6話 倉庫
モール白摩から離れた高台にある団地。その隅に一台の黒い高級車が止まった。運転席にいるのは前尾だ。
車を降りると手に持った双眼鏡を覗いた。あんなに大きかったモール白摩が小さく見える。
ここに止まったのは爆発を見届けるためだ。
懐からスマートフォンを取り出すとアプリを起動させた。画面には「7:04」からカウントが下がっていく。
「さぁ、あと7分だ……」
勝ち誇ったように余裕の笑みを浮かべる前尾。
〇
武とホワイトウィッチは爆弾がある1階の倉庫へ向かっていた。
本来なら入ることのない従業員専用の通路を駆け抜ける。
「ところで、爆弾を見つけても解除できるのか?」
「ええ、起爆装置の構造なら暗記してるから」
「どうやって?」
「前尾組が集めた機材の情報を森岡から貰ったから」
「森岡って競馬場で会ってた男だよな? 大丈夫なのか?」
「分からない。設計が変更されているかも」
「おい、それって!」
「でもやるしかないの」
「……ま、そりゃそうだ」
武とホワイトウィッチが倉庫へ近づいた時だ。両開きの大きな扉が見える。
ホワイトウィッチが武の肩を掴んで止めた。
「何?」
戸惑う武にホワイトウィッチが、静かに、と指を立てた。
倉庫の内側――
そこには物陰に隠れる前尾組の組員たちが、武とホワイトウィッチを今か今かと待ち構えていた。
コツコツ、と2人分の足音が徐々に倉庫の扉へ近づいて来る。
組員たちが一斉に入り口に向け銃を構えた。
そして扉が開かれたと同時に組員たちが一斉に拳銃を撃ったが、その直後に組員たちはポカーンと固まった。開いた扉の向こうには誰もいないのだ。
当の武とホワイトウィッチは、組員の銃撃を予想して扉の両脇にそれぞれ隠れていた。
ホワイトウィッチが懐から水色のスチール缶・発煙筒を取り出すと、武に向かって軽く横に振り、これ出して、と知らせる。
武も気づき懐から発煙筒を取り出した。
「全部投げて」
ホワイトウィッチは発煙筒の上部にあるピンを抜いて、倉庫の中へ放り投げると、もう1つ同じ発煙筒を取り出しては投げた。
武も同じように発煙筒を2つ投げ入れた。
投げ入れられた発煙筒から煙が噴き出し、あっという間に倉庫内に煙が充満した。
「な、なんだ⁉」
煙に混乱する組員たち。
ホワイトウィッチは黒いレンズのゴーグルを取り出しそれを掛ける。一見するとスキーに使うゴーグルのようにも見えるこれはサーモグラフィーゴーグルで、温度が低くいものは紫色に、逆に温度が高いものは黄色く見えるため、煙の中でも体温で相手を見つけることができる。
それを見た武はホワイトウィッチを二度見した。サーモグラフィーゴーグルは受け取っていないからだ。
「俺のは?」
「サングラスの左の蔓にあるボタンを押して」
「左の?」
武はサングラスの左の蔓を指で探ると、レンズに近い部分に妙な出っ張りを見つけそれを押した。薄暗かった光景が変わり、周りが紫色に変わった。このサングラスにはサーモグラフィー機能が付いていた。
スパイ映画の小道具のようなサングラスに感動し「おお!」と声を上げる武。
「行くわよ!」
「OK!」
上機嫌でホワイトウィッチへ返事をすると2人は倉庫の中へ入って行った。
隠れた場所から動かない組員たち。下手に動いて音で相手に気づかれる恐れがある為、正確には動けずにいるが正しい状況だ。
様子を見よう、とジッとしていると、耳の中を突き抜けるようなけたたましい銃声の後、次々人が倒れる音が聞こえる。この煙が充満する倉庫内で。
「どうなってんだ⁉ ……うっ‼」
状況が理解できない組員の顔面に拳銃のグリップの底が組員の顔面に打ちこまれた。
次第に煙が消えていく。
武はサングラスの左の蔓のボタンを押してサーモグラフィーモードをオフに、ホワイトウィッチはゴーグルを外して、爆弾が隠されている冷蔵庫に近づいた。
冷蔵庫と言っても業務用の大きい物で、両開きの銀色の扉は鏡のようになっている。
「これだな――」
「――ちょっと!」
武が冷蔵庫の扉の把手に手を掛けた瞬間、ホワイトウィッチが慌てて扉を抑えた。
「開けた瞬間に爆発することもあるのよ」
そう言って扉を少し開け、上から下へ隙間をゆっくりと覗いた。どうやらトラップは仕掛けられていないようだ。
ひとまずホッとしたホワイトウィッチだったが、体を起こした時、冷蔵庫の扉に映る組員の姿が目に入った。
「隠れて‼」
「なに⁉」
気づくのが遅れた武の側で弾が跳ねた。
武は慌てて近くに積み上げられた大量の段ボール箱の陰へ。
入り口から2人の組員が銃を撃ちながら入って来る。
武は反撃しようと隙を窺っていると、突然武の横から両腕が伸び、その手が武の襟の部分を掴む。
「え、何⁉ ――うわぁぁぁ‼」
武は軽々と放り投げられ、そのまま柱に叩きつけられた。その時拳銃を落としてしまった。
「いってぇぇなっ!」
武は立ち上がり、狩谷の腹にパンチを打ち込んだ。
しかし狩谷は全く痛みを感じていないのか動じない。
続いて武はキックを打ち込むが結果は同じだ。
「化け物かこいつ⁉ ――うごっ‼」
狩谷は武を殴り、武は床を転がり、冷蔵庫の正面から少し離れたところで止まった。
武の意識は朦朧と それだけ狩谷のパンチが強烈だったのだろう。
その武の首を狩谷は自分の腕で絞める。
組員は鼻の部分を押さえながら、立ち上がった。
「よし、狩谷さん離さないでください」
「お前ら、爆弾のタイマーが動いてんだ、死にてぇのか⁉」
「何言ってんだこいつ?」
武の言うことを全く信じていない組員。
本来ならモールを出た後に前尾が起爆装置を動かす手はずになっていたからだ。
「こういうことよ」
ホワイトウィッチの声にその場にいたみんなが冷蔵庫の方へ注目。
扉が開かれた冷蔵庫の中には、起爆装置のモニターが「3:45」からカウントダウンしていた。
組員たちが、目を見開いた。まさか本当に起爆装置が作動しているとは思っていなかったからだ。
組員が爆弾に気を取られているその隙に、開いた冷蔵庫の扉の裏からホワイトウィッチが現れ、ウィップダガーの刃を組員に向け飛ばした。そして組員の喉に刃が刺さる。
すると、新たに2人の組員が現れた。
ホワイトウィッチはウィップダガーのワイヤーを伸ばしたまま、そのままムチのように扱い2人組員を斬る。
(そうだ!)
武は右太ももに装着したステイクランチャーのことを思い出し、ホルスターに仕舞ったままの状態で杭を真下に発射。狩谷の右足に刺さった。
狩谷、苦痛の表情を浮かべ、武を離すと、武がステイクランチャーを抜き、再び狩谷に向け杭を発射。
狩谷の右の太ももに杭がささり膝を突く。
「よーし、これでゲームオーバーだ!」
勝ち誇った様に余裕を見せる武を狩谷は睨みつける。
その様子を見たホワイトウィッチは爆弾を止めるため起爆装置をいじり始めた。