4話 黒富士組
ビルが密集する白摩区の街中――
その一角に佇む白い2階建てのビルの窓ガラスには、「前尾商会」と出ている。
ここは黒富士組系・前尾組の本部だ。
2階の奥の部屋は社長室になっており、中には黒の木製の机に黒レザーのロッキングチェア。その後ろには代紋が掲げられていた。
その椅子に座る男が、前尾組の組長・前尾 幸仁だ。
年は40代前半、165センチと比較的背は低く、フチなしの色付き眼鏡に紺のスーツ、紫のベレー帽を被り、原稿用紙とペンを持てば昔の漫画家という印象を受けるだろう。
だが、この男は白摩区を占める正真正銘の組長だ。
前尾は机の上に置かれたノートパソコンを開き、通信を開始しすると、パソコンの画面に、1人の男が映し出された。
男は30代後半だろうか、レンズの上半分にのみ銀色の縁がある眼鏡を掛け、髪は整った七三分けをしている。
服装は、黒の薄っすらと縦線が入った高級スーツにネクタイを絞め、彼が座る椅子の肘置きは、つやのある木製で、背もたれは黒のレザーが張られた高級な物だ。
その男の後ろには2本の刀が飾られ、その上には黒富士組の代紋がある。
彼が、神奈川の大半を仕切る広域指定暴力団・黒富士組の総長・黒富士 臣矢だ。
画面の黒富士は冷たい目で前尾を見ている。不機嫌なのは明らかだ。
『加藤が捕まったらしいな?』
「ご心配なく総長。手は打ってあります」
部下が警察に捕まったのに、前尾の表情に焦りは感じられない。その態度に、黒富士は抑えていた怒りを露わにした。
『何が《《心配ない》》だ!! 下手をすればこっちも危なくなるんだ‼』
「私のプランは完璧です。すぐに何とかなりますよ」
『思い上がっていないか前尾? そんなことを言って墓穴を掘った馬鹿は山ほど居るぞ! 事実、例の女のせいではあるが、伊能の馬鹿はしくじった! お陰で結晶は警察に押収され、CLグループとの話はパーだ!』
自意識過剰としか思えない前尾の言動に、黒富士の怒りは頂点に達していた。
だが、前尾は冷静だ。その証拠に笑顔を見せる余裕もある。よほど自分の立てたプランに自信があるようだ。
それを悟った黒富士も、次第に落ち着きを取り戻した。
『いいだろう。そのプランとやらに任せよう。しくじれば、貴様自身で償ってもらうぞ』
「もちろんです総長。それと、そこに佐久間さんは居りますか?」
『あぁ……だが何故だ?』
「佐久間さんにも重要なことですので」
画面の黒富士が少し後ろに下がると、横から1人の男が現れた。
彼は、黒富士組の大幹部の佐久間 竜次。
40代前半、オールバックにした髪型に黒縁の眼鏡を掛け、180センチの長身は、直立不動といってもいいほど背筋が伸びている。
見た目だけなら、まさに優秀な社長秘書そのものといった印象を受けるだろう。
だが、無表情なうえに眼鏡の下にある輝きのない瞳は、まるで感情を持たないサイボーグのよう。
『失礼します』
佐久間は黒富士に一礼し、パソコン画面に向き合った。
『何でしょうか?』
「佐久間さん、あなたの内通者を嗅ぎ付けた男を見つけました」
『何ですって⁉』
ほんの僅かだったが、無表情だった佐久間の目が見開き、驚きの表情を浮かべた。
「間違いありません。後でそちらに写真を送りますので。恐らく他にも我々に不都合な物を隠し持っている可能性がありますので」
『ではすぐに手を!』
「いいえ、作戦はこちらで立ててあります。ですから佐久間さんと例の方は、我々に協力をしていただければ、何の問題もありません。それではこちらの準備ができ次第、そちらに連絡を入れますので――」
『――ちょっといいか佐久間?』
黒富士が佐久間を退けると、画面に向き合う。
『本当に大丈夫なんだろうな?』
「総長。私がいつ失敗しましたか? お任せ下さい」
前尾はそう言い残し、通信を切った。
「私は、有能ですよ。伊能と一緒にしないでください総長」
他人のようなドジは踏まない、と自信があるのか、前尾は全く冷静そのものだ。
「さて……」
前尾はメールに写真の入ったファイルを同封して黒富士に送信した。
前尾との通信を終えた黒富士は、ため息をつきながら深々と椅子に座り込んだ。
黒富士の部屋は、刀や代紋の他に高価な陶磁器や火縄銃などが壁いっぱいに並べられている。
黒富士がいる席は、前尾に負けないくらいの高級な木製の机が置かれていた。
黒富士は座ったまま隣に居る佐久間と向き合った。
「奴の正体が明るみに出てはまずい……」
「ご心配には及びません。加藤は前尾氏に任せるとして、自分は前尾氏の作戦に従って、行動します」
「そうか。だがしくじるな、必ず殺せ!」