5話 9mm弾
電話が鳴り、宮元が受話器を取った。
「はい、白摩署刑事課……なに殺し⁉ 場所は⁉」
武を含む刑事課のメンバーが一斉に宮元を見た。
宮元は現場の住所をメモする取受話器を置いた。
「白銀川通りの喫茶店で殺しだ!」
○
喫茶店付近。
既に喫茶店の周りは封鎖されていた。
武と鹿沼がイエローテープを潜って喫茶店の出入口の前でしゃがみこんだ。
既に鑑識によって死体は回収されている為、発見時の死体の状態を白いチョークで縁取りしたもの――チョーク・アウトラインと呼ばれる――が残されていた。
頭部からの出血が非常に多く、頭に損傷を受けたことが分かる。
「頭に一発って感じかな?」
「ええ、正確には眉間に弾を受けていました」
武の質問に鑑識官が答える。
「この様子だと、即死だろうな、可愛そうに」
鹿沼も状況を見て被害者に同情した。
武は頭部の状況を確認しある考えに至った。
「この出血の量からして、弾は貫通したんじゃないかな?」
「その通りです。幸いにも弾は見つかりました」
鑑識官から見せられたのは9ミリの拳銃弾の弾頭、被甲は銅で覆われたフルメタルジャケットタイプ。
弾頭の形状はラウンドノーズと呼ばれる卵の頭のような形をしている弾だ。
フルメタルジャケットの弾は、人体に当たっても損傷が少ないため、弾頭の形をほぼそのまま留めていた。
「貫通したということは、マグナムってやつか?」
「どうですかね……9ミリのフルメタルジャケットですし、至近距離であれば普通の拳銃も貫通しますよトシさん。――で、目撃者は?」
武は近くに居た警官に向けて訊いた。
「店員の話ですと害者が支払いを終えて、店を出た直後に射殺されたようです」
「他には?」
「銃声の後、現場から急いで走り去った車を目撃した人が何人かいました。あそこです」
警官はセダンが止まっていたパーキングのスペースを指さした。
そこは武の予想と反してかなり離れている。
距離的にパーキングから道路を挟んで被害者の所までおよそ十数メートル。拳銃による狙撃でも決して届かない距離ではないが、正確さの問題や頭部を貫通する程の威力のことを踏まえると普通の拳銃では難しいだろう。
「本当にあそこから……?」
「はい。発砲直後に走り去る白いセダンを目撃されています」
「……トシさん前言撤回、ただの拳銃じゃないかも」
そう言って鹿沼に向けて、ゴメン、と両手を合わせた。
「犯人の顔を見た人は?」
「残念ながら……」
鹿沼の質問に警官は答えた。
「おいおい、あんな目立つ場所に止まっていて誰も見てないのか?」
セダンが止まった場所を指さしながら武が言った。
「車の窓ガラスがフィルムか何かで中は見えないようになっていたようで」
「ナンバーとか車種は?」
「白のセダンくらいしか覚えてないそうです……」
武は、まいったな、と頭を掻いた。
「ちょっとみんな来てくれ!」
鹿沼が声を掛けると、課員のみんなが集まる。
「周辺で他に目撃者がいないか聞き込んでみよう。飛馬は大下と組め」
「どうしてこんな刑事の面汚しと行かなきゃいけないんですか?」
「なに⁉」
不服そうに抗議する飛馬に、武は食って掛かろうとした。
今にも喧嘩が始まりそうだ。
「よさないか、今は聞き込みが先だ」
鹿沼の一声で武と飛馬はひとまず収まった。
〇
現場の周辺で無表情の飛馬の隣で憂鬱そうな表情でトボトボ歩く武が居た。
(なんでよりにもよってこいつと組まなきゃならんのか……)
不満を募らせるが、同時にこの沈黙もまた耐え難い何かがあった。
武は気になったあることを飛馬に訊いた。
「ところで、県警から来たって聞いたけど、なんでまた白摩署に?」
しかし飛馬は何も答えない。
「県警のどこに?」
「……」
「もしかして白摩署管内で何か気になる事件でも?」
「……」
「何かしゃべれゴラー‼」
最初の自己紹介を無視されたことにも加え、あまりにも何も言わない飛馬に、武は鬼のような形相で怒鳴りつけた。
それに対して飛馬は無表情のまま耳を塞いでいた。
(こいつもう……)
「ん?」
ふと妙な静けさに武は辺りを見回した。
周囲の人が武を、感じ悪い人、というような目でザワついているのだ。
「あ、すみません大声出しちゃって……」
武はそう言ってペコペコ頭を下げた。
すると、さっきまで無口だった飛馬が口を開けた。
「無駄口を叩かないだけだ」
そう一言告げると飛馬は何もともなかったかのように歩き出した。
武は白けた表情を浮かべ再び歩き出した。
(やっぱ仲良くできるきがしねぇ……)
〇
白摩署の刑事部屋――
鹿沼以外の課員が席に座る宮元の前に立っている。
「手掛かりは無いか……」
「えぇ、ホシを見た人はいませんでした。ただ周囲の防犯カメラから車種とナンバーは特定できましたが、盗難車でした」
武は宮元に報告した。
ドアが開き鹿沼が資料を持って部屋に入る。
「課長。害者の身元が判明ました。塚元組の組員で上地 淳平と言う男です」
「塚元組? 黒富士組系か⁉」
(え、塚元組?)
その名前を聞いた武は眉を寄せた。
昨日レイが情報を集めている組の名前だったからだ。
そして武が思ったことは、彼がレイの内通者で、それで殺されたのではと。
「そうです」
「まさか、ホワイトウィッチの仕業か?」
「ということになるでしょうか?」
宮元と鹿沼のやり取りに、武は難しい顔をする。
むしろ内通者を殺されたという可能性を疑ったからだ。
だが同時に、相手は暗殺者、約束は当てにならない可能性もある、と抜け駆けされた可能性も考慮した。
本当は誰かに相談したいが、当然そんなことは出来ない。
「とにかく県警に報告しないと」
そう言って宮元は受話器を取った。
相手は県警の組織犯罪対策課・マル暴だ。
「白摩署の宮元です。実はうちの管内で殺しがありまして、その相手が黒富士組系塚元組の組員なんです……はい……」
宮元は現在判明いることを報告。
すると、宮元の電話の相手が変わった。
「神代さん!」
声を上げる宮元に課員たちが目を向けた。
「はい、間違いありません…………そうですか……捜査一課も一緒に! 分かりました」
宮元は受話器を置いた。
「みんな聞いてくれ。これから捜査一課と組織犯罪対策課《マル暴》の二班が来る。上地の事で合同捜査をしたいと言って来た」
「合同捜査⁉」
飛馬以外の課員全員が叫んだ。