8話 不穏な動き
硲駅付近の喫茶店の駐車場に止まる武たちの覆面車。
「悪かったな、レイ」
「いいのよ武。刑事さんたちも仕事だったんだし」
「でも、いいのかここで?」
「ええ、電話で訊いたら、まだ先輩がここに居る、って」
レイが覆面車から降りると、1人の女性が近づいて来た。レイの先輩(本当は情報屋)だ。
武と松崎も、それぞれ覆面車から降りて、情報屋の女に顔を見せた。
「大丈夫だったの?」
「ええ、人違いだって分かったので」
「それは良かった」
「先輩、彼が大下刑事、私の友達で、もう1人が同僚の刑事さん」
「どうも」
武と松崎も情報屋の女に軽く頭を下げた。
情報屋の女も、武に軽く笑顔で手を振る。
「じゃあなレイ。今夜、電話するから」
「うん……」
レイが返事を返すと、武は覆面車に乗り込み、その場から離れて行った。
武たちを見送ると、情報屋の女がニヤニヤしながら横目でレイを見る。
「なに?」
「なかなかいい男じゃないの、あなたの彼?」
「だから、違うって……‼」
必死に否定するレイを、情報屋の女は、まるで可愛い小動物を見るかのように、ウットリしていた。
〇
白摩署の刑事部屋に帰った武は、硲署の出来事を宮元に報告していた。
「それじゃ、人違いだったのか」
「はい……」
「そうか、残念だったな……。本物だったら、相当の手柄だったのに」
(本当は本人だったんだけどね……)
武は罪悪感から、あさっての方へ視線を向けた。
「しかし、武にあんな可愛い彼女が居るとはねぇ……」
再び、どす黒いオーラを放ちながら睨んでくる松崎。
「彼女じゃねぇよ、隆太」
「嘘つけ、最近こまめに有休取ってるのも、彼女とデートだからだろ⁉」
「……ギクッ‼」
武は図星をつかれ、ビクッ、と体を跳ね上げる。
さっきは否定したが、レイのことを意識すると、どうも胸が熱くなるのも事実だ。
「やっぱりぃ……」
再び血涙を起こす松崎。
それを見た宮元が、耐え切れずに2人を一喝した。
「喧嘩なら他所でやれっ!」
「すみません……」
武と松崎は瞬時に宮元に向けて頭を下げた。
時間が経ち、武は自分の席で片平を撃った銃のライフルマークの鑑識結果を待っていた。
すると、部屋のドアが開き、鑑識官が報告書を持って入って来た。
「大変ですよ、宮元課長!」
「どうした?」
「鑑識の結果、北野組の幹部殺しに使われた銃と、片平殺しの銃が同一だと分かりました!」
「本当か⁉」
「はい、ライフルマークが一致しました」
宮元は鑑識官から鑑識結果の資料を受け取った。
「――っていうことは、犯人は同一犯、ということか……?」
宮元の一言に、武も「やっぱり」というように深く頷いた。
しかし、それで疑問が浮かぶ。
「そうなると、片平と小野田がどう繋がるか、ですね?」
鹿沼の言う通り、片平と小野田が何処で繋がるかだ。
今のところ2人の接点は「北野組」しかない。
片平殺しに関しては、勝田の報復、という線もあるが、それだと8年も経った今になって行われた理由は何なのか?
もっと言えば、幹部の小野田が同じ銃で殺された理由が分からない。小野田が先に殺されているのだから、なおさら組の報復というのはあり得ないだろう。
全く答えが出ないままその場に居る課員のみんなが頭を抱えていた。
その時、武が口を開いた。
「心当たりは、あるんですけど……」
「何だって⁉」
「天王会系・北野組の勝田 幸三って言う男です」
「その男が片平とどう関係するんだ?」
宮元の問いに、鹿沼も説明に加わる。
「あの事件ですよ、課長。8年前に『麻薬を捌く』というタレコミで北野組の人間を逮捕した」
鹿沼の話を聞いて、宮元も思い出したのか「あー」と頷いた。
「まぁ、その売人にされそうになったガキが、自分と片平だったんですよ。機械の部品製造、って聞いていたのに……」
当時を思い出して愚痴をこぼす武。
機械製造の仕事なのに、呼ばれた場所が廃工場と、今考えてみれば本当におかしな話だ。
「待てよ。勝田は今、服役中のはずだろ? それでは勝田に犯行は無理だろ⁉」
宮元の言う通り、勝田は今服役中のはずだ。それは武も分かっている。
ただ、直接は不可能だ、という話だ。
「思ったんですけど課長。誰かに頼んで殺らせた可能性もありませんか?」
武が思いついた仮説は、誰かにやらせたのなら勝田が檻の中に居ても犯行は可能だ。
「だが、どうして今になってなんだ?」
「それは……」
それだけが分からない。
武は勿論、刑事部屋に居る課員全員が頭を傾けて考えた。
その時、武は鹿沼が言った、あるフレーズを思い出す。
「んっ! トシさん、タレコミ、って言いましたよね?」
「そうだ。匿名でタレコミがあって、それで勝田を現行犯で逮捕できたんだ」
「タレコミの相手は?」
「それが未だに分からないままなんだ」
それを聞いた武は、小野田が殺害された理由が分かったような気がした。
「もしも、タレコミをしたのが小野田で、勝田がそれを知ったとなれば……十分動機になりますよね?」
「それなら確かに……」
武の推理に鹿沼は勿論、他の課員たちも納得したように首を縦に振った。
「だが、あくまで状況証拠だろ。勝田が関わっていることが証明できなければ、何の解決にはならんぞ」
宮元の言う通り、これはあくまで武の推理。勝田が関わっていることが立証できなれば意味が無い。
再び刑事部屋に沈黙が走る。
すると、宮元があることに気づく。
「んっ! そういえば、飛馬はまだ戻らないのか⁉」
そう、刑事部屋に飛馬の姿が無いのだ。
「もしかして、まだ未来ちゃんの所に居るのかな? ちょっと電話してみて――あいつの電話番号知ってる人、電話して……」
考えてみれば、飛馬の電話番号を聞いていなかった。
というより、番号を聞ける雰囲気になったことが無かったのだ。
「俺が知ってるよ」
そう言って松崎が携帯電話を出した瞬間、宮元の席にある電話が鳴った。
「はい、白摩署刑事課」
『すみません、飛馬です』
電話の相手は飛馬だった。
「飛馬? 今まで何をやっていたんだ⁉」
『片平の妹さんが、なかなか落ち着かなかったので……。それで、念のために誰かをよこしていただけませんか? もしかしたら、彼女も狙われている可能性があるので』
「分かった。菅原たちをそっちに送ろう」
宮元は受話器を置いた。
「菅原、安藤、悪いが片平の妹の所に行ってくれ。場所は――」
「――聞いています」
「そうか頼む」
菅原は「はい」と答えて、安藤と一緒に部屋を出て行った。
「なぁ武?」
「何だよ?」
松崎が武の腕を引いて、刑事部屋の角に連れて行くと、松崎が気になっていたことを武にこっそり話した。
「……実を言うと、飛馬の奴がどうも怪しいんだ」
「……怪しい?」
「……なんだか、こっそり外に出て誰かと連絡取ってるみたいなんだよ」
「……相手は?」
「……そんなの分かる訳ないだろう。ただ、トイレの個室とか人目のつかない場所でコソコソ電話、ってのは……」
「……怪しいね」
「おいっ!」
「はいっ!」
怒鳴る宮元の声に、武と松崎が直立ポーズをした。
「コソコソ何を話しておる?」
「いやぁ……飛馬が片平の妹にチョッカイだしているのでは? と……」
「馬鹿もんっ‼」
松崎の冗談を聞き、再び怒鳴る宮元の声に、再び武と松崎が直立ポーズを取った。
〇
隠れ家に帰ったレイを野々原が出迎えた。
「お帰りなさい、お嬢様。お帰りが遅かったので心配しておりました」
「ごめんなさいジイ。刑事に目を付けられて、硲署まで……」
「よく出られましたね」
「武のお陰。幸い警察関係者で私の顔を知っているのは武だけだったから」
「それは良かったです」
サポート部屋のコンピューターの前に座るレイは、情報屋の女から受け取った香水のビンをバッグから取り出すと、香水の蓋を開けた。
本当にいい香りだ。
それはさておき、その蓋の裏にあるパッキンを、近くにあった細いマイナスドライバーを使って剥がすと、その裏から一枚のマイクロSDカードが出てきた。
秘密裏に情報を受け取るためとは言え、本当に変なところに隠すものだ。
マイクロSDカードをコンピューターに差し込み、ファイルを開くと、荒松組について新たな情報が記載されていたが、その中に気になることが書かれていた。
――資金の情報が意図的に外部に漏れていた可能性がある。
先日、荒松の資金を横取りした件だろう。
荒松組が海外のマフィアとの取引計画の資金ということを突き止め、それを横取りしたのだが、それが意図的に漏れていた、というのはどういうことか?
まだ詳しいことは調査中のようだが、荒松組の中で不穏な動きがあることも書かれていた。