5話 密会
女とスーツの男は地下通路にいた。
地下通路の横の広さは数メートル、高さは大人がジャンプすれば余裕で手が届く程の高さだ。
誰かが入ればセンサーで点灯する仕掛けになっており、2人が入ったことで、今は明かりが点いている。
この通路は物資などを運ぶ為の通路なのだが、それ以外は使われることがないので、今は人気の無い、寂しい場所だ。
「どうして、ここに?」
女はスーツの男に尋ねた。本来なら取引は観覧席で行うはずだったからだ。
「最近監視の目が厳しくて、何処で誰が見ているか分からないからな。ここは安全だ」
スーツの男には自信があるようだが、女の方は森岡の意見に納得できなかった。確かに観覧席には誰が監視しているか分からないが、人ごみの中の方が逃げるときに都合が良いのも事実だ。
人気の無い地下通路は、密会には適しているかもしれないが、出口が限られているため、もし敵がこの場所を知っていた場合、待ち伏せされる危険性が高い、相手にとっても人目を気にせずに自分たちを殺せる絶好な場所ともなる。
女は内心、スーツの男が裏切ったのではと警戒した。そういうことなら、ここに来るように仕向けたのも納得がいくからだ。
あるいはそこまで男が考えていないだけなのか……。
「それで、LSB0の入る時間は掴めたの?」
男のことは気になるが、一応取引である情報を聞き出そうとする。
「その前に金だ?」
女はムッとしたように少し眉を顰め、渋々ショルダーバッグから金が入った封筒を取り出し、スーツの男に渡した。厚さからして数百万円は入っているだろう。
スーツの男は封筒を開けると、金をパラパラと弾いた。
金を数えているのではなく、単に小細工で札束の間に新聞紙や白紙などの偽札が混ざっていないかを確認しただけだ。見たところ全部本物のお札だ。
女はそのまま持ち逃げするのでは、とさらにスーツの男を睨みつける。
「いいだろ。18時に白摩埠頭に到着する。それで警備状況だが――」
スーツの男が情報を女に伝えようとした時だ。
「――まだしゃべるか森岡?」
突然の声に、女とスーツの男――森岡は声のする方へ顔を向ける。
すると、声の主が階段から現れた。
「俊山の兄貴‼」
森岡が声を上げた。
現れたのは前尾の部下で森岡の兄貴分にあたる俊山だ。
徐々に近づいてくる俊山に森岡は動揺し、逃げ出そうと振り返る。
だが森岡と女の後ろにも既に別の組員が1人立っていた。通路の横にあった小さな空間に隠れていたのだろう。
やはりこの場所で会うことを予想されていたのだ。
挟み撃ちにされた状況に、身の危険を感じた森岡は懐の拳銃を抜いて俊山へ向ける。
身内とはいえ、裏切ったことがばれた以上、容赦なく殺されるからだ。
しかし、火を噴いたのは森岡の拳銃ではない。森岡の後ろに居た組員の銃だ。
「うぅ‼」
森岡は背中を撃たれ地面に肘を突く。
なんとか抵抗しようと、今度は自分を撃った組員に銃を向けるが、組員に銃を蹴られてしまう。その拍子に拳銃は俊山が下りて来た階段近くまで転がって行った。
さらに追い打ちをかけるように俊山が森岡の顔を蹴り、地面に横たわった。
俊山は懐から拳銃を抜くと、森岡に向けた。
「この鼠が!」
俊山は躊躇なく引き金を引いた。
それを見た女は、森岡の様子を見て、森岡が自分を裏切っていなかったことと、情報を聞き出していたことに確信を得た。
女は森岡が撃たれる前に咄嗟に壁の方へ移動していたため撃たれることはなかったが、俊山たちが素直に見逃すはずがない。
俊山の銃が女の方へ向けられた。