6話 因縁の銃
白摩署の駐車場に車が数台止まった。
全て県警の車両だ。
刑事部屋――
「1つ引っかかるんですが……」
口を開いたのは飛馬だ。
「例の殺人鬼なら集団になっているところを狙うはずです。少なくとも今まではそうだった気がするんですけど?」
「確かに……彼女が襲撃する時は、黒富士組にとって損失が大きくなる現場での犯行が殆どだ……」
武も飛馬の考えに賛同した。
武の知る限りでも、黒富士組にとって大きな損害が出るところを狙っていたからだ。
「まさかお前と意見が合うとはな……」
飛馬はまた無表情のまま冷たく言った。
「なんだ、不満か?」
「ああ……」
「このぉ……」
今すぐに噛みついてやろうか、と般若にでも変身するような表情で武は飛馬を睨みつけた。
すると、松崎が顎に手を添えて気になることを述べる。
「ひょっとしたら上地は、塚元組にとって重要な人材だったとか?」
「その可能性は低いと思うぞ隆太。調べた限りでは、上地はただの組員みたいだ」
松崎の考えを鹿沼は否定する。
しかし武の考えは違った。
「ちょっと待ってくださいトシさん。県警が合同捜査を持ちかけるくらいですよ、重要人物名のは間違いないと思います」
「それもそうか……」
武を含む課員全員が考え込んだ。
すると、部屋のドアがノックされた。
「はい」
宮元が返事をすると、ドアが開かれた。
入って来たのはホワイトウィッチの似顔絵作成の時にも居た捜査一課の橘刑事を含む県警の刑事数人だ。
宮元はすぐさま近づいた。
「これは神代さん、木暮さん」
「やぁ、宮元君」
木暮が宮元に軽く手を上げる。
神奈川県警・刑事部・捜査一課の課長・木暮 宗太郎。
年齢は50代前半、少し色黒の肌に、グレーのスーツに白いトレンチコートが似合う長身。
刑事というより昭和のスターのような印象を受ける人物だ。
もう1人は、組織犯罪対策課《マル暴》・第二係二班の班長・神代 英明。
こちらも年齢は50代前半。
白髪の頭に少し垂れているが、意志の強そうな目をしており、睨まれたら誰でも歯向かえなくなりそうだ。
木暮に比べればファッションも紺色のスーツに黄土色のコートと少し地味だが、それでもベテラン刑事という印象そのものだ。
「紹介しよう捜査一課の木暮警視と組織犯罪対策課《マル暴》二班の神代警視だ」
「すまないね。急に押しかけてしまって」
木暮は警視という肩書を感じさせない満面の笑顔とフレンドリーな態度で武たちに話しかけた。
「早速ですみませんが、合同捜査を持ちかけるくらいですから、上地は相当重要な人間だったってことですよね?」
武が話すと神代がそれに答える。
「そうだ。実を言うと上地は、我々に情報を提供してくれていたんだ」
「情報屋ですか?」
「値段は高いが、信頼はできる。このままいけば本家の黒富士組も叩けたかもしれなかったが……」
「それに気づいて上地は消された……?」
「ああ……それも深刻なんだが、どうも最近我々の情報が暴力団に流れているようなんだ。調査はしているが、まだ……」
神代を含む県警の刑事全員が即座に暗い顔に変わる。
その様子を見ていた武はあることを思った。それは、上地とレイとの繋がりだ。
情報屋なら県警でも暗殺者でも情報を売るだろうが、上地は組員、県警にならともかく暗殺者にも情報を売る組員というのは相当強欲――むしろ相当根性が座った奴だ。
もしかしたらレイとは関係ないのでは、と考えるようになった。
するとノックされた後にドア開いた。
「失礼します!」
慌てた様子で入って来たのは鑑識官。
県警の刑事たちの間を通って鑑識官は資料を宮元に渡した。
「すみません。大変なことが分かったんです! 上地の殺害に使われた弾を調べたところ、谷刑事を撃った銃と同一です!」
それを聞いた武も思わずハッ、と目を見開いた。
「同じホシですか?」
宮元の質問に鑑識官が答える。
「恐らく……。今回はフルメタルジャケットでしたが、ライフルマークが一致しています。可能性は高いと思います」
「じゃあ、この事件を洗えば、オヤッさんを殺した犯人に……」
谷を撃った犯人が……。
そう思い、武の中で微かな希望の光が見えた。
しかし、その希望を打ち砕くような一言が投げかけられる。
「大下! お前はこの事件から外されているんだ。忘れたのか⁉」
「覚えていますよ……」
そう、宮元だ。
武は内心舌打ちをし、不満そうにそっぽを向いた。
「どういうことですか?」
神代の後ろに居た1人の刑事が声を掛けた。
彼は神代の部下、沢又 宏彦。
年齢は40代後半、色黒の肌に顎鬚を少し伸ばし、少し頭は上げ上がっていて、
服装は卯の花色のスーツに赤シャツと、刑事というよりも暴力団の印象がある男だ。
「彼は殺された谷刑事の相棒なんです。感情に流されて単独捜査に走ったりして、色々問題を起こしまして……」
その後も宮元が武の不祥事を次々説明。
それを聞いていた武もだんだん気まずくなり、堪らず指で頬をかきながらあさっての方へ視線を向ける。
ないことを言われているならともかく、全て事実なので何も言い返せないからだ。
すると、武をフォローする声が上がった。
「まぁ、そのお陰でホワイトウィッチの似顔絵が入手できましたけどね。その辺は評価してもいい気がするんですけど……」
「松崎!」
「すみません……。――でも本当のことですよね課長?」
「まぁ、そうだが……」
宮元は答えに困る。
確かに武が単独で動いたからこそホワイトウィッチの似顔絵を手に入れることが出来たのは間違いない。
しかし刑事の規則を破っての単独行動はとても認められるものではないのも事実だ。
「もしかして、例の魔女の素顔を見たって噂の刑事?」
沢又が武を親指で指しながら宮元に訊いた。
「はい、そうです。彼が今のところホワイトウィッチの素顔を見た唯一の人間です」
「そうですか……」
沢又が一瞬何かを考え込むと、神代へ向いた。
「警視。彼も捜査に参加させてはいただけないでしょうか?」
「えぇ⁉」
武と宮元が揃って声を上げた。
「私は構わないが……」
「ですが彼は……」
「今は一人でも使える人材が欲しいので」
武の不祥事を知る宮元は、武が捜査に加わることに抵抗があった。
だが宮本の県警服従症から断ることもできないのも事実。
「責任は私がとりますから、彼を捜査に参加させてください。ホワイトウィッチにも近づけたんです。これほど優秀な刑事をほっておくのはちょっと勿体ないのでは?」
「えぇ……そこまでおっしゃるであれば……」
宮元は沢又に押されて何も言い返せなくなった。
「そういうことだから大下君、よろしくな」
武は「ありがとうございます!」と沢又に一礼した。
そして武は思った。
(課長が県警に逆らえなくて良かった)
恐らく刑事になってからこれほど県警に――いや宮元の県警服従症に感謝したことはない。
武は内心涙を流して喜び、更にその周りでは天使がラッパを吹いて祝福している……ような妄想をしていた。
ただ1人、この光景を理解できない人間が居た。
「うちの課長は何時もこうなんですか?」
飛馬だ。
飛馬は鹿沼にさり気なく訊いた。
すると、鹿沼だけでなくそれが耳に入った課員たちが首を縦に振った。
さすがにそれを見た飛馬も無表情とはいかず、目を細めて呆れていた。