3話 塚元組
翌日の黒富士組本部――
かなりご立腹な表情の黒富士は自分の席に深く座り、席の向こう側に立つ四人の男たちを睨みつけていた。
いずれも黒富士系の暴力団の幹部クラスの人間だ。
「一体何時になったらあの女の息の根を止められるんだ⁉ 女だけじゃない。変な男まで現れて、我々の利益が下がる一方だ‼」
黒富士は画面の男たちに怒鳴った。
「総長、この際ですから、警察に協力をしては?」
幹部の1人が恐る恐る黒富士に提案した。
「バカかてめぇは⁉」
黒富士が幹部に近づき、頭部を蹴った。
蹴られた幹部は自分の頭を抑え、転げ回っている。
「あの女が警察に捕まったら、俺たちがやってきたことが明るみに出るかもしれねぇだろ、バカが‼」
幹部へ憤怒をぶつけるが黒富士の機嫌は直らない。
黒富士は再び自分の席に座ると、襖が開いた。
入って来たのは佐久間だ。
「総長、よろしいでしょうか?」
「なんだ⁉」
「実はですね……」
佐久間は黒富士に近づき、黒富士耳元でこそこそ話す。
それを聞いた黒富士のタダでも不機嫌な表情が更に歪んだ。
「次から次へと……構わん奴らにやらせよう……」
黒富士は気が進まない様子だ。
その処理を頼むことには何の抵抗もない。仕事はちゃんとこなせるからだ。問題は奴の性格が問題なのだ。
とはいえ、これ以上の面倒ごとが増えることを感じると致し方ない、と渋々考えを改めた。
「そいつの写真は⁉」
「既に」
〇
とある埋立地――
サッカースタジアムが丸ごと入るくらいの広さを誇り、大きな埠頭があり、たくさんの倉庫が並ぶこの場所の一番端の海に接した丸い屋根の大きな建物があった。
倉庫の1つにも見えるが、建物の真ん中にある両開きの大きな扉の上には「(株)シー・シャーク」と書かれた――ネーミングセンスが微妙な――看板が掲げられていた。
入り口を潜ると手前は何も置かれていない広い空間があり、床は正方形の白いタイルが敷かれている。
正面の壁には魚の剥製が5つ、横並びに飾られている。
入り口から見て左側には、ウェットスーツや本格的な潜水服などの様々な潜水具や、小型の潜水艇が展示されている。
勿論、全て売り物だ。
入り口右側は2階建てに改装され、そこが事務所になっており、その下は売り物の熱帯魚などの魚が入った水槽の棚が並んでいた。
事務所の中はというと、入り口付近はカウンターや接客用のスペースと普通だが、その奥にも部屋がある。
その部屋は突き当りの壁に塚元組の代紋、その下には刀が2本飾られており、その前には高級な机と革製の椅子が置かれ、如何にも暴力団の組長室という印象がそこにあった。
その椅子に座るのが、塚元組の組長・塚元 賢三。
年齢は40代前半の細長い顔をしており、濃い口髭や顎鬚が妙に印象的だ。髪型はショートの七三分けと普通だが。
左眼には縦の大きな傷があり、義眼になっているが、何故か青い瞳になっている。
服装は赤いジャケットにワイシャツとズボンは黒で統一された格好だ。
その塚元は自分の椅子に座りながらFAXを手に持ち、机に置かれたパソコンに向かい合った。
画面には黒富士が映し出されている。
『その刑事だ』
「この兄ーちゃんが、どないしました?」
『いずれ我々の邪魔になる』
「せやけど、総長。警察は皆じゃまですやん」
『そいつはもっとだ。ある刑事の死の真相を探っている。くれぐれもへまをするな』
「心配せんとも、前尾のようなヘマはしまへん」
『そう願いたいものだ。もししくじれば分かるな?』
パソコン画面に「通信終了」と表示された。
「ふーん……刑事をなー……どないな方法がええかっ? なぁお前ら?」
塚元の目の前にいる組員5人に訊くと、組員はオロオロし始める。
突然話を振られても咄嗟に何も答えが出ない。
すると塚元は、手にメリケンサックを付け、立ち上がる。
そしてメリケンサックを付けた手で、組員2人を殴り、残りの3人に視線を向けた。
その塚元の表情は楽しそうに微笑んでいるようにも見える。
「手ぇ上げんと死ぬでぇ」
塚元は組員を殴ろうと近づいた。
「はいっ! ――」
「――はいっ赤西くーん」
塚元は瞬時に組員――赤西を指さした。
赤西は30代前半の男で、スキンヘッドの少しポッチャリ体系の男だ。
「何か餌になる物を用意して誘き出したところを殺れば」
しばし塚元が沈黙し、赤西は緊張から汗を垂らした。
「なるほど、ええ考えや」
「あ、ありがとうございます」
塚元がニコニコしながらの誉れのことばに赤西は笑顔を浮かべた。
「で、餌は?」
「え……?」
赤西はオロオロした。
咄嗟に答えただけで詳しいことまでは考えていなかったのだ。
「こ、好物を調べれば……イワシとかアジとか……」
自分でも何を言っているんだと赤西は自分を恥じた。
「釣りの餌ちゃうわ‼」
塚元はそう言って赤西の顔面を殴った。
「相手は人間や、ちゃんと考えんかい‼」
「……すみません」
赤西は鼻血を手で押さえながら塚元に謝った。
他の組員にティッシュを貰い、赤西はそれで鼻を抑える。
「餌……、餌……。えさぁーほいさっさぁ……」
ノリで歌い出す塚元はメリケンサックを取り外し机の上に置くと、組員の前をうろうろし始める。
すると、塚元はあることを思い出した。
「そういや、あの兄ちゃんが刑事の死の真相がどう、言うてたなぁ……それつこうてみようか?」
塚元が言うと、組員たちが「おぉ!」と声を上げる。しぶしぶだが……。
塚元は通話を終えた携帯電話を懐へ仕舞った。
「ええ餌が用意できたでぇ。後は撒くだけや!」
上機嫌に話す塚元。
「しかし、相手は刑事ですよ。いくらなんでもマズいんじゃ……?」
組員の1人が気まずそうに塚元に尋ねた。
それを聞いた塚元は、その組員を睨みつけ、代紋の下に置いてあった刀を抜くと、組員を切った。
「刑事でもバカでもトラブルの元は処理せなあかんやろ‼ あっ⁉ あっ⁉ あっー⁉」
塚元は刀で斬った組員を何度も蹴り、それを見ていた他の組員たちが唖然としている。
「あ、あの、もう死んでます……」
赤西が言うと塚元は、蹴るのを止めた。
確かに組員はまったく息をしていない。
「……しゃーないなー」
組員の1人が1階の入り口の正面にある魚の剥製の中からブラックバスのはく製に手を掛けた。
そして剥製を反時計回りに30度程傾けると、すぐ側にある床が下に向かって開いた。
そこには水が入っており、ドッキリの落とし穴にも使えるが、明らかにドッキリでは片付けられないものが水の中に居る。
水の表面に三角形のヒレが通過したのだ。
水中に居るのは3メートルクラスのイタチザメ‼
それも3匹だ。
この落とし穴は大きな水槽にもなっており、隠れて飼育しているのだ。勿論水温管理など徹底している。
塚元が切り殺した組員の死体を他の組員二人が運び、そしてサメが居る落とし穴へ放り投げると床は閉じられた。
このサメは死体の処理用として飼われているのだ。
「おい」
「はい!」
塚元が組員の1人を呼び出す。
「アイツの物何でもええから海にほかしといてぇ」
「はい!」
そう言って組員はその場から離れた。
「はいみんな、仕事、仕事」
塚元は、もう何も無い、というようにその場に居た全員に向かって追い払うような手振りをした。
それに従い組員たちはそれぞれ持ち場に戻った。
「オヤジ、ちょっといいですか?」
塚元に声を掛けたのは上地 淳平。
年齢は30代後半、ノータイの黒スーツに前髪を逆立たせた髪型、眉がつり上がり少々強面だが、塚元組の中で最も男前だ。
「何や上地君」
「例の刑事のことでちょっと調べたいことがあるので外していいですか?」
「おお、勿論や」
「失礼します」
そう言って上地は一度頭を下げ、建物から出て行った。
それを見た塚元がニヤリと笑みを浮かべると、携帯電話を取り出しダイヤルした。