7話 カウントダウン
前尾はスマートフォンを見た。画面には「2:40」を切った。
爆発を今か今かと待つ前尾の今の姿はまるでショーを楽しみにする子供のようだ。
そのせいで自分が今、1台の車に監視されていることに全く気付いていない。
〇
狩谷は足に刺さる杭を抜くと、シガレットケースから白い粉が入った煙草ほどの筒状の容器を取り出すと、鼻に入れて中の粉を吸った。
すると狩谷は次第に息が荒くなり、本気を出す、というように自分が掛けていたサングラスを捨てる。その目は血走り、正気ではないことは誰の目から見ても明らかだ。
武は狩谷が吸ったその粉が何なのかすぐに分かった。
「薬中かよ、こいつ!」
そして狩谷は武に掴み掛かろうと武へ向かって猛獣さながらに突進してきた。
武がそれを避けたが、狩谷が再び飛びかかり武を押し倒すと武の首を両手で絞める。
武が狩谷の両手を掴み何とか呼吸を確保しながらふと上を向いた。
そこには重そうな照明がぶら下がっている。
(よしっ!)
武はもう1挺の拳銃を取り出し、狩谷の真上になる照明に向けて発砲。
落ちた照明は狩谷を直撃し、狩谷が武から離れると。倒れた狩谷の顎に武は肘鉄をかました。
狩谷は気を失ったのか全く動かなくなった。
その頃、ホワイトウィッチはニッパを使って起爆装置の配線を切った瞬間、タイマーは「2:03」で止まった。
「やったわ!」
「うおっ、スゲー……暗殺者辞めて、処理班に入ったら?」
武は心底感心した。本当に解除できるとは思っていなかったからだ。
すると「ピーピー」という音が鳴った。音の主はホワイトウィッチの腕時計だ。
「間に合った……」
ホッとしたホワイトウィッチは、筒形の物を懐から出した。太さは3センチ、長さは20センチ程、先端には青い液体が入ったガラスの容器、反対側にはキャップが付いている。
「なんだそれ?」
キャップを取ると中には短い注射針が付いていた。これは自動タイプの注射器だ。
「注射器なのかそれ? 何か病気か?」
武がホワイトウィッチに近づきながら言う。
ホワイトウィッチはコートの襟部分を下げ、注射器の針を首に向ける。
「別にあなたには――」
ピー‼
「何だ⁉」
武とホワイトウィッチが音の聞こえた方へ目を向けると、信じがたい光景を二人は目にすることになる。
止まっていたはずのタイマーが「1:00」からカウントダウンを始めたのだ。
ホワイトウィッチは注射せずに注射器を首から離してしまう。
「うそ、どうして⁉」
「俺が訊きてぇよ⁉ どうなってんだ⁉」
「まさか……」
〇
ショッピングモールが見える高台――
前尾のスマートフォンの画面にも「1:00」からカウントダウンが始まっていた。
「かかったな、タイマーが止まると別の回路が作動するようにしておいたんだよ」
へらへら笑いながら言う。もう自分の勝ちが決まった、と前尾は信じて疑わない程に。
〇
再び動き出したタイマー、更にさっきより短い爆発時間に武もホワイトウィッチも息を吞んんだ。
「どうすればいい⁉」
「あれよ――」
起爆装置のモニター上部に、上下で挟む小さなプレス機のような物が透明なガラスに覆われている。それが時間になると接触し通電する電極棒だ。
「――あれに非金属の物を挟めて遮断できれば……」
ホワイトウィッチは電極棒の周りを見るが、ガラスを止めている部分は溶接されており、電極棒に何かを挟むにはガラスを割るしかなかった。
拳銃を取り出し、ガラスの部分を撃つ。
しかし、5発撃っても数ミリ程度のひびは入るが、ガラスはビクともしない。
「防弾ガラスかよ……」
ホワイトウィッチも、どうしよう……、とプレッシャーに押しつぶされそうながらも何とか冷静を保ちながら方法を考えている。
それを見ていた武はガラスのひびを見てあることに気づいた。ホワイトウィッチが使う弾頭はレンジャータロン、先端が窪んでいるのと比較的柔らかいため硬い物は貫通し難い。
「でも俺の銃なら……」
武のファイブセブンに使われている弾頭ならボディーアーマーも貫くことができる。そうホワイトウィッチへ提案しようとした時だ。
「うっ‼」
ホワイトウィッチは突然注射器を落とし蹲った。
「どうしたんだよ⁉」
武がホワイトウィッチに駆け寄ると、ホワイトウィッチは震える指で爆弾を指さした。
「あっち……おね……が……」
残り時間は40秒。
武はホワイトウィッチと爆弾を交互に見た後、分かった、と頷くと落としたファイブセブンを拾い、更に持っていたファイブセブンと両方のマガジンを交換しフル装てんにする。
「行くぞ!」
――33秒。
武は能力を発動させ、両手のファイブセブンを交互に連射、弾丸は一列に並び、ガラスカバーの一点に集中的に当たりる。
――25秒。
徐々にひびが広がるが、まだ割れない。
――13秒。
(まだか!?)
武がそう祈ると、ガラスに穴が開いた。
「よし!」
――4秒。
武は床に置かれたドライバーを拾い、ドライバーのグリップを起爆装置のプレスに挟み込んだ。
――0……。
ガチッ!
タイマーのカウントが「0」と表示されると同時に、プレスがドライバーを挟んだ。
しかし爆発は起こっていない。
「やった……」
爆発を免れた武はホッと一息ついた。
〇
「バカな……」
武と打って変わってご立腹なのは前尾だ。
スマフォ画面は既に「0:00」と表示されているが肝心の爆発が起こっていない。
起爆装置の細工が働いたのは間違いないのだから、起爆装置の電極棒に何か挟まれ通電が遮断されたとしか考えられないが、レベルが低いとはいえ拳銃弾を防ぐくらい――ホワイトウィッチが使うレンジャータロンなら十分耐えられる防弾ガラスを使ったはずだ。
「あれが破られたとしたら……やはりあの男が……」
たった1人の男の存在で自分の計画が潰れた悔しさから前尾はスマートフォンを地面に叩きつけその場から離れようと後ろを振り向いた。
すると、前尾の動きが突然止まり……。