13話 デート 12章END
夕方になった頃、武は白摩署の屋上に居た。
定時連絡で、無事に刑事に復帰することが出来たことをレイに報告している。
「ということで、大戸野は懲戒免職処分になったよ」
『良かったわね。これでしばらくは安心かしら』
「ただ、ほんのちょっとだけ同情するけどね」
『どうして?』
「一応、大戸野を嵌めるような結果にはなったし、それに関してはだけど」
そう、事実大戸野が言っていたことは、殆ど的を射ていた。
部下からの人脈があれば、もしかしたら本当に正体がバレていた可能性もある。
『そうね……。ところで、その後の進捗は?』
「ICPOからの情報で、県警がクリーナーの身元を割り出したよ。問題は鬼柳を殺した奴、ICPOが掴んでいないだけか、クリーナーとは無関係なのか全く情報が無い……となると、黒富士組の人間、ってことだよな……?」
『犯人の顔は覚えてる?』
「勿論。年齢は40代くらい、大柄で、黒縁の眼鏡にオールバックの髪型だったよ。ただ、やっぱり写真がないと確証が……」
『もしかしたら、知ってるかも!』
「何だって⁉」
その特徴に合う可能性がある人物に、レイは心当たりがあった。
『今夜9時に駅前のカフェに行くから、その時に見せるわね』
「分かったよ。それと、もう一つ気になったことがあるんだ」
『なに?』
「その、鬼柳を撃った男なんだけど、俺が撃った弾を避けたように見えたんだ」
『気のせいじゃ……いいえ、確かに気になるわね』
能力を発動している武が狙いを外したことは一度もない。
レイもそのことはよく知っているので、少し気掛かりだった。
それに、武のファイブセブンの弾薬は、秒速でおよそ700メートル、拳銃弾の倍近い初速が出る。
そんな弾を避けるなど、余程のまぐれがない限り不可能だ。
『もしかして、武みたいに能力持ちだったりして』
「あるのかそんなこと?」
『私に訊いても知らないわよ……』
当然だ。武自身もどうしてこんな能力があるのか知らないので、レイに分かるわけがない。
「それと、もう一つ……谷さんを撃った銃が、鬼柳が借りていたガレージから見つかったよ」
『ということは、谷さんを撃ったのは鬼柳で間違いないみたいね……』
「そうだな……」
『これで、私たちは終ね……』
谷を殺した鬼柳は死んだことで、仇を打ったことにはならないが、武が黒富士を追う理由が無くなった。
レイはそう考えた。
しかし――
「どうしてだ? ――」
まだ武には黒富士を追わなければならない理由が残っている。
「――オヤッさんを殺したのが鬼柳でも、それを依頼した奴がまだ居るだろ?」
そう、鬼柳が死んだとしても、まだ終わりではない。谷殺しを依頼した人間がまだ野放しになっているのだ。
「そいつを捕まえるまでは、止める気は無いよ」
『そうだったわねっ!』
何故か嬉しそうなレイの声に、武は首を傾げた。
『それじゃ、今夜9時に駅前。忘れないでね』
「えっ、ちょ! ――」
電話は切れた。
「妙に忙しい奴だな」
何時ものレイは、ここまで感情を表に出すことはなかったような気がする。
それに、さっき『これで、私たちは終ね……』というレイの声が、少しだけ寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか?
理解ができず、武は再び首を傾げた。
〇
カフェの中――
周りに人が居ない一番奥の席に、武とレイがテーブルを挟んでいた。
「この男じゃないかしら?」
レイがテーブルの上に1枚の写真を置いた。
写真には黒富士と、その後ろにもう1人男が写っていた。
「間違いない。この男だ」
大柄で、黒縁の眼鏡にオールバックの髪型、そして何より、顔が武の見た特徴と完全に一致している。
「佐久間 竜次、黒富士組の大幹部、黒富士の右腕の男よ」
「そんな大物が、直々に鬼柳を?」
「うん。噂だけど、結構な手練れみたいよ」
「だったら、何でクリーナー雇ったんだろう?」
「尻尾を掴ませないためじゃない? 今のところ、クリーナーを雇ったのが黒富士だって知ってるのは、私たちだけだし」
「いつもの方法で県警にタレこんじゃう?」
「それで繋がればいいけど……」
「そんなヘマはしないよな……」
しばし沈黙が流れる。
上手い方法が見つからず、モヤモヤした気持ちが募った。
「有給取って、どっか出かけるかなぁ……?」
「『どっか』って、武は何処か行きたいところでもあるの?」
「思いつかないぃ……レイの方は?」
「私は……あるけど、1人で行くのはちょっと……」
不満気に語るレイ。
少しの間静まり返ると、武が口を開いた。
「良ければ付き合うよ」
「そう、ありがとう――えっ、今なんて?」
「『付き合うよ』って言ったの」
武の返事に、レイはキョトンとした顔で固まっていた。
「どうせ暇だし」
「いやいや、そうじゃなくて、この前私が言ったこと忘れたの⁉」
「刑事と犯罪者がうんぬん、って話でしょ?」
「それなのに……」
(付き合わないとこっちが困るんだよ!)
実は、レイがカフェに到着する前に、野々原から電話があり、レイに付き合ってほしい、と頼まれたのだ。
(野々原さんに頼まれた、とは言えないよな……)
誘う方法が分からず、モンモンとして下を向く武。
事実、武は今まで女性をデートに誘った経験は皆無だ。
自分の経験不足を呪う武は、自分が気づかないうちにプルプルと体を震わせ、目が回りそうな気分になる。
気まずい沈黙が再び流れる。
「そ、それじゃ……日曜の朝8時に駅前に来てくれる?」
重い空気に耐えられず、先に口を開けたのはレイだ。
「わ、分かった……」
「そ、それじゃ……」
そう言ってレイは席を立ちあがり、カフェを後にした。
レイを見送り、武は、ホッ、と息をついて安堵の表情を浮かべる。
何とかデート(?)の約束が成立し、一安心だ。
未払いの伝票が残されていることに気づいたのは、それから数分後のことだが……。
〇
レイと合流するため、前に野々原と待ち合わせたカフェの前に来た武。
普段の堅苦しいスーツ姿ではなく、白のTシャツに黒のカーディガンと、あまりお洒落とは言い難い格好だ。
それも仕方がないこと、武はこの歳になるまで、女性と付き合ったことが無い。服装に気を遣う機会が無かったため、服もスーツ以外はこれしか持っていないのだ。
武にとって今日は、人生初のデート(?)……なのだが、相手はレイだ。
今までプライベートで会うことなど殆どなかったので、いざとなると妙に緊張する。
というより、刑事が暗殺者とデートというのは、世間的にどうなのだろうか?
そんなゴチャゴチャな思いが渦巻くせいで、武の表情は険しい。
すると、黒いクライスラーがカフェに近づいて来た。
レイの車だ。
運転席から降りてきたレイは、メイクで人肌並みの白さだが、髪の色は、少し明るめの茶髪に染められていた。
服装も露出を抑えた白のワンピース姿だ。
「お待たせ」
「ドウモッ!」
緊張からか武の声が裏返った。
「何? 緊張してるの?」
「そ、そんなわけ……はい……」
(カッコ悪りぃ……)
出だしからのミスに、武はドンヨリと落ち込む。
「何よ。出かける前から暗い顔して」
「……ゴメン」
その後、何とか車に乗ることが出来た武。
しばらく車を走らせ、目的地に到着した。
デートスポットに疎い武は、レイの行きたい場所、ということでレイに任せたのだ。
任せたのだが……。
着いた場所を見た瞬間、武は黙り込んだ。
「……本当にここでいいの?」
「そっちが『任せる』って言ったんじゃない……」
「そうだけど……――」
確かに武はレイに行先を任せた。それに関しては何も文句はない。
ただ、着いた場所が意外過ぎる。
「――……博物館でいいのか?」
レイに連れてこられた場所は、千葉県にある博物館。
古代生物の骨格標本や恐竜の化石、旧石器時代からの重要文化財などが多数展示されている場所だ。
(レイって、こういうのが好きなのか?)
よく〝人は見かけによらない〟というが、いざ目の当たりにすると、何とも言えない変な気持ちになる
「ボーとしてないで。早く入るよ」
レイに急かされ、一緒に館内に入った。早速目に入ったのは、ナウマンゾウの骨格標本だ。
標本とかには全く興味がなかった武だが、実際に生で目の当たりにしてみると、心を打たれるものを感じた。
「直で見ると凄いな……――なぁレ……イ……」
隣に居るレイを見た瞬間、武は、キョトン、と固まった。
何故なら、標本を見るレイの目つきが明らかにおかしい。
頬を赤くしてウットリした表情を浮かべている。まるで憧れのアイドルや俳優と間近に出会えた少女のようだ。
(えっ、ちょっと待て! 本当にレイか⁉)
今までのレイでは全く見せなかった表情を目の当たりにし、戸惑いを隠せない武。
というより。今ここに居るのが本当にレイなのか、と目の前のレイを疑ってしまう。
「ハッ‼ ――そ、それじゃ、行きましょうか……」
我に返ったレイが、恥ずかしさから足早に先に進んだ。
(わかんねぇ……)
その後も館内を見て回る武とレイ。
本当に好きなのか、笑顔で展示物を眺めるレイに対して、普段の印象のレイとの大きな違いに、博物館の展示物よりも、レイの方に注目してしまう武。
全てのフロアーを見て回った武とレイが建物から出た。
レイは満足そうに両手を上に伸ばしている。
武はというと、普段と違うレイの方に興味津々だった。
(レイが標本好きだったなんて意外だな……)
レイの新たな一面に、武が感心していると、レイがバッグから一冊のパンフレットを取り出し、武に見せた。
「ねぇねぇ、次はここに行きましょう!」
無邪気な子供のように、キラキラと目を輝かせるレイ。
パンフレットには「鉄道博物館」の文字が大きく書かれていた。
「って、好きなの博物館の方⁉」
その後、デートと言うより、無理やり博物館巡りに付き合わされる武だった。
第12話 END