10話 刑務所
白摩署の会議室では、武が県警の捜査一課の橘と西嶋に昨晩の出来事を話していた。
「それで、撃った相手に心当たりは?」
橘が武に訊いた。
「1人だけ居ます。天王会に属する北野組の元組員の勝田、って男ですよ」
「何故そう思う?」
「昨日、射殺された直人……片平という男と、自分は少し関係がありまして、それ繋がりで勝田なんです。ただ奴は……今刑務所に居るはずなんですが……」
「おいおい大下君、刑務所に居る人間が、どうやったらキミやその……片平って男を撃てるんだ?」
「直接本人がやったとは限らないでしょ? 勝田が外部の人間に協力してもらった可能性も」
「待ってくれ大下君、松崎刑事との因果関係の可能性もあるし、無差別に襲っている可能性も有るだろう。そう一方的にならないでくれ」
「……すみません、橘さん」
武は申し訳なさそうに肩をすくめた。
片平のことで、自分が狙われるのでは? という考えに縛られ、他の可能性を考えていなかった。
もっと考えてみれば、陰ながら黒富士組にも狙われている身なのだから、その線の可能性も有る。
「まぁいい。いずれにせよ、ライフルマークの結果が出ればハッキリするだろう」
「はい……」
刑事部屋に戻った武、その後ろを橘と西嶋がついて来る形で部屋に入る。
既に鑑識官が居り、武たちに発砲した時の銃弾の分析資料を持って立っていた。
「お疲れ様でした。ちょうど昨夜の銃弾の鑑識結果が出ましたので」
武を含む鹿沼と飛馬、松崎が鑑識官の報告に耳を傾けた。
菅原と安藤は、未来のガードで居ない。
「大下刑事と松崎刑事を撃った拳銃は、片平と小野田殺しの銃と同一であることが分かりました」
宮元が鑑識官から資料を受け取る。
「だけど、どうして松崎が狙われたんですかね?」
「狙いは俺だよ、飛馬。隆太は巻き込まれただけ」
「狙われる心当たりでも?」
「あるよ。8年前に、俺と直人……片平が関わった事件、その主犯の勝田が、俺たちに復讐しようとしているんだ」
武が狙われたとなると、勝田が関わっている可能性が高くなる。
「待て、勝田は服役中だろ⁉」
「それを調べるんですよ、課長」
武は自分の席に置いてある上着を取ると、そそくさと部屋を出て行った。
「大下君、待ってくれ」
「おい、橘!」
西嶋が止めるのを聞かずに、橘は武を追って、刑事部屋を出て行った。
刑務所の所長室に居る武と橘。
収容しているはずの勝田について話を聞くためだ。
しばらくすると、刑務所長が記録のファイルを持って来た。
「お待たせしました。勝田 幸三ですが、2週間前に仮釈が認められています」
「何だって⁉」
武が思わず声を上げた。あんな男に仮釈を認めるなどありえない。
「ちなみに、勝田は今どこに?」
「それが……」
橘の質問に、所長が言葉を詰まらせた。
それを見た武が目を細めて所長を睨む。
「まさか……行方不明じゃないでしょうねー⁉」
「……その…………えー……」
所長はハンカチを取り出すと、自分の汗を拭き始めた。
そのリアクションで分かる。勝田は行方をくらましている最中だ、と。
「そもそも、何であんな奴の仮釈が認められたんですか……?」
武は所長に圧を掛けるように、睨みながら訊いた。
「条件は満たしていたので、仮釈放しても問題無いと判断しまして……」
武の睨みはさらに鋭くなった。勝田の罪状で仮釈放が認められるとは、考え難い。
そうなると考えられるのは、家族など大切な人が人質になっており、仕方なく仮釈放を認めた。あるいは――
「――幾ら貰いました?」
「なっ‼ ななんですかそれは⁉ い、いくら刑事でも、そんな不適切な発言許しませんよっ‼」
明らかに動揺している所長に武は確信を持った。やはり賄賂で仮釈放を認めさせたんだろう。
「許されないことしてる奴が言うんじゃねぇよ……?」
「よせ、大下君」
武と橘は立ち上がった。
「一つ言っておくけどな、お宅の欲張りのせいで、更に被害者を出したかもしれないんだぞっ⁉」
「何ですって⁉」
うろたえる所長に橘が更に続ける。
「射殺事件が起こりましてね。その犯人の重要参考人が勝田なんですよ」
「そのうえ、自分も銃撃されましてねぇ。その時に仲間の刑事も巻き込まれました」
「……」
所長はバツが悪そうに武たちから目を逸らした。
そこへ武が近づき、所長の耳元で囁いた。
「……ただで済むと思うなよ」
それだけ言うと、武と橘は所長室を後にした。
「黒で間違いないですね、あの所長?」
廊下を歩く武が橘に訊いた。
しかし、橘にはまだ納得していない部分があった。
「大下君、概ねそれで間違いないだろうが、囚人の勝田がどうやって所長を買収したんだ?」
「……確かに……。やっぱり外部に協力者が?」
「どうやって外部と連絡を……それくらい工夫すれば何とかなるか」
「んっ!」
「どうした?」
「もしかして……ムショ仲間に……」
「ムショ仲間?」
「出所したムショ仲間に頼んだ可能性も。ちょっと調べてみましょう」
そう言うと、武は足早に刑務官に聞き込みを開始した。
その中で、勝田に関わった初老の刑務官を見つけ出した。
「勝田と仲が良かった囚人ですか?」
「誰か居ませんでしたか? 特に天王会関係で?」
「そう言われてもねぇ……」
「大事なことなんです」
刑務官が考えるが思い当たる人物は居ないようだ。
「ちょっと記録を調べてみましょうか。すぐにわかりますので」
武と橘は記録保管庫へ連れて行かれた。
刑務官がパソコンで記録を調べると、勝田と同じ檻の中に居た囚人も、天王会関係の人間も居なかった。
しかし、出所リストの中に記録されていたある人間の名前が目に入った。
「荒松組、周 一平……」
そう、前にレイと一緒に資金を横取りした黒富士組系の暴力団の組員の名前があったのだ。
まさかこんなところで繋がりがあるとは思っていなかったが、彼は天王会とは全く関係ない。
「1ヶ月前に釈放になっております」
「荒松組……一昨日例の二人組の被害に遭った組か」
橘が思い出したように言った。
「何かヤバい取引をしようとして、その金が盗まれたアレですね」
「そうなのか?」
(あれ……まだ情報解禁してなかったっけ?)
さすがに海外マフィアとの取引資金とは言えなかったのだろう、被害の詳細に関しては、県警もあまり把握していなかったようだ。
「そ、そういう噂を情報屋から聞いたんですよ……。確証は無いみたいですけど……」
「取引か……」
「恐らく麻薬か、それに代わる金になる何かだと思いますよ。――ってそれは置いておいて、他に居ませんか?」
「そうですね……」
その後も、黒富士組や天王会に繋がる暴力団関係の受刑者は大勢いたが、事件の前に釈放又は仮釈放で外に出た人間は、勝田と周を除いて他には居なかった。
「北野組だった勝田が荒松組に協力……考え難いな」
「そうですね」
首を横に振って否定する橘の横で、武は首を縦に振った。
勝田が居た北野組が属する天王会と黒富士組は現在進行形で犬猿の仲、とても周が勝田に協力するとは思えなかった。
武もその辺は把握しているので橘の考えに賛成だ。
結局、勝田の足取りの手掛かりは得られなかったが、刑務所から出たことは証明され、更に現在行方を晦ましているとなれば、勝田にも犯行は可能ということだ。