6話 何でテンション高いの?
硲駅付近の喫茶店では、2人の女性が相席している。
1人は長い黒に近い茶髪に、水色のストライプのワンピースを着たレイ。
もう1人は長い茶髪の上に黒いつば広帽子を被り、黒の長いピーコートを着て、青い色のレンズのサングラスを掛けている。情報屋の女だ。
レイはハンドバッグから分厚い封筒を取り出し、情報屋の女に渡した。
「ごめんなさいね。今月金欠になっちゃって……それより――」
情報屋の女は、テーブルに両肘を突くと、にやけた顔をレイに向けた。
「――彼氏とは上手くいってるみたいね」
「彼氏じゃないですよ‼」
レイは少しだけ顔を赤らめる。
考えてみれば野々原の提案で、襲撃以外でも武と2人で出かける回数が増えた。
でも、男女が外出するのだから、それはほぼ交際なのではないか? とも言えるのだが。
モジモジするレイに、情報屋の女は「面白い」と和むような笑顔をした。
「もう照れちゃって。その髪色も彼氏の好みなんでしょ?」
「あっ、これは違う……」
確かに何時もなら本来生まれ持った金髪にするところだが、武の手配したにホワイトウィッチの特徴から少しでも外れるようにと、今日はこの髪色にしたのだ。
「まぁ、冗談はこの辺にして」
「……やっと本題ですか」
「実は……」
そう言うと情報屋の女は、自分のハンドバッグから、1本の小さなビンを取り出し、レイに渡した。
「これ、是非使ってみて」
レイはビンの蓋を開け、口の部分を鼻に近づけた。
ビンの中からフルーティーなジャスミンの香りが漂う。
「……いい香り」
「でしょ?」
「今度デートで使ってみて、彼氏の反応を見て見なさいよ」
「……っ、だから――」
からかう情報屋の女に反論しようとしたレイが、突然、目つきを鋭く変えた。
情報屋の女も何かを察したのか、目を細めた。
喫茶店に3人の強面の男が3人、色はバラバラだが、全員スーツを着ていて、見た目の印象は暴力団のそれだ。
3人組は、迷わずレイたちが座る席へ足を運んだ。
レイはハンドバッグに手を忍ばせる。
すると、男の1人が、自分の懐に手を入れた。
銃だろうか?
ハンドバッグの中にある催涙スプレーを掴んだ。
そして――
「硲署です」
男たちは、それぞれ懐から警察手帳を取り出し、レイたちに見せた。どうやら刑事らしい。
警察手帳には、階級と名前、都道府県警名が表記されている。
「警察が何の用ですか?」
情報屋の女が刑事の1人に訊いた。
「あなたではなく、彼女に用がありまして」
自称刑事たちの目的はレイのようだ。
「私に用、とは?」
「実は、手配中の女性に似ていると通報がありまして。署まで同行願います」
手配中の女性とは、恐らくホワイトウィッチ。武が作った似顔絵の所為だろう。
しかし、レイは動じない。
「一ついいかしら?」
「何ですか?」
「あなたの所属を教えていただけるかしら? 本物だと証明されたら、ついて行きます」
昔、谷から教わった偽警官の対処法。偽の警察手帳も出回る場合が多いので、この方法が一番効果的だ。
仮に所属を言ったとしても、そのまま担当の警察署に問い合わせば、すぐに化けの皮がはがれる。
偽刑事ならここで動揺するはずだ。
「いいですよ。我々は刑事課です」
自称刑事は、何のためらいもなく、レイに所属を教えた。
(あれ? もしかして本物?)
「ちょっと確認させてもらいます?」
「どうぞ」
自称刑事は全く動じる様子はない。
その後レイは、硲署の刑事課に電話し、自称刑事の警察手帳に表記されていた名前を問い合わせると、確かに存在する刑事。目の前に居るのは正真正銘の硲署の刑事だった。
「納得いただけましたか?」
「…………はい」
これはまずい。
逃げるにしても、この喫茶店は出口が一ヵ所しかない。
それにお店の監視カメラが、レイの素顔を記録している。下手に逃げたら、今度は映像から取った画像で手配されてしまう。
そうなると、今後の行動に大きな支障が出るだろう。
ただ、同時にレイには一つだけ希望がある。それは、武しかホワイトウィッチの素顔を知らないこと。
もし武が確認に来れば、何とかなるはずだ。
「仕方ないですね――先輩、また今度」
「それじゃあね」
渋々レイは刑事につられて喫茶店を出て行った。
喫茶店の外には、警察のバンが止まっており、警官が数人立っている。
その中に、女性の警官が1人居り、レイのボディチェックを終えると、レイを後部座席に座らせた。
〇
武と松崎は、片平が勤めていた自動車修理工場に居た。
この工場の社長と専務に、片平が殺されたことを話すと、社長たちは勿論、その作業員たちも驚いていた。
とはいえ、作業を休める訳にはいかないので、それぞれ作業に支障がない程度に武と松崎が話を訊いていた。
最後に専務に話しを聞くことにした。
専務は作業が滞っているのか、リフトで車を上げ、エンジンオイルの交換作業に取り掛かろうとしていた。
「片平がねぇ……」
「何でもいいんです。何か片平の周りで変わったことはありませんでしたか?」
武が専務の男に訊いた。
「そうだね……――おいっ」
専務は近くに居た、丸眼鏡の肉付きのいい体をしている作業員の男を呼んだ。
「ラチェットを持って来てくれ」
「わかりました」
作業員の男は、足早と言っていいのか分からない速度で道具を取りに行った。
「でも、片平にそんな様子はなかったね」
「では、誰かと揉めていたとかは?」
「それも聞かないね」
「そうですか……」
思った情報が手に入らず、武は肩を落とした。
すると、先ほどの作業員の男が戻ってきた。
「お待たせしました」
「遅かったじゃ――なんだそれ?」
作業員の男が持っていたのは、ラチェットレンチ――ではなく、1羽のウサギ。
それを見た専務は勿論、武と松崎も首を傾げた。
「えっ『ラチェット』って言ったじゃないですか?」
「それ、ラチェットじゃなくてラビット‼」
専務と一緒に武と松崎もツッコミを入れた。
「早く返してこい……。それじゃ、14のメガネ(レンチ)を持って来てくれ」
「……わかりました」
再び作業員の男は、足早(?)に道具を取りに行った。
「一体どっから持ってきたんだ……?」
専務が呆れていると、何かを思い出したのか、あっ、と声を上げた。
「そう言えば、片平の知り合いに……刑事が居る、って聞いたことがあるな」
「刑事? それってどこの?」
「確か……そう、刑事さんと同じ白摩署って言ってた。その人に訊けば何か分かるかも」
それを聞いた武は、申し訳なさそうに顔を引きつらせた。
「すみません。その白摩署の刑事って、多分俺です……」
そう言って武は、手を上げた。
「あぁ……、じゃあ、あとは分からないねぇ……」
「そうですか……」
気を落としたところで、作業員の男が戻ってきた。
「……すみません」
「遅かったじゃ――なんだそれ?」
作業員の男が持っていたのは、3つの眼鏡。
「3つしかありませんでした」
「何が3つだ⁉」
「だって『14のメガネを持って来てくれ』って……14個の眼鏡を持って来い、ってことですよね?」
「あのねぇ、メガネ、って言うのは、両端に12角形の穴があるレンチのこと‼」
何故か武が、作業員の男にツッコミを入れた。
「そうだ。なんでお前より刑事さんの方がよく知ってんだよ⁉」
専務も一緒になってツッコミを入れた。
それを聞いた作業員の男は「レンチ?」と首を貸してしまった。
「……大丈夫か、この工場……?」
武と松崎が、顔を引きつらせて呆れた。
〇
工場内での聞き込みを終えた武と松崎。
「結局収穫は無かったな……」
「ハァー……」
武はガックリと肩を落とした。
職場関係も良好で、殺害されるようなトラブルを起こすようなことは無さそうだ。
それだと、刑務所を脱獄した勝田が片平を殺した、と考えしか浮かばないが、それなら連絡が来るはずだ。
「しっかし、あの作業員よくクビにならないよな?」
「さっきの奴? 確かに……」
「もしかして、代わりが見つからないとか?」
「隆太、いくら何でもそれは――」
(代わり?)
そこで武はひらめいた。
勝田が誰かに依頼して片平を射殺したのではないか、と。
「隆太、俺はもう一ヵ所聞き込みをしてみるよ」
「課長には、職場の聞き込みだけ、って話だろ?」
「本当にあと一ヵ所だけだ」
「で、何処なんだよ。その場所は?」
「そこはな――」
場所のことを言おうとした時、武の携帯電話が鳴った。
「はい、大下」
『宮元だ。大下すまないが、硲署へ大至急向かってくれ』
「硲署ですか? どうして?」
『実は、例の魔女と思われる女を、硲署管内で発見して身柄を抑えたらしい』
「あぁそうで――えぇ⁉」
『コラッ! 大声を出すな!』
「すみません……じゃなくて、本当なんですか?」
『私も話を聞いた程度で、詳しいことは分からん。とにかく、素顔を見ているのはお前だけなんだ。確認を頼む』
「……了解」
武は電話を切った。
まさかレイが? と武は思ったが、
――似顔絵の件があるし、もしかしたら本物?
――でも、レイがそんなドジやるかな?
――もし本物だったら? 安定剤とか大丈夫か? 肌のメイクが落ちていたらどうしよう。
など、考えが二転三転し、不安が襲っていた。
ワタワタする武に松崎が訊いた。
「どしたん武?」
「エートエート……予定変更、硲署に行くぞ!」
「何で硲署?」
「課長の話だと、硲署で白魔女さんを捕獲したんだと!」
「えっ、マジ⁉ よし行こうっ!」
(なんでそんなにテンション高いんだよ⁉)