11話 銃弾は語る 第2章END
トボトボと武は刑事部屋へ戻り、自分の席に座ると、両肘を机に置き、組んだ両手に額を当てて目を閉じた。
「おい、大丈夫か大下?」
鹿沼が声を掛けるが、武の耳には入っていない様子だ。
松崎も武を心配そうに見ているが、どういえばいいのか言葉が見つからず、ただ沈黙するだけだった。
当の武は、自分の席に座りながら、あることを考えていた。
それは――
谷は第三者に撃たれた。
――という仮説だ。
誰かがホワイトウィッチの使う銃弾と同じ物を使って谷を撃ったとすれば、谷がホワイトウィッチに対する恨み言を言わなかったのも、競馬場で見せたホワイトウィッチのあの表情も説明がつく。
思い出してみれば、ホワイトウィッチが使う銃弾・レンジャータロンのライフルマークは、まだ全て調べ終わってはいない。後にこの仮説が正しいか分かるはずだ。
問題は仮説が正しかったとしても、肝心の犯人の検討が付かない。
谷を恨んでいる可能性がある人間をリストアップするだけでも頭が痛くなる程だろう。
せめて何人かに絞ることができれば、と考えていると、刑事部屋のドアがノックされ、鑑識官が入って来た。
鑑識官はよほど緊急なのか、少し息を上げていた。
「お待たせしました!」
鑑識官は宮元の席の前に行くと、手に持っていた資料を机に置くと、宮元が資料に目を通し始めた。
「何とか全ての銃弾を調べ終えたんですが、妙なことが分かったんです!」
「妙なこと?」
「ええ、昨日襲撃した覆面の犯人たちから摘出された銃弾は、ホワイトウィッチのワルサーP99から発射された物で間違いありませんが、谷刑事から出た弾は、別の銃から発射された物だと分かったんです」
やっぱり別の銃か!
鑑識官の言葉を聞いた瞬間、武は鑑識官の方へ目を向けた。
「本当ですか⁉」
宮元も鑑識官の思いもよらない報告に思わず声を上げた。
鹿沼と松崎も宮元の声に反応して宮元の席へ向かった。
「間違いありません。同じ9ミリ口径のレンジャータロンですが、谷刑事の受けた銃弾だけはライフルマークが一致しなかったんです。それも特注らしく、該当する銃が見つかりませんでした」
「他の拳銃をホワイトウィッチが使ったんじゃないですか?」
「それは無いよ、隆太」
松崎の問いを武は否定した。
武は椅子から立ち上がり宮元の席に近づいた。
「あの時、あの女は間違いなく右手にしか銃を持ってなかった」
襲撃の時にホワイトウィッチが握っていた拳銃はワルサーだけだった。それは武自身が一番よく知っている。
それにわざわざ谷だけ別の銃を使って瞬時に仕舞うとは考え難い。むしろ無駄なことだ。
鑑識の報告によって、武の仮説が正しかったと証明された。
武がそう考えた時に鑑識官が武に尋ねた。
「それと大下刑事?」
「なんですか?」
「確か谷刑事が撃たれた時、ホワイトウィッチは正面にいたと聞きましたが?」
「そうです」
「やっぱりそうなんですね。谷刑事から見て正面より左の方向から発射された弾を受けていたみたいなんです」
武を除く、その場に居る課員全員が驚きの声を上げた。
「オヤッさんから見て、左?」
襲撃現場の状況の記憶を手繰り寄せた。
谷に銃を向けるホワイトウィッチ。その左後方に何があったか。次第に武の頭の中に当時の状況が蘇ってきる。
そこにあったのは運河を跨ぐ橋、その上にあったのは1台の車が止まっていた。
黒いセダンだ。
距離は約30メートルで、決して相手の顔や車の詳しい車種も確認できない距離ではないが、その時はそこまで冷静に状況を把握できなかった。
「まさか、あの車から!」
「どういうことだ、大下?」
宮元が武に訊いた。
「現場から少し離れた所の橋に黒ぽい……車が停まっていました」
「本当か⁉」
「間違いありません課長! あそこからなら」
「それともう1つ、谷刑事の体内から銅の粉のような物が検出されました」
「銅の粉?」
鑑識官の報告に武と宮元が声を揃えて言った。
「ええ、一撮みより少し多いくらいの量ですが、銃弾の周りなどに付着していました。なぜそんな物が体内から出たのか?」
銅の粉については鑑識官も分からないままだった。
すると部屋のドアが開き、菅原と安藤が慌ただしく入って来た。
「課長、オヤッさんについてなんですが」
菅原が言った。
「何だ?」
「偶に県警の記録保管庫から黒富士組についての情報を色々無断で調べていたみたいなんです」
「何だと?」
「他にも情報屋からも色々黒富士組に関する情報を集めていたことが分かりました。どうやら息子さんのこと、諦めていなかったみたいです」
「じゃあまさか、襲撃現場で谷さんを撃ったのは、それを目障りに思った黒富士組の誰か……ということでしょうか?」
鹿沼が宮元に向けて言った。
本当の犯人は黒富士組に居る。
「だとしたら、課長、黒富士組を洗いましょう!」
何が何でも谷の仇を打ちたい武は、声を上げて言った。谷の息子を殺した上に谷自身も殺した暴力団を野放しにする理由は無い。
しかし、宮元の口から出たのは思いもよらない言葉だった。
「待て。黒富士組は県警の事件だ。我々は手出しができないのは知っているだろ。それにお前は捜査から外されている!」
「課長⁉」
「冷静になれ大下。黒富士組の犯行という証拠は何処にも無い。それに今のお前では事態を悪くさせるだけだ‼」
「仲間が殺されたんですよ‼ それでも何もしないんですか⁉」
「これは命令だ、大下‼」
また命令。
できることならその言葉に今すぐに唾を吐いてやりたい気持ちだ。
「それよりお前には始末書があるだろ。それを早く済ませろ!」
それ以上勝手なことをさせまいと、宮元は武にさらに命令を出した。
勝手な行動を取ったのは紛れもない事実、始末書を書くのは当たり前だ。恐らくその後も何らかの処分が下ることも武も理解している。
一番納得できないのは、犯人の糸口が見えているのに何もできないということだ。
宮元に反論できる言葉が思いつかずトボトボと武は自分の席に着いた。
第二章「単独」END