12話 押収
横須賀の住宅街――
ブラックウィザードが言っていた貸しガレージの前に、セダン車が2台止まった。両方とも県警の覆面車だ。
最初は半信半疑だったのだが、前にブラックウィザードがタレこんだ、横須賀のヨットハーバーに行った刑事が、鬼柳のクルーザーを発見。
船内から、この貸しガレージの書類が見つかったことで確信に迫ったのだ。
ガレージの管理人に付き添ってもらい、鬼柳が借りていたと思われるガレージのシャッターを開けた。
中にはバイクが1台止まっており、その奥には、パソコンと3Dプリンターが置かれていた。
刑事たちが中を探っているが、何も見つからない。
ガレージの中の物を次々押収していき、最後にパソコンが置かれていた机を持って行こうとした時、「あれ?」という声が上がった。
机が持ち上がらないのだ。
机の下を見てみると、足が金具で固定されている。
それを外して机を退かすと、その下の床だけ長方形状に溝がある。
マイナスドライバーを使ってこじ開けると、床が開き、その下からアタッシェケースのような物が出てきた。
刑事がそれを出して中身を確かめると、入っていたのは分解された長物の銃だった。
〇
停職を解かれた武は、白摩署の刑事部屋に居た。
と言っても、大戸野の所為で、溜まっている報告書をまとめているので、正直逃げ出したい気持ちだ。
すると、刑事部屋のドアが開き、鹿沼が入って来た。
「トシさん、どうでした?」
武が鹿沼に問いかける。
「あぁ、中島のご両親に会って、鬼柳のことを報告してきたよ。逮捕ができなくて……ガッカリしていたよ……」
「そうですね……自分も同じです」
鹿沼の気持ちは痛いほどわかる。
鬼柳が死んだことで、武も谷を殺した犯人を逮捕できなかった。
せめて鬼柳を雇った依頼主さえ見つかれば……。
落胆している武と鹿沼の所へ、県警に行っていた宮元が帰ってきた。
「大下、鹿沼も帰っていたか」
「課長、どうでした県警は?」
武が尋ねる。
宮元が県警に行っていたのは、先日の鬼柳とクリーナー、そして例の魔法使い二人組との出来事や、鬼柳が借りていたガレージから見つかった銃についての報告だ。
宮元が自分の席に着くと、その机の前に武たちが集まる。
「これが県警から届いた報告書だ」
宮元から報告書を受け取った武は、早速資料に目を通した。
「横須賀の貸しガレージから押収した銃のライフルマークを調べた結果……上地殺害と谷刑事殺害に使われた銃のライフルマークと一致!」
「鬼柳が谷を殺した犯人で間違いない、ということだ……」
「まさかこれで終わった、とか思っていませんよね?」
それでも武には納得がいかないことがある。
谷を殺したのが鬼柳だとして、誰が依頼したか。
「これに関しては引き続き県警と一緒に捜査する。大下は――」
「――捜査から外れろ、ってことですよね?」
「そういうことだ」
「…………何が『そういうことだ』だよ……」
愚痴を言いながら自分の席に戻る武。
予想はしていたが、やっぱり捜査から外された。
(そうだ、レイに報告しないと)
そんなことを考えていると、宮元があることに気づいた。
「おい、飛馬は何処行った?」
武を含め他の課員も部屋の中を見回したが、飛馬の姿は無かった。
その頃、飛馬はトイレの個室に居た。
その手には、スマートフォンが握られている。
すると、受信音が鳴り、メッセージを開いた。
『目を付けられたから、今夜の約束はキャンセルでお願いします。ゴメンね!』
飛馬は無表情だが、息をついてトイレの個室を出た。
〇
レイの隠れ家では、レイがリビングのテーブルに顔を埋めている……というより、クダを巻いていた。
「お嬢様、どうなされましたか⁉」
レイが落ち込むことは珍しくないのだが、今日の場合は尋常じゃない様子に野々原が尋ねる。
「ハァー……最近の私……」
「はい……」
「……なんか……すっごく抜けてる気がするのよねぇ……」
先日のクリーナー数に気づくのが遅れたこともそうだが、本来武がいなくても、野々原にサポートがあれば1人でクリーナーくらいは抑えられたはずだ。
今までそうしてやってきたのだから。
それなのに、最近はどうだろうか。
「お嬢様、少しお休みになられてはいかがですか?」
「ジイ、ちゃんと寝てるけど……?」
「そうではありません」
レイは野々原の方へ向いて首を傾げる。
「偶には羽を伸ばしたらどうでしょう? 何処かに旅行に行くとか……前みたいにあそこにいってみるとか……」
ここ1年近く、黒富士への復讐の為に生きてきたレイは、出かけることがあっても、娯楽に繋がるような所には行っていない。
月に一度は趣味である場所に行くことがよくあった。
「でも……私は手配されてる身だし、うかつに出歩いて警察に目を付けられたら……」
レイは乗り気ではない。
ホワイトウィッチの素顔を知っているのは武だけだが、それでも似顔絵で手配されているので、警察に見つかるリスクがある。
それじゃなくても、黒富士組の関係者に見つかる可能性だってゼロではない。
仮に、出掛けるにしても、何時もなら一緒に行ってくれる友達がいたが、今は巻き込まないために、その友達と全く連絡を取っていない。
だからといって、1人で行くのは何処か虚しい。
そんなレイの様子をみて何かを察したのか、野々原はある提案をする。
「では、武様を誘ってみてはどうでしょう?」
「はぁぁぁっ⁉ な、な、なんでそこで武が出てくるのよ⁉」
レイは顔を、バッ、と上げると、慌てた様子で野々原を見た。
「いえ、今の状況でお誘いできるのは、武様だけかと……」
「それなら、ジイが付き合ってよ!」
この状況でレイと一緒に出掛けることが出来るのは野々原だけだ。
「私はここを離れるわけにはいきませんので」
「えっ……?」
しかし、野々原にその気は無かった。
「どうして、別にいいじゃない⁉ ここなら黒富士や警察は来ないし」
レイの言う通り、ここは神奈川県警の管轄外なので、令状でもない限り来ることはない。黒富士組に関しても、ここを見つけるのは困難なはずだ。
少しくらいなら隠れ家を離れても大丈夫だろう。
「いいえ。買い出しならともかく、流石に他の目がどうも……」
野々原が心配しているのは周りの人間の視線だ。
孫と祖父、にも見えなくはないが、かなり周りの注目を集めるはずだ。
レイとしても、それは避けたい。
武となら、年相応なのでレイとお似合いだし、比較的目立ち難い。
「だだだ、だからって! ――……うぅぅぅ……」
レイは顔を両手で覆う。
レイが武を誘えない……いや、誘いづらい理由があった。
それは以前、武が隠れ家に来た時のこと。
――あのねぇ武、私たちはお互いに目的を持って組んでいるの。それに私と武じゃ立場が違うでしょ。何処に刑事と付き合う犯罪者が居るのよ?
そう言って武の誘いを断っていた。
「……それなのに『出かけるから付き合って』なんて面と向かって言える訳ないじゃない……」
レイはバツが悪そうに両手の人差し指の先をツンツンしている。
「大丈夫ですよ、お嬢様。武様なら」
「どこから来るのよ、その自信?」
レイは目を細めて野々原を見た。