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WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)  作者: 木村仁一
第3章 接触
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11話 LSB0

 町はずれの廃工場――

 周りは高い木々に囲まれ、今は廃墟マニアしか足を踏み入れない寂しい場所だ。

 灯になる物は全く無いため、暗闇が支配していた。


 そこへタケルが運転するレッドスピーダーが工場の横にある倉庫の奥で停車した。

 倉庫といっても、天井が残っているだけで壁という壁は崩れ落ち、骨組みだけの建物だ。


「それで――」


 武が言いかけると、ガチャ、という音が武の耳に入り、ハァ~、とため息をついた後にゆっくり助手席へ顔を向けた。

 そこにはホワイトウィッチが拳銃を武に向けていた。


「降りなさい」


 言われるがまま、武が先にレッドスピーダーから降りると、ホワイトウィッチも続いてレッドスピーダーを降りた。

 今の武が脅威ではないと判断したのか、ホワイトウィッチは拳銃を仕舞い、運転席のドアの近くまで移動した。


「なかなかやるわね、大下刑事。でもどこであんな運転を?」

「知り合いにスタントマンがいて、非番の時にちょっとね。それより――」

「――訊きたいことでしょ?」

「そう、オヤッさんとの関係だ」


 武はそう言うと、ズボンのポケットから谷刑事の手紙を取り出し、ホワイトウィッチに渡した。


「これは?」

「オヤッさんの手紙。オヤッさんと繋がってたんだな?」


 ホワイトウィッチは手紙をある程度目を通すと、ゆっくり手紙を閉じた。

 その表情は競馬場で見た時のように少し寂しそうだ。


「……ええ、警察の情報が欲しかったの。警察の中で一番信用できそうだったから」

「じゃあ、加藤の時も?」

「ええ、無事に加藤を神奈川県警に届けるために襲撃に備えていたの」

「……オヤッさんを殺した犯人ホシに心当たりは?」

黒富士組あいつらの誰か。それしか分からない」


 やはりホワイトウィッチでも谷を殺した犯人までは掴めていないようだ。

 少しでも期待した自分に呆れ、ガクッ、と肩を落とした。ましてや相手は犯罪者、刑事が期待すべき相手ではないことに、ますます自分が情けなく感じた。


「そうか……もう1つ質問だ。オヤッさんのこと、どう思っていた?」


 それを聞くためにリスクを冒してまでここまで来たのだ。

 もしも、ホワイトウィッチが谷をただの道具としてしか見ていなかったときは、相手が女だろうと武は容赦しない。刺し違えてでも牢屋にぶち込んでやる覚悟だ。


「……想像に任せる。言い訳にしかならないから――恨んでるでしょ。私のこと?」


 勿論、全く恨んでいない訳ではない。ホワイトウィッチに対して思うところはあるのも事実だ。

 でも谷の手紙を読んだことで、彼女も黒富士組の被害者であることに同情があるのも事実だ。


「無理やり巻き込んだのなら恨むよ。でもアンタに協力したのはオヤッさんの意思だって分かっている」

「そう……」


 ホワイトウィッチは視線をかけるから逸らした。その目はホッとしているというより、期待外れの答えに少し寂しそうにも見えた。


「とにかく署に来てくれ、もっと話を訊きたい」

「そうはいかないわ。行かなきゃならないの」

「ちょっと待てくれ。どこに?」

「新聞に新設のショッピングモールの記事が載っていたけど、ご存じ?」


 武は記憶を探った。

 昨日の新聞の記事だ。「新設ショッピングモール、テナント少なく必要性に疑問? 立ち退き住民に不満の声!」という文章と一緒に写真が載っていた事を思い出した。


「あれか!」

「前尾はその問題になっているショッピングモールのオーナーに頼まれて、近くにある『モール・白摩』を爆破しようとしているの」

「ば、爆破⁉」


 思わず武は声を上げてしまった。


「分かるでしょ。ライバルを潰せば客が入るって計画よ」


 冷静にとんでもないことを話すホワイトウィッチに、どういう人生を送ればそこまで大変なことを冷静に話せるのか、と訊いてみたいと思う気持ちを抑え、武は自分が抱いた疑問を話した。


「ちょっと待った。じゃあ、さっき爆破したトラックに乗っていたのが爆薬?」

「そう。東アジアのどこかで開発された高性能液体爆薬で、LSB0(エルエスビーゼロ)って呼ばれてる」

「LSB0?」

「通常は無色透明の油状の液体。火を近づけても燃えない不燃性だから税関も取り締まれない。でも同じ割合で灯油や軽油を混ぜ込むと、爆薬に変身する品物よ」

「つまりステルスボムって言うやつだな」

「そう」


 武も品名は知らなかったが、ステルスボムというカテゴリーは耳に入れたことがある。国際的にも問題視されている爆薬だ。

 どんな検査でも、薬品――今回は軽油や灯油だが――を混ぜて確認しない限り、発見が難しいことからステルスボムと名付けられた。

 あのトラックに乗っていたタンクはおよそ1000リットル。実際にどのくらいタンクに入っていたのかは不明だが、もしもあのタンクが満タンだとすると、同じ割合で灯油や軽油を混ぜたら、その量は2000リットル近くになる。

 そうなると、どこくらいの破壊力なのかは想像もつかないが、大参事になるのは間違いないだろう。


「だけど、そんなことしたら当の本人たちにだって……」

「それも計算済み、モール・白摩を爆破してテロの余興のように見せかけるシナリオよ。だからLSB0を使うの」

「なんて連中だ……」


 テロリスト、そんな言葉でも生ぬるい。もはや人類の災厄と呼ぶべきだろうか。もしもそれに相応しい言葉があるなら教えて欲しいと武は思った。

 こんな奴らを警察は捕まえられないのかと、自分が刑事であることに嫌気がさしてくる。


「だから今日処理しなかったら、建物は爆破されて被害が出る。もし昼間とかだったら大勢の死者が出るわよ」


 ホワイトウィッチの言う通りだ。

 しかし、武はその言葉に疑問を覚えた。なぜ今日なのだろうか。


「ちょっと待った! さっきトラックを爆破したよな。だったら奴らの計画は潰れたんじゃ?」


 トラックを爆破された以上、爆薬の運搬に時間が掛かるはずだ。

 今から県警に連絡すれば前尾たちを抑えることができるはずだ。爆薬の正体も判明したのだから、県警が調べれば未然に爆破は阻止できるはずだ。

 しかし、ホワイトウィッチの口からは信じられない言葉が出た。


「あれは()()よ。本物は、既にどこかで陸揚げされてる」

「何で分かるんだよ?」

「考えれば分かるでしょ? 森岡――私が競馬場出会っていた男から情報が漏れていることには気づいているはずなのに、トラックの守りが甘すぎる、あれが偽物だってことくらい想像がつくわよ」

「じゃ、偽物だと知っていて埠頭に来たのか?」

「奴らを油断させるためよ。計画が阻止されたから二度と現れないと奴らに思わせるために……あそこまで追い詰められるとは思ってなかったけど……」

「ちょっとまて、俺だって奴らに殺されかけたんだ。今なら警察だって動ける。署に来て証言をしてくれれば……」

「本当にそれで上手いくと思う? ハッキリ言うけど、警察の中にも奴らの手先がいるのよ」


 それを聞いた武は思わず固まった。とても信じられない。


「まさか、ただ決め手が無いから警察は奴らを逮捕できないとでも思ったの?」


 正論だ。

 これほどのことをやらかしているにもかかわらず、どうして県警のマルボウが何もやっていないのかと。

 昔、海外の警察がマフィアに買収され、捜査状況をうやむやにされた話は聞いたことはあるが、まさかこの日本で――確かに警察の不祥事の話は時折出るが――そんなことはあるのは小説か映画くらいだとしか思っていなかった。

 でもそれが事実なら自分が報告したところで何も事態は変わらないことになる。


「……だけど、お前を見逃すわけには……」


 とはいえ、犯罪者でも死人が出ることを分かっていながら見逃すことを了承しても良いのだろうか。刑事として人間として。


「じゃあ、私を逮捕して大勢の死人を出すの? それとも私を見逃して大勢を助けるの?」


 そんなこと選べるはずがない。今から県警に連絡して阻止すればいいのだが、彼女の言う通り、県警に前尾の仲間が居たら、何かと理由をつけて動かない可能性がある。

 それに今の武は単独で動いている「命令を無視した奴の言うことなど聞けるか」など言われたら反論は難しい。

 悩む武をよそに、ホワイトウィッチは運転席側へ乗り込んだ。


「谷さんの仇は必ず取るわ。貴方はこれ以上関わらないで」


 そう言ってホワイトウィッチはレッドスピーダーのドアに手を掛けた。

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