2話 マシン・ダークスピーダー
モールでの襲撃計画の話が済み、あとは出立するだけなのだが、武とホワイトウィッチは話を終えてから1時間近く経っているが、未だ廃工場から動いていなかった。
その理由は武の装備品がまだ届かないためだ。
「まだ来ないのか?」
苛立ち気味の武は、ホワイトウィッチに訊いた。
「あなた刑事のくせに気が短いのね……」
「すみませんね……」
刑事が暗殺者に説教されるという屈辱に武は苦虫を噛み潰したよな顔をした。
すると、車の音とヘッドライトの光が武たちへ向かって来た。
「誰か来る!」
「大丈夫、味方よ」
「味方?」
そしてヘッドライトの持ち主が武たちの近くで停車した。
「これも無人で?」
「そう、ダークスピーダーって呼んでるわ。ガジェットも付いてるけど、殆ど使ってない予備車なの」
「ふーん……」
ダークスピーダーと呼ばれたこの車は、ダークの名が相応しい程――周りが暗いのでなおさらだが――のボディが黒いクーペだ。
「んっ! まさかこの車!!」
ダークスピーダーを見た時の関心は殆どなかった武だが、車を見ているうちに、その正体に気づいた時、飛び出るのでは、というほど武が目を開いた。
ダークスピーダー。
ベースは映画で有名な車。デロリアン・DMC12だ。
ただ、オリジナルと違うのは、ボディの色は勿論だが、昔ながらの四灯式ではなく、左右1つのカバーの中にLEDを使った現代風のデザインのヘッドライト。
少し延長されたフロントバンパー。そのフロントバンパーに付けられたナンバープレート――今は真っ黒だが――の両脇、バンパーの下に付けられた黄色のLEDのサブランプ。ウインカーランプもオレンジ色のLEDタイプになっていた。
リアバンパーは特注で、左右のマフラーが牙を横にしたような形のマフラーカッターが付き、それほど大きくはないが、リアスポイラーも付けられている。
カスタムされているが、オリジナルの面影はちゃんと残っていた。
最初の様子は何処にやら、今の武の目はダイヤモンドのようにキラキラと輝いていた。
何故なら武が映画で憧れた車が、目の前にあり、さらに乗らせてくれるということを考えればまさに天にも昇る気持ちだ。
ホワイトウィッチはダークスピーダーの運転席のドアハンドルを引き上げた。
すると、この車の象徴ともいえるガルウィングのドアが機械音を上げながら自動で上へ開いた。通常は手動だが、どうやらフルオートで開くように改造されているようだ。
「おお!」
武は車内を見て、さらに目を輝かせた。
ハンドルは黒のレザーの一回り小さく見えるレーシングタイプ。
シートは黒のスポーツタイプのセミバケットシート。
メーター関係は純正で、昔ながらのアナログタイプだが、それとは別にデジタル表示のスピードメーターが取り付けられている。
マニュアルのシフトレバーのすぐ左側には、「BODY」「PLATE」など、レッドスピーダーにもあったボディ関係の装置のボタン5つが縦に並び、シフトレバーの右側には赤いカバーに「NITROUS」と書かれたスイッチが付いていた。
シフトレバー付近、運転席と助手席の間に位置するパワーウィンドウのスイッチの前方にあるシガレットソケットの左には、「MACHINE‐GUN」と「ROCKET」、その隣に白い正方形のボタンが横に並んでいた。
「あの……車が気に入ったのはいいけど、作戦のこと忘れてないでしょうね?」
「あっ、もちろん!」
ちょっと照れながらも真顔に戻る武。
すると、運転席のシートの上には、武の変装用の黒のロングコートとTシャツ、目の横まで覆う程の大きいレンズのサングラスに、幅の広いネックウォーマーが置かれていた。
今度はホワイトウィッチがフロントのトランク――エンジンが後ろにある為、前がトランクになっている――を開ける。中には装備と拳銃数挺が入っていた。
ホワイトウィッチは装備の説明をするために、まずステイクランチャーを手に取った。
「これはステイクランチャー、強力なバネの力で杭を飛ばすの」
「競馬場で見たやつだな、有効射程は?」
「10メートルよ。ただ杭を装填する時は、地面に思いっきり体重を掛けないとバネが縮まないから」
「これは?」
武はグラッピングフックガンを指さした。
「グラッピングフック銃。ワイヤーは23メートル、一応90キロまで持ち上げられるの。緑のレーザーで照準を合わせて撃ってね。それよりもこれでしょ?」
ホワイトウィッチは、数挺ある拳銃の中の1つを手に取った。それえはS&WM19。大泥棒の相棒が使っていることで有名なリボルバーだ。
しかし、武はダークスピーダーの時とは打って変わって、テンションが低かった。
「弾は357マグナム?」
「嫌い?」
「あのねぇ、反動はでかいし、弾も6発、ハンターかバカしか使わないよ」
武は愚痴をこぼした。マニアにとっては常識だが、マグナムハンドガンは基本ハンティングなどのサイドウェポンとして使うのが一般的で、相手がボディーアーマーなどで強化されていている場合を除き、戦闘を前提としてマグナムハンドガンを選ぶのは素人同然の誤った選択だ。
「じゃ、これは?」
ホワイトウィッチが次に手に取ったのは、コルトM1911、ガバメントの名で知られるオートマチック拳銃だ。
それを見ても武は首を横に振る。357マグナムほどではないが、45口径の銃も反動が大きく弾数も比較的少ない。
「そんなデカいのじゃなくて、9ミリ(口径)とか……」
並ぶ拳銃を見ていると、ある拳銃が武の目に着いた。
武は迷わずその拳銃を手に取る。
その拳銃は、銃口と排莢口から見えるチャンバーを除いて、外から見えるパーツがプラスチックでできており、知らない人が見たら「オモチャの拳銃」と笑ってしまうかもしれない。
「これは!」
だが、武はこの拳銃を知っている。
本物かどうか確かめるためにマガジンを抜いてみると、マガジンの中に入っていたのは間違いなく実弾だ。
実弾と言っても普通の拳銃弾とは違い、薬莢はビール瓶のように先が細くなったボトルネック型、弾頭も――先端は平らだが――アイスピックのように鋭く尖っていた。ライフル弾を短くしたような弾薬だ。
FNファイブセブン。
ベルギー製のオートマッチック拳銃で、強化プラスチックのポリマーフレームを使用しているのはホワイトウィッチのワルサーP99と同じだ。
しかし、ファイブセブンは必要最低限しか金属製のパーツを使っていない為、非常に本体が軽い。
更に5.7ミリと小口径の弾薬のため1つのマガジンに20発という多弾数を誇る。
反動も非常に軽く、威力不足を指摘しそうだが、弾頭の形状によって小口径でありながら鋭い貫通力を持っている。
「ファイブセブンね。弾薬は――」
ホワイトウィッチが言いかけると、武が続けた。
「――5,7ミリのSS190。ライフル弾のように先が尖った弾丸の効果で防弾チョッキも貫通、本体も反動も軽い銃だ。何処でこれを?」
「それは企業秘密。銃に詳しいのね」
「実はマニアでね」
武の相棒が決まった。