7話 取引場所
とあるショッピングモールの駐車場に1台の車が止まった。
車は黒のクライスラー。
運転席から降りてきたのは、金髪ロングヘアーの白人女性。
ホワイトウィッチこと、レイだ。
本来このクライスラーは白だったが、武の報告で手配させてしまったため、色を黒に塗り替えていた。
レイの服装はスタンドカラーコート、その下からは足首が見えないほどの白いロングスカート、腕を覆うほどの白いイブニング・グローブのような手袋と、天海競馬場の時と同じだが、コートの色は薄い茶色になっている。
レイは白いつば広帽を被り、ライトブルーのレンズのサングラスを掛けると、周りを警戒した。
いくら車の色を塗り替えたからといっても完璧に警察を欺けるわけではないからだ。
尾行がないことを確認するとレイはモールの中へ入って行った。
目的地はモール3階にある映画館。
レイはネットで予約した映画のチケットを発行して劇場の中へ入った。
劇場に居るのはレイを含めても4人ほど、平日の午前中ならそのくらいだろう。
レイが座ったのはスクリーンから離れた一番奥の角。
その席を選んだのには理由がある。
あまり人目に付かないことと、万が一のための非常口が近いことだ。
上映時間10分前なり、スクリーンには最新映画の予告映像や映画館のサービスに関するCMが流れている。
「どうしたの……?」
思わずレイは愚痴をこぼした。
何故ならこの映画館こそ、今回買収した塚元組の組員から情報を貰う場所なのだから。
だが肝心の相手が来ない。
もしかしたら渋滞か何かで到着が遅れているのだろうか?
そう考えているうちに映画の上映が始まった。
映画の内容は――
昏睡から目覚める為に兄が書いたライトノベルが原作のアニメの世界で、本来悲劇の末路を辿るヒロインを主人公の青年が暴漢から守る。
というストーリー。
ちなみにアクション映画だ。
しかし、レイにとって映画の内容はどうでもよかった。
上映がスタートしてからも相手がまだ現れない。
レイは思わず周りを見渡した。
しかし、目的の人物はやはり居ない。
そして取引相手が現れないまま、映画は終わった。
〇
レイの隠れ家――
レイの執事・野々原がキッチン近くにあるママコーナーで昼食を食べ終え、片付けをしていた。
すると聞こえてきたのは、ピンポーン、という玄関のベルのような音。
だがこれは玄関ベルではなく、野々原の持っている小型タブレットからの音だ。
隠れ家に続く道に仕掛けられているセンサーが車や人に反応して警告音が鳴るようになっている。
野々原はタブレットを取り出すと、画面をタッチして隠し車庫の前に仕掛けてある監視カメラの映像を確認。
隠し車庫の前を通過したのは黒いセダン。どうやらレイが戻って来たようだ。
野々原は玄関の方で待機した。
ガレージに入ったクライスラーのエンジンが止まり、ドアの開け閉めする音の後に、ガレージと繋がる玄関のドアが開いた。
「お帰りなさい、お嬢様」
「ただいま……」
レイが苛立ち気味に野々原に答える。
「どうなさいましたお嬢様?」
レイは、フー、とため息をつくと野々原に向いた。
「あいつは現れなかった……」
「すっぽかされた、ということですか?」
レイは何も言わずに頷いた。
しかし、レイにとって一番苛立っているのは、すっぽかされたことより、その原因だ。
寝坊してバスや電車に乗り遅れた、などでも十分苛立つが、そんな理由では絶対にないだろう。
レイは最悪な事態を予想した。
「まだ断言できないけど、先手を打たれたかもしれない」
「殺されたかもしれない、ということでしょうか?」
レイはゆっくり頷いた。
でも確かめる方法が無いのだ。
その時、野々原がある提案をした。
「お嬢様、彼なら何か分かるかもしれません」
野々原の言う彼とは、新たな警察の内通者、そう武だ。
万が一取引相手が消されていたのなら、もしかしたら武が何か情報を握っているかもしれない。
だがそれでもレイの不安はぬぐえない。武はあくまで所轄の刑事、仮に相手が殺されていても管轄が違ければ当然武は何も知らないからだ。
「何か分かればいいけど……」
レイはスマフォを手に取る。
電話で聞こうか迷ったが、仕事中なのは間違いないだろう。
レイはショートメールで連絡をよこすように文面を送った。