1話 その後
武とホワイトウィッチが前尾の計画を阻止してから約2週間が経った頃。
神奈川県警の会議室では緊急の報告会議が開かれていた。
広い部屋にコの字置かれた幾つもの長いテーブルに何十人もの刑事たちが座っている。
主に捜査一課の刑事や組織犯罪対策課、他にも各神奈川県内の各警察署・刑事課長が集まり、手元の資料に目を通していた。中に武の上司の宮元の姿もあった。
スクリーンにホワイトウィッチと変装した男の静止画が写されている。
モールの事件以降、全くホワイトウィッチたちに動きがない。
「一体何時になったらこの2人を逮捕できるんだ⁉」
声を上げたのは県警本部長・坂東 徳雄だ。
席に座る刑事たちが気まずそうな顔をしている。事実そうなのだから。
「黒富士組の方はどうなっている?」
マル暴・第二係の刑事の池田が重々しく立ち上がり口を開いた。
「以前、伊坂区の廃工場で黒富士組系の暴力団、伊能組の組員たちがホワイトウィッチの襲撃を受けた事件で、伊能組が制作していた置物の素材が、七河産業所から盗まれた薬品の結晶と判明しました」
「ほう、あれが見つかったか! ということは本家、黒富士組も叩けるということだな?」
坂東はそれを聞いて少しだけ上機嫌になる。
だが、それもつかの間だ。
「それが……伊能組の組長は事務所で既に殺害されており、本家との繋がりも確認出来ていません。捜査は進めていますが、起訴できるようなものは何も……」
途端に坂東の顔は強ばった。
「……情けない。……そんな抜けた気持ちだから、マスコミまで格好のネタにされるんだ‼」
坂東は、ハァー、とため息をつき、ホワイトウィッチと共犯の男を映しているプロジェクターが接続されているノートパソコンを操作する。
するとスクリーンに映し出されたのは、ネットのニュースサイト。
そこには――
――ホワイトウィッチに相棒?
――暴力団を襲うブラックウィザード。
――警察、魔法でてんてこ舞い?
と、何処から調べたのか、ホワイトウィッチの共犯の男のことが出ている。
「マスコミはこの男をブラックウィザードと名付けて楽しんでいる」
坂東はスクリーンを力強く指さした。
「こんな記事を書かれて悔しくないのか⁉ 我々がこうしている間に、奴らは何食わぬ顔でのうのうと暮らしているんだ‼ もっと気を引き締めてかかれ‼」
坂東は喝を入れるように強く言った。
〇
その頃の白摩署管内の駅前――
パチンコ屋の前に数台のパトカーと大勢の警官が取り囲み、その包囲網の外には大勢の野次馬が集まっている。
今、このパチンコ屋で立てこもり事件が発生しているのだ。
そこへ1台の覆面車が到着した。
運転席から鹿沼、助手席からは武が降りてきた。
その武の表情は何処か不機嫌そうだ。
谷殺しの捜査から外されていることやその捜査が進んでいないことに腹を立てていることもそうだが、理由は他にもある。
谷の葬儀以降、ホワイトウィッチからの連絡が全く無いのだ。
そもそも刑事として暗殺者を信用することに問題があるが、互いの目的の為に協力を約束したのにあれから全く音沙汰なし。
次の標的の下調べをしているのか、あるは武に内緒で行動しているのか。
色々な状況が武の機嫌を無理やり傾けているが、武は「そんなことない」と自分に言い聞かせていた。――あまり隠しきれていないが……。
武と鹿沼は近くの警官に歩み寄った。
「刑事課の鹿沼だ。状況は?」
「男が拳銃を持って立てこもっています」
「人質の数は?」
「店長と女性店員の2人です」
「被害は?」
「今のところ大きな被害は出ていません」
「じゃ、早く片付けましょう」
そう言って武はパチンコ店の中へ歩いて行く。
「お、おい大下!」
鹿沼は武を追いかけて行った。
パチンコ店の中に入った武は、さっそくカウンターの所で手に拳銃――金色――を持った男と遭遇する。
男は20代前半、みすぼらしい姿はニートのそれだ。
「く、来るなー‼」
男は金色の拳銃を女性店員に突き付けた。
武と鹿沼も立ち止まる。
鹿沼が男に問いかける。
「落着きなさい。要求は何だ?」
「要求? 金用意しろ‼」
「いくらだ?」
「1億円用意しろ‼」
「い、1億⁉」
超高額な要求に思わず声を上げる鹿沼。
それに対して武は自分の中で、カチン! という音が鳴った。
「分かったら早く用意しろ‼」
男はそう言って天井へ向けて威嚇のつもりで発砲した。
その瞬間、武は天井を見て、ハァー……、とため息をついた。それは男への呆れもそうだが、ある確信を得たからでもあった。
武は圧を掛けるように無言で男に向かって歩いて行く。男には目の付いたどす黒い妖気が放たれる壁が迫ってくるように見えた。
「お、おい来るな!」
「おい大下⁉」
鹿沼も思わず武に駆け寄る。どう考えても自殺行為だ。
のはずだが……。
武は男が持つ銃を掴むと、その手を引いて男の顔面に頭突きをした。
頭突きをした男は「うっ!」と声を上げ床に倒れた。男は完全に伸びてしまった。
「無茶しやがって大下!」
「無茶? どこが?」
説教する鹿沼に、武は男の両手を後ろに回して手錠をかけながら言い返した。
そして拳銃を素早く証拠収集用の袋に入れ鹿沼に渡すと、失神している男を軽くビンタして起こした。
「起きろオラ!」
武は男を無理やり立たせ、両腕を掴みながらパチンコ屋の外へ出た。
男は武に抵抗しようと暴れるが武は全く動じない。
「離せ、税金泥棒がー‼」
「うるせぇゲスが、モデルガンで店員脅したり、1億要求したりするような奴が、なにを言うか‼」
武は男に負けないくらいの声量で出口正面に停車するパトカーの後部座席のドアを開けた。
「だってよ。2万も使って出ねぇなんて詐欺だろ! あっちを捕まえてくれよ、あっち!」
それを聞いた武は鬼のような形相で男を睨みつける。
「勝てねぇならパチンコ止めて真面目に貯金しろ、アホォ‼」
武は男をパトカーの後部座席に押し込むと、乱暴にドアを閉めた。
「たくも!」
「おいおい大下、乱暴じゃないかちょっと?」
「あれぐらいやって当然です!」
「……それより、よくモデルガンだって分かったな」
それは武からすれば簡単なことだ、銃が金色だったことや、男が天井に向けて撃った時、天井に被弾しなかったことと、実弾じゃまずありえない花火のような火花が銃口から出ていたことの3つが決定打だった。
「トシさん、自分がガンマニアなの忘れましたか? 本物とモデルガンの区別くらい――」
簡単に見分けがつく、と言う前に、武はふと鹿沼の後ろにある2階建てのビルに目を向ける。
そこにはビルの2階へ上がる直通の階段を白いつば広帽子を被ったロングの茶髪の白人系の女性が目に入った。
「トシさん、先に署に戻ってください」
「お、おい大下⁉」
止める鹿沼をよそに、武はそそくさとビルの方へ歩いて行った。