12話 モール・白摩
日付も間も無く変わろうとしている深夜。
辺りの建物という建物の明かりは消え、闇が街を支配していた。
白摩区の中で最も大きいショッピングモール、モール・白摩も闇夜に溶け込もうとしていた。
駐車場に囲まれたモール・白摩は3階建てで、縮めた「F」の字を南向けに倒したような形になっており、付近にはレストランや結婚式場などのアウトモールも並んでいた。
建物内の中央エントランスは吹き抜けになっており、3階の少し高い場所にあるガラス張りの部屋が――何故かある――オーナーのプライベートルームになっていた。
深夜ということで客もいなくなり、テナントはカーテンなどで覆われ、灯りは点いているが、それでも営業している時と比べればとても暗い。
あとは建物に残っている人が居るとすれば、関係者か清掃員、警備員くらいだろう。
だが今日は違った。
清掃員は勿論、警備員の姿は何処にもない。代わりにいるのは前尾組の組員とその仲間だけ。数としては15人ほどだろう。
そしてオーナー室には、ガラス張りの壁を背に席に座る前尾とその前に佇む狩谷、入り口には組員が2人立っていた。
前尾が今座っているのはオーナーの席だろう、ピカピカに磨かれた黒色の高級感のある書斎机と、それに色を合わせた黒のオフィスチェアはレザー製で、長時間座っても疲れにくいだろう特性のクッションが使われていた。
机の上には前尾のノートパソコンの他に、もう1台デスクトップのパソコンが置かれている。これは元々オーナー室にあったものだ。
ノートパソコンの画面には「爆弾起動準備完了」と言う表示と一緒に設置した位置が表示された。
『準備完了です』
席に座る前尾が、無線機を手に取り、「確認した」と答えて無線機を机に置いた。
「しっかり見張るように」
前尾が狩谷に命令を出すと同時にポケットからシガレットケースを取り出し、狩谷に渡した。
狩谷は一礼し部屋を出た。
今すぐにでも爆弾の時限装置を作動させても良かったのだが、それは自分たちが避難した後に作動させる。
その前に、現れるだろうホワイトウィッチを対処するのが先だ。
すると、前尾のパソコンから着信音が鳴った。どうやらメールが届いたらしい。
前尾がキーを叩くと、画面に表示されたのは警官の制服を着た武の写真。他にも経歴なども一緒に出ていた。
武のプロフィールデータだ。警察の内通者から送られてきたのだろう。
前尾が武を調べたのには訳がある。本来なら埠頭で仕留められたはずのホワイトウィッチがプロクラムの予想に反して今でも生きている原因。それは本来ならあの場に現れることが無かったはずの人物、つまり武が現れたことでプロクラムの予想が狂い、ホワイトウィッチと仕留め損ねたからではないかと考えたからだ。
前尾はさらに、送られて来たデータをホワイトウィッチの行動予想プロクラムに組み込んだ。さらに「大下刑事とホワイトウィッチが手を組む可能性を示せ」と入力、ロード画面が現れた。
それを踏まえて、ホワイトウィッチの行動予想プログラムでホワイトウィッチと武が手を組む可能性を計算し、数値が高い場合は武もこのモールに現れることを考慮した作戦を立てるつもりだ。
ロードが終わると表示されたのは「確率・0・9%」。武の経歴から犯罪者であるホワイトウィッチに手を貸す可能性は非常に低いと結論を出したのだろう。
「うむ……あの刑事は来ないようだな」
武は現れないと納得した前尾。埠頭の時はあの場から逃れるために一時的に手を組んだのだろう。
前尾は続けてキーボードをさらに操作した。
次にパソコン画面に映しだされたのは、建物の左、西側出入口から潜入し、北側の広場――ノースコートへ向かって走るホワイトウィッチの車CGモデル。続いて映し出されたのは、ホワイトウィッチのCGモデルが、建物の一階、南東側の百貨店・白越から中に潜入する映像だ。
〈Wの車は組員2名で攻撃、その他メンバーを百貨店正面のお茶専門店に待機させ、Wを確認次第攻撃せよ〉
「なるほど、そう来ますか……彼女にしてはシンプルな潜入方法ですね」
前尾がそう思うのも無理はない。いつものホワイトウィッチの行動から見れば非常に単純なやり方だ。恐らく行動が読まれていることを警戒し、いつもと違う戦略を使うとプログラムが予想したのだろう。
すると更にプログラムからのホワイトウィッチが予測する映像が現れた。
それはホワイトウィッチが現れると予想した百貨店のエントランスの近くにある南側の出入口――フロアガイドによるとメインコート入り口――を車が突き破る映像が流れた。
車のCGモデルの車種がホワイトウィッチの車と同じなのは、何の車で来るか分からない為だろう。
〈告、陽動作戦の可能性あり、メインコート車は無人車両を使用、無視せよ〉
ホワイトウィッチの車は無人で動くという噂を聞いたことがある。他にも同じような車がある可能性も高い、勿論プログラムにもその情報を入れているため、こんな予想をしたのだろう。
プログラムの読みは完璧だと、まさに自画自賛によって前尾の気持ちは、まさに天にも昇った。
前尾はスマフォを取り、木崎を呼び出した。無線を使わなかったのは、ホワイトウィッチが無線を盗聴している可能性があったからだ。いくら作戦が完璧でも相手に筒抜けでは全く意味がない。
「1階にある、伊坂園へ向かって、その中へ隠れてください」
伊坂園は各地域の日本茶は勿論、各世界の紅茶なども扱っているお茶の専門店。そこはプロクラムが潜入すると予想した百貨店のエントランスの真迎えに位置しており、待ち伏せにはもってこいの場所だ。
そして数分が経つと、前尾のスマフォの着信音が鳴った。
『オヤジ、準備完了です。でも人数の方は大丈夫でしょうか?』
スマフォから聞こえる木崎の声は何処か心細いと言っているように感じた。
それもそのはず、組員とその呼びかけで集まったチンピラたちを合わせて15人ほど、相手は1人なので人数で考えれば十分だろうとも思える。
だが、相手は1人でも仲間を次々潰す強敵であることを考えればとても十分とは言い難い。
木崎からは、もっと援軍を要請した方が良いのではと提案したが、却下した。それも当然だ。自分が作ったプロクラムは完璧だと思い込んでいるからだ。埠頭で失敗したのは武が現れることをプロクラムに入れていなかったせいだと思っているからだ。
その証拠に、埠頭でホワイトウィッチを仕留め損ねた木崎が、外されることなくこの作戦に関わっているのもその証拠だ。
武も現れないと分かった今は、ホワイトウィッチ1人なら恐れる必要ないという考えだ。
「何の問題もない。お前がしくじらない限りはね……」
そう言って前尾はプログラムが予想したことを木崎に話した。
万が一のことがあったとしても更なる切り札も用意している。
今度こそ失敗は無いはずだ。
前尾の命令で、西側出入口の正面よりやや右側に位置するアクセサリーショップの中で息を潜める2人がいた。
彼らは正式の前尾組の組員ではなく、人手の足りない今の前尾組の組員に数合わせで呼ばれたのだった。
2人の内、片方は背が高いがガリガリに近いほど痩せており、もう片方はその逆で、背が低く、少々肥満の体型をしていた。2人とも服装は安物のスーツを着用し、同じような黒縁の眼鏡を掛けていた。チンピラというより漫才師といった方がしっくりくるような2人組だ。
この2人がアクセサリーショップに隠れている理由は、ホワイトウィッチの車が入って来た時の攻撃――というよりホワイトウィッチを誘き出す為にわざと引っかかったようにするための囮で隠れているのだ。
2人組は普段世話になっている前尾組の組員からのお願いで渋々命令に従っているのだが、広いロビーに野郎が2人きり……正直「虚しい」の一言しかない。
痩せ型の方が煙草の箱を出そうとズボンのポケットに手を伸ばした。
すると、車のエンジン音が徐々に近づいて来る。
2人は床に置いてあった拳銃をそれぞれ手に取り、西側出入口へ目を向けた。
2人の銃はモデルガンを改造したオートマチックタイプの改造拳銃のため、金色に輝き、銃口に取り付けられたペットボトルの中に綿を詰め込んだ簡易サイレンサーの何とカッコ悪い。
そもそも囮の為、わざわざ本物のサイレンサーを手に入れるのは、というのは納得だが、それでもそう少し見た目を何とかしてほしいと2人は思っていた。
そう考えていた瞬間、赤い車が出入口を突き破り、ガラスをまき散らして中央ロビーへ入って来た。ホワイトウィッチの車だ。
破片を腕でガードした後、2人組はホワイトウィッチの車へ向けて銃を撃った。拳銃など初めて撃ったため、あまり当たらないが、別に撃退が目的ではないので問題はない。
ホワイトウィッチの車は前尾の――正確にはプロクラム――予想通りノースコートへ向かっていった。