13話 潜入
夜の闇に身を包むモール白摩の駐車場を人影が素早く横切って行った。
ホワイトウィッチだ。
彼女の目的地は南東側にある百貨店・白越だ。
小型タブレットを取り出し、画面をタップした。画面にはモールの外に設置された防犯カメラの映像が映し出されていた。
ホワイトウィッチが画面をタップすると、「ハッキング完了」と表示されると、ホワイトウィッチは百貨店まで移動を始めた。
しかし、タブレット画面の防犯カメラの映像にはホワイトウィッチの姿は写っていない。
それは、小型タブレットの装置で防犯カメラを一時的に乗っ取り、映像をフリーズ状態にして流しているのだ。
そしてホワイトウィッチは百貨店のドアまでたどり着いた。このドアは普段は商品を入れるために使われる両開きのドアだ。
吸盤付きのガラスカッターを取り出し、ドアノブ近くに、手が入れるほどの円を描き、ガラスを切り取ると、そこに手を入れ内側からカギを開け、中へ忍び込んだ。
百貨店は広く、洋服は勿論お土産などに最適なフード類が並び、買い物に来たのならゆっくり見て回りたいくらいだ。
様々なコーナーを抜けると、百貨店のエントランスの両脇にある太い柱の片方にホワイトウィッチは背を掛けた。
そのホワイトウィッチの表情は硬い。いや硬くて当然なのだが、いつもより警戒する姿勢が強いことが窺える。
どうも自分の行動が読まれている気がするからだ。
あの場に武がいたことで難を逃れたが、ここでも再び行動が読まれる可能性は高いだろう。
本来なら空調ダクトから潜入するはずだったが、もし行動が予測されていた場合、空調ダクトの中ではほぼ袋の鼠になってしまう。最悪蜂の巣になって終わりだ。
それに比べれば1階の数ある店の中から潜入した方が囲まれるリスクは比較的低いはずだ。仮に潜入すると予測されても、全ての店に人員を回せるほど前尾組の人員は多くないはずだ。
だが、数ある店の内、この百貨店を選んだのには他にも理由があった。それはある保険の為に南側の出入り口が比較的近いためだ。
南側の出入口――メインコート入り口はガラス張りになっており、ノースコートよりも広く円形のホールになっていた。
普段は期間限定の物産展などがあるが、今週は何も予定が無いのか広い空間だけがそこにあった。
ホワイトウィッチは懐から再び小型タブレットを取り出し、画面をタップした。
すると画面にはレーダーのような円形のもの――レーダーディスプレイが表示された。通常のレーダーディスプレイと違うのは、時計回りに回転するレーダービームが無いことだ。
そしてズボンのポケットから1円玉サイズの小さな銀色のコインのような形をした機械を取り出し、中心にあるボタンを押すと、タブレットのレーダーディスプレイの中心が赤く点滅した。万が一のことを想定しての発信機だ。
それを確認すると、ホワイトウィッチは耳のインカムに手を当て、通信を入れた。
「ジイ、レッドスピーダーを入れて」
『はい、お嬢様』
ホワイトウィッチはインカムから手を離した。
そして、中央出入口からだろう数枚のガラスの割れる大きな音とレッドスピーダーのエンジン音、タイヤの軋む音がホワイトウィッチの耳に届いた。
続けて聞こえたのは、軽い破裂音のような一瞬ガスが抜けたような地味な音だ。
警戒してサイレンサーを付けたのか、他の方法で銃声を抑えたのだろうか、判断するのに欠ける音だ。
囮のレッドスピーダーに食いついたのだろうか。
「……ジイ、どうだった?」
インカムに手を当て野々原に通信を入れた。
レッドスピーダーを遠隔操作している野々原なら、車載カメラやセンサーで何か分かるはずだ。
『はいお嬢様、レッドスピーダーは攻撃を受けています……ですが、想定していたよりかなり弱いですね』
「分かった。ありがとうジイ」
ホワイトウィッチはインカムから手を離した。野々原の言っていた敵の攻撃が弱いことが気になる。
やはり、読まれている?
そんな不安が過ぎった。
レッドスピーダーが囮であることを既に察知していたら。
もしかしたらこの百貨店から潜入したことにも気づかれているのだろうか。
ホワイトウィッチは慎重に柱の陰から顔を出し、通路の様子を窺った。
見えるのは広いメインコートとその向こうにスーパーマーケット、そしてメインコートすぐ横のお茶の専門店・伊坂園だけ――
「……⁉」
ホワイトウィッチは咄嗟に柱の陰に頭を戻した。その時だ。
突然、柱の外側が砕け始めた……いや違う、柱に向かって銃弾が撃ち込まれているのだ。
レッドスピーダーが広場へ向かった時に聞こえたような、軽い破裂音のような音――あの音よりも小さく聞こえる――が凄まじく連続して聞こえる。
銃弾は時折ホワイトウィッチの傍らスレスレを通過する、さすがに身動きが取れない。
柱の三分の一程が銃弾で削られたところで銃撃が止んだ。
ホワイトウィッチは銃弾によって、括れができたところから向こう側を覗いた。
専門店のカウンターには木崎。その手にはサブマシンガンのUZIが握られている。
専門店の陰からは組員が2人、その手にもそれぞれ小型のサブマシンのイングラムが握られている。いずれの銃にも銃身にサイレンサーが付けられてる。
ホワイトウィッチは顔を引っ込めた。
やはり読まれていた。
他に身を隠す場所を探したが、銃弾を防ぐことができるような物は無い。
相手は3人、待ち伏せして1人ずつ殺る方法もあるが、その場所が見つからない。
釘爆弾を使えば何とかなるかもしれないが、カウンターや他のテナントの陰に隠れられては、あまり効果がないだろう。
『無駄ですよ。あなたの行動は全てお見通しです。大人しく降参するか、殺されるか、どのみち今日があなたの最期です』
百貨店のスピーカーから前尾の勝ちを確信したような声が聞こえた。
完全に動きが封じられた。