1話 刑事たちの夜
殆どの人々が寝静まる深夜。
建物に明かりが灯っているのは、交差点の角にある24時間営業のコンビニエンスストアくらいだろう。
コンビニの側面にある駐車場に、シルバーのセダン車が1台、コンビニを背にする形で停まっていた。
「まだ来ねぇのかよ!」
セダンの中に居たのは武と谷だ。
張り込みで向こう側にある、『富黒自工』と看板を掲げた自動車修理工場を見張っている。
自動車修理工場は、鉄製の頑丈なプレハブ建てで、2トントラックがすっぽり入るくらいの大きさのシャッターが2つ並んだピット室。
シャッターの左隣は事務所だろうか、ガラスがはめられた両開きのドアが隣接している。
さらに工場には、事務所とシャッター全体を見渡せる様に監視カメラが設置されていた。
「素が出ているぞ武。刑事はどんなときでも粘り強くちゃいかん」
運転席に座る谷が、武に注意した。
武と違い、長時間の張り込みにも慣れているだけあって、表情に苛立ちはほとんど感じられない。
「犯人が粘り強くちゃ、たまらないですよ」
全く動きがないことに苛立ちを隠せない武は、冗談を交えた言葉を谷に返えした。
「オヤッさん、ガセじゃないですかこのネタ?」
「あいつのネタだから間違いはない。毎週決まって0時に前尾組の幹部が様子を見に来るらしい」
谷が手に入れた情報によると、この工場で武器の密造が行われているということだ。
だが、本当に暴力団が武器を密造していたとしても、銃刀法違反で逮捕することは可能だが、頭を逮捕しない限り、いくらでも人員を入れ替えて密造を続ける可能性はある。
今夜はその命運を分ける大切な張り込みだ。
「そうですか」
武はシートに深く座り込み素直に谷の言うことを信じた。
谷の言う〝あいつ〟とは、谷に長年、様々な情報を与えてサポートしているベテランの情報屋だ。
武もそれは理解しているので、それ以上は何も言わなかった。
「でも2時間も遅刻って、俺が女だったらフッてますよ、そいつを」
「はは……」
武の冗談に谷は苦笑いをした。
すると、工場のシャッター前に1台の黒いセダン車が止まり、中から1人の男が下りてきた。
年齢は40代前半、高級そうな黒スーツにワインレッドのシャツ、金のネックレスをかけ、富士額の髪をオールバックにし、少したれ目をしている。
「あいつですか?」
「間違いない、加藤だ」
男は、黒富士組系・前尾組・幹部の加藤。
捜査資料で既に顔は把握しているため間違いない。
加藤は工場の裏口へ回った。
「行ったぞ」
谷がマイクを置くと、懐から拳銃を取り出し、シリンダーを開けて弾を確認した。
谷の拳銃は、S&W M37。5連発式のリボルバーだ。
武も懐からオートマチック拳銃を取り出しスライドを引くと、排莢口からマガジン内の弾を確認、スライドを離し撃鉄をゆっくり戻した。
武の拳銃は、シグザウアー P230JP。主にSPや皇宮警察、機動隊などで使われているが、一部の所轄にも支給されている。武の居る白摩署もその内の一つだ。
工場内――
加藤を含め10人。アロハシャツを着た、いかにもチンピラ風の男や、頭を様々な色に染め、ピアスをしている不良学生風の男たちがいた。
その手には組み立てる途中の拳銃やサブマシンガンがあり、密造しているのは明白だ。
「警察です!」
モニターを見ていた組員が叫び、工場内が一気に慌てふためいた。
そして裏口を見張っていた組員が裏口の鍵に手を掛ける。
囲まれていることを考えた加藤が「待て!」と叫んだが、既に手遅れだった。
裏口の鍵を開けてしまい、勢いよく開いたドアから警官2人の手が伸び、組員が引きずり出されてしまった。
「警察だ! 全員動くな!」
入れ替わりに工場に入って来たのは、武と同じ白摩署の鹿沼と松崎、その後を管原たちが続いた。
鹿沼たちの手には拳銃が握られている。
その中で不良の1人――背は低いが肥満体――が事務所へ通じるドアへ走り、その後ろを加藤が続いた。
鹿沼の警告を無視して不良がドアに手を伸ばそうとすると、突然ドアが開き、向こうには、拳銃を構えた武が嘲笑う表情で立っていた。
「はい、逃げようとしても無駄ぁー。大人しくしな」
武の後ろには、谷と制服警官たちが立っていた。
拳銃で「中に戻れ」と命令するように拳銃を縦に振り、不良は頷くと――
「――邪魔だ!」
加藤が不良を肩で体当たりをして突き飛ばした。
巻き込まれた武たちは、ドミノのように倒れた。不良の肥満体が容赦なく武に圧し掛かり、身動きが取れない。
その隙に加藤は、ドアの横にあったカウンターを乗り越え、逃げてしまった。
武が足を使って肥満体の重い不良の体を退かし、加藤の後を追いかけた。
事務所の外に飛び出ると、加藤は自分の車で逃げて行った。
武は自分の覆面車へ猛ダッシュ。事務所から出てきた谷も武の後へ続いた。
街中の大通り――
武が運転する覆面車は加藤の車を捕らえた。
アクセルを踏み込み、徐々に加藤の車との距離を縮める。
さらに武の覆面車の後ろからもパトカーがサイレンを鳴らし、赤色灯を点灯しながら走っている。
偶然、近くを巡回していたパトカーが武たちを見つけ加勢に来たのだ。
「逃がさねぇぞ」
もう少しで捕まえられる武はそうだ。
すると――
加藤は隣を走っていた車に発砲した。
銃弾を受けバランスを崩した車は、何とか体制を立て直そうと蛇行の末、一車線を塞ぐように横になる形で止まってしまった。
「まずいぞ!」
谷が思わず声を上げた。
武は咄嗟にハンドルを切り、車を避けることができたが、猛スピードで急ハンドルを切ったため、覆面車は蛇行しコントロールを失った。
このままではどこかにぶつかってもおかしくはない状態だ。
「なめんだよ!」
ハンドルを握る武は、冷静に状況を把握すると、パーキングペダルを踏み、後輪をロック、わざと覆面車をスピンさせ、後ろ向きにすると、今度はバックで走らせ、勢いをつけ、急ハンドルで再び覆面車をターンさせ、覆面車を立て直した。
「我々は追跡を続ける、その車を頼むぞ」
『了解しました』
谷が無線で後ろを走っていたパトカーへ連絡を入れ、ホッと息をついた。
武の無茶な運転はさすがに堪えたようだ。
「相変わらず無茶するな、また非番の時か?」
「えぇ」
武は笑顔で答えた。
実は中学の同級生が所属しているスタントチームのところへ行くことがあり、最初は見学だけだったが、試しに武が運転したところ、今ではスタントチームのショーにも参加するほどの腕前に成長してしまった。
だが、白摩署の中でそれを知る者は、谷と親友の松崎しかいない。
「バイクで後輪を上げる、ジャックナイフっていう技も教えてもらいましたし、そうそう車の片輪も走行も習ったので、今度やってみましょうか?」
「……いや、遠慮する」
谷は首を左右に振った。武の腕は本物だと自覚しているが、そんなことをされたところで、この先短い寿命が縮むだけだ。
武の覆面車が、再び加藤の車を捉えた。
加藤も相当焦っているのだろう、武たちの覆面車をミラー越しに睨んでいる。
それが運の尽きとなるのだが。
よそ見していた所為で路上に駐車していた車に突っ込んでしまった。車は衝撃でフロント部分は大破し、白煙が上る。
その近くに武の覆面車が止まった。
「あーあ、やっちゃった」
武が呆れた口調で言うと、覆面車を降り、加藤の車を覗いた。
ドアが勢いよく開き、額から少し血を流しながらも加藤が降りてきた。
その加藤の腕には、拳銃が握られている。
武と谷が拳銃を構える。
「銃を捨てろ!」
「これ以上痛い目見る前に降参しな! っていうか怪我した頭、痛いだろそれ、大人しくしてなって!」
武の冗談交じりの警告
それが癇に障った加藤は、「うるせぇ‼」と言って、武に拳銃を撃った。
加藤の放った銃弾は、真っ直ぐ武に迫る。
撃たれる!
誰が見てもそう疑わない……のだが……。
「どこ撃ってんだよオッサン?」
そんな馬鹿な!? と加藤は目を見開いた。間違いなく銃弾は武を捉えていたはずだ。
加藤は続けて拳銃を撃つ。
しかし、銃弾は全く武に当たらない。
いや違う。
武が素早い動きで体を反らし飛んでくる銃弾を避けている。
これは武の特殊能力で、本人にも理屈は分からないが、銃を握り、標的に集中することで発動。身体能力が異常に高まり、飛んでくる銃弾を避け、動く標的にも百発百中を可能にする。
「どうなってんだ、畜生⁉」
加藤は空になった拳銃のマガジンを入れ替えようとするが、その隙に、すかさず武は拳銃を撃つ。
すると、加藤の拳銃が宙に弾け飛び、さらに武が放った銃弾は、宙に飛んだ加藤の銃に次々と命中。加藤の拳銃は空中でバラバラになった。
加藤は敵わないと悟ったのか、両手を上げ降参の意思を見せた。
「相変わらずのいい腕だな、武」
武の神業を見ても、谷が驚く様子は全くない。むしろ感心していた。
谷はすでに武の銃の腕前、そして銃弾をかわすことができる特殊能力についてすでに知っていたからだ。
武と谷は加藤へ近づき、谷が加藤に手錠をかけ、覆面車へと連行した。
その途中、加藤の重い口が開く。
「……貴様、何者だ?」
「俺か? 俺は白摩署の刑事だよ」
「違う! なぜ弾が当たらない⁉」
「オッサンの腕と銃が悪いんだよ。出来損ないの改造拳銃なんて流行らないモン使うから、当たるものも当たらないんだ。分かった? まぁ、頭を打ったのもあるかもね」
適当に誤魔化す武に対して加藤は何も言い返せないまま、覆面車の後部に乗せられた。