5話 黒歴史仲間
白摩団地のアパート――
2階建てで、6部屋はある割と新しめの建物だ。
その「102」号室の玄関から1人の男が出てきた。
男の年齢は20代後半。スポーツ刈りの髪型にがっちりした体型は、スポーツ選手のようにも見える。
「お兄ちゃん忘れ物」
男を追いかけて玄関から妹が出てきた。
妹の方は20代前半と若干の幼さを感じさせる顔立ちに、茶髪のショート、そして何より目につくのが、左の瞳が金色のオッドアイになっていることだ。
妹は「はい、これ」と弁当が入ったバッグを男に渡した。
受け取った男は礼を言って、自分の原付バイクが止まっている駐輪場に向かう。
駐輪場に着くと、男の正面に大型バイク――ハーレーに跨る一人のライダーが居た。
黒いライダースーツに素顔が見えないフルフェイスのヘルメットを被っている。
「何だ、お前?」
男がライダーに話しかけても、ライダーは全く答えない。
如何にも怪しいそのライダーに、男が警戒していると、ライダーはスーツのファスナーを下ろし、懐に手を入れた。
〇
白摩署の刑事部屋の電話が鳴った。
「はい、白摩署刑事課――」
電話を取ったのは宮元だ。
「――なに銃撃⁉ 場所は⁉」
宮元は現場の住所をメモに取った。
「銃撃ですって⁉」
鹿沼が宮元に訊いた。
「場所は白摩団地のアパート近くの駐輪場だ」
「白摩団地のアパート⁉」
武が声をあげた。
「何だ、何かあるのか?」
鹿沼が武に訊く。
「さっき言った黒歴史仲間が住んでるんですよ!」
そそくさと刑事部屋を後にした武。
鹿沼が宮元からメモを受け取り、課員のみんなも刑事部屋を後にした。
ただ1人だけ、飛馬だけは、何かを考えていたのか、足が止まっている。
「どうした飛馬?」
「……っ! すみません。行ってきます」
宮元に声を掛けられ、飛馬も刑事部屋を後にした。
〇
現場の駐輪場に着いた武たち。
駐輪場は既にイエローテープで封鎖され、その中で鑑識官が調べを進めている。その周りには、野次馬が集まり、警官が現場に近づかないように野次馬をガードしていた。
武たちの姿を見て、警官の1人が武たちに近づき敬礼をした。
「ご苦労様です」
「被害者は?」
武が警官に訊いた。
「この団地のアパートに住む、片平 直人という男性です」
「……やっぱり……」
「知り合いか?」
「トシさん、俺の黒歴史仲間ですよ」
「あぁ……」
「目撃者は?」
「こちらです」
警官は、武たちを駐輪場近くにある駐車場に止めてあるパトカーまで連れて行く。
パトカーの中には、60代くらいの老眼を掛けた白髪が目立つ男が後部座席に座っていた。
「どうも、白摩署の大下と言います。それで、何があったか教えていただけますか?」
武が目撃者の男に事件のことを詳しく訊いた。
話によると、駐輪場にバイクに乗ったライダーが、片平を銃撃し、そのまま走り去ったという。
ライダーはフルフェイスのヘルメットだったため、顔までは分からないらしい。
「バイクのナンバープレートは見えませんでしたか?」
「ええ……。ただ、バイクは黒の大型のバイクだったねぇ……」
「メーカーとか分かりますか? そうじゃなくても何か特徴とか? 例えば、何かマークとか、絵が描かれていたとか?」
「さぁ……?」
目撃者の男は首を傾けた。
「……どうも」
目撃者を見送ると、武は他の課員の方へ顔を向けた。
「防犯カメラ探してみますか」
まずは捜査の基本、防犯カメラの映像から犯人の手掛かりを探すことから始めようとした武だが、鹿沼が気を利かせる。
「大下、お前は病院に行ってくれ」
「でも……」
「構わん」
「すみません」
鹿沼の好意で武は病院へ向かうため、覆面車の方へ歩いた。
「待て、俺も行く」
武に声を掛けたのは飛馬だ。
「なんでお前が来るんだ?」
「いいだろ別に……」
そう言うと飛馬は足早に覆面車に乗り込んだ。
「どういう風の吹き回しだ?」
〇
武たちは片平が運ばれた白摩総合病院に来ていた。
手術室前の前に来た武と飛馬。その手術室の扉の近くにある椅子に座る直人の妹が居た。
「未来ちゃん……」
「……大下さん」
直人の妹――未来の顔は相当泣きはらしたのか、目元が赤く腫れていた。
「……お兄……ちゃん……が……」
未来は両手で顔を覆うと、再び泣き出してしまった。
本当は何か慰めの言葉でもかけてあげたいが、それでは最悪の事態になった時のショックが大きくなってしまう。
すると、「手術中」のランプが消えた。
未来が椅子から立ち上がると、やがて手術室の扉が開いた。
ストレッチャーが手術室から出てくると、その上に横たわる直人が見えた。
その顔に生気が感じられない。
手術室から医師が出て来た。その顔はとても暗い。
「手は尽くしましたが……」
その一言で分かる。直人はもう……。
「お兄ちゃん……‼」
それを理解した未来が泣き崩れてしまった。
(くそがぁ……‼)
武は歯を食いしばる。
「これが銃弾です」
武は医師から、3発の銃弾が載ったステンレスの膿盆を受け取った。
(まさか……?)
武は銃弾を睨んだ。
大きさから、恐らく弾は45口径。鬼柳を撃った時に使われた佐久間の銃と同じ口径だ。
(まさか、佐久間が直人を……?)
そう考えたが、すぐさまその案は否定された。
口径が同じ銃は他にも存在する。何より、佐久間が片平を殺す理由が無いのだ。
「飛馬、弾を鑑識に届け――」
――るから、と言いたかったが、その前に飛馬の言葉が遮った。
「――俺が彼女から話を聞く。お前はそれを鑑識に持って行ってくれ」
「お、……おう」
何故か飛馬に言おうとしていたことを先に言われてしまい、武は唖然とした。
〇
武が白摩署の刑事部屋に戻ると、鹿沼が今の段階で分かっていることを宮元に報告しようとしていた。
「今戻りました」
「飛馬はどうした?」
宮元が武に尋ねる。
「飛馬は未来ちゃ……片平の妹の所に居ますよ」
「ほー……万が一に備えて遺族を護衛するとは、さすが飛馬だな」
(勝手な解釈で感心しないでくださいよ、課長……)
宮元の謎の納得に、武はそう思った。
確かに考えてみれば、犯人の目的が片平兄妹ということなら、飛馬が未来の側に居るのは〝護衛〟という形になる。
武が納得できていないのは、飛馬が妙に積極的だったこと。とても護衛だけが目的とは思えなかった。
「とりあえず、ガイシャから摘出された弾を鑑識の方に回しました。――それでトシさん、犯人に繋がる収穫は?」
「見つけたカメラの映像は全部確認したんだが、フルフェイスのヘルメットで顔は確認出来なかった。ナンバープレートも映像が荒くて……」
「手掛かり無し、ってことですね」
「そういうことだ……」
鹿沼はガックリと肩を落とした。
防犯カメラがあるのに、何故かまともに犯人を写した映像が無い。
鹿沼の所為ではないが、ここまで来ると本当にガッカリだ。
鹿沼は宮元に向き直すと、近所で聞いた片平の評判についての報告を始めた。
とはいえ、武と同じで8年前の北野組の件を除いて、何か警察に関わるようなことは確認出来なかったようだ。
「アパートの住人に訊いても、トラブルを起こすような印象は無かったみたいです」
「それじゃあ、ガイシャが誰かに恨まれていたわけじゃないのか?」
(居るには居るけどね、1人)
武は即座に勝田の顔を浮かべた。片平に対して殺意を持っている可能性が高いのは、勝田しかいない。
しかし、その男の仕業である可能性の方が非常に高いのだが、事実、刑務所に居るのだから犯行は不可能だ。
「課長、片平の職場に行って、色々訊いてみます。何か分かるかもしれないので」
「おい待て大下。お前はここに居ろ」
宮元が武を止めた。
「どうしてですか課長?」
「お前は身内のことになると、すぐ暴走するだろう?」
「今回はしませんよ。犯人が分からないんですから。とにかく、片平の職場の聞き込みが終わったら、すぐに帰りますから。――隆太、一緒に来てくれ」
「おい待てよ、武」
武は自分の席の上着を取って刑事部屋を後にした。
「すみません、行ってきます」
松崎は宮元に頭を下げると、武の後を追って刑事部屋を出て行った。
「まったくあいつは……」
宮元は呆れて溜息をつくと、椅子に深く座る。