次に邪魔になるのはアンタでしょ? 今回は諦めた方がいいわよ? 少なくとも敵の狙いがハッキリするまでは』
「やっと犯人に近づけるかもしれないんだぞ!」
『あなたが死んだら誰が谷さんの仇を取るのよ? 狙いがハッキリするまでむやみに動かないで、いいわね⁉』
一方的に電話を切られた。
やっとの思いで谷を殺した犯人に近づけるかもしれない貴重な機会なのに、それを見す見す逃すのは悔しい。
でもレイの言うことも一理ある。
どうすればいい……。
〇
武は答えが出ないまま、いつの間にか刑事部屋に戻っていた。
県警の刑事たちを待つ間待機するためだ。
武は少しうつむいたまま、トボトボと自分の席に戻った。
それを見ていた鹿沼と松崎が武に声を掛ける。
「どうした武? 気分でも悪いのか?」
武はうつむいたまま何も言わない。松崎の声が全く耳に入っていないのだ。
――あなたが死んだら誰が谷さんの仇を取るのよ?
レイが言っていたことが胸に突き刺さる。
(どうすればいいんだ⁉)
悩んでいて周りが見えていない武に鹿沼が武の肩を軽く叩いた。
それにより、ようやく武は鹿沼に振り向いた。
「大丈夫か?」
「……ええ」
「大下、具合が悪いなら休んでいてもいいぞ。捜査は我々でやるから?」
「……」
武は黙り込んでしまった。
今回の事件が自分を狙う罠かもしれない、などと相談するわけにはいかない。
本当にどうすればいいのか分からない。
そんなことを考えていると、撃たれる谷の姿のフラッシュバックが頭を過った。
やはり自分で仇を取りたい。
武は拳を強く握り、鹿沼に向き合った。
「いいえ、行きます」
〇
武は銃の保管室に足を運んでいた。
やはり捜査には参加したい。
武は自分の番号と氏名を告げて拳銃を受け取った。
加藤の武器工場以来、久々に手にする拳銃。不謹慎だが、いつもはこれを手にすると少しだけワクワクしたものだ。
でも今は違う。
少しだけ闘志のようなものが武の中で燃えていた。
武は拳銃の弾倉を抜き、弾薬を入れると、それが入った弾倉を銃に戻した。銃に気持ちを込めるように。