10話 確かめろ!!
武が鬼柳を、レイがクリーナーの女を追跡している頃。
街中を逃走するクリーナーの男が運転するセダン。それを数台のパトカーが追いかけている。
建物が入り組む街中なら、一般人を巻き込んで警察の追跡を振り切れるかもしれない、と考えたからだ。
同時に自分が巻き込まれて捕まるリスクもあるが。
やがて交差点に差し掛かった。信号も赤に変わる。
しかし、男はアクセルを踏み込み加速。
男の車は交差点を抜けることに成功したが、後続のパトカーは交差点から出てきた一般車に激突、中には乗り上げて横転するパトカーもあった。
何とか1台のパトカーだけが、男の車を追いかけている。
やがて目的地である高速インターの看板が見えた。
ところが、男の正面に赤く点滅する光が複数見える。
警察が検問をしいて男を待ち伏せたのだ。
男は検問を強引に突破しようとアクセルを踏み込む。
だが、警察も馬鹿ではない。男の車が通る場所を予想してスパイクを配置していた。
男がそれに気づいた時にはもう遅い。スパイクの上を通過し、タイヤがパンクしたことでコントロールを失い道路沿いの標識に激突、車は大破した。
頭を強く打ち、額から出血を起こしている男は、ヨロヨロと車から出る。
「両手を頭の上に置いて、地面に跪きなさい‼」
拡声器を使って警官が男に向けて命令を出す。
他の警官は拳銃を構え、男の動きに警戒。
現在、男が手負いだとはいえ、報告で「武装している」と事前に聞いていたので、いつにも増して緊張が走っている。
流石に怪我を負っている今、この警官の数を相手にするのは無理だ。
警官は繰り返し男に向けて命令を出す。
男は諦めたようにその場に座り込むと、ネックレスを取り出し、それをかじる。女が自決した時の物と同じネックレスだ。
男の頭部は吹き飛んだ。
〇
県警本部では、葬儀場付近で起こったことの報告を受けていた。
「こういうこと? 例の魔女が、私の声を使って橘たちに命令を出していた、って?」
「そういうことだと思います」
刑事の1人が答えた。
まさか自分の声を使われるとは思っていなかったからだ。
同時に気掛かりなことが大戸野にある。
「あの男は?」
「はい?」
「黒い方、大下は⁉」
「それはまだ確認取れていま――」
答える最中に、無線の呼び出し音が鳴った。
大戸野が無線に出る。
「大戸野」
『報告します――』
無線の相手は長峰を監視していた刑事の1人だ。
葬儀場近くで、武装した外国人の男が検問を突破後に死亡したことを報告した。
すると、また別の無線から呼び出し音が鳴った。
「大戸野」
『黒富士組本部付近で銃声を聞いた、と通報がありまして。未確認ですが、ホワイトウィッチとブラックウィザードの車が目撃されています』
「何ですって⁉」
ブラックウィザードの車が現れたってことは、武が寮から出たということになるが、そんな報告は受けていない。
ということは、車だけが現場に有り、当の本人は居なかったのではないか?
「ブラックウィザードは居たの?」
『それもまだ確認できていません』
「――っ、早く確認しなさい!」
乱暴気味に無線を切ると、すぐに西嶋に連絡を入れた。
〇
白摩署の警察寮に近くに、「SILENT」の効果で、エンジン音を消したダークスピーダーが停車した。
そこから使い捨ての保護服着替えた武が降りると、急いで非常階段へ向かった。
そろそろ県警も現場にブラックウィザードが現れたことが報告されるだろう。
今はプロジェクターで人影を映し出しているが、報告を受けて見張りをしている刑事が尋ねて来たら、流石にバレる。
武は非常階段を上り、天井裏へ潜った。
覆面車の中で武の部屋を見張っている西嶋たち。
そこへ無線の呼び出し音が鳴った。
「はい西じ――」
『――大下はどうなっているの⁉』
西嶋が返事を言い終える前に、無線から大戸野の怒号が遮った。
「お、大下なら部屋に居ますよ……」
『何ですって? 何でそう言えるの⁉』
「部屋に人影が――」
『――ちゃんと確認しなさい! ブラックウィザードが黒富士の屋敷付近で現れたの!』
「何ですって⁉」
覆面車を降り、急いで武の部屋に向かう西嶋たち。
武の部屋の前に来ると、西嶋が呼び鈴を鳴らした。
しかし、武は出てこない。
「おい、管理人の所に行って合鍵貰ってこい」
「はい」
刑事が部屋を離れた。
やはり武がブラックウィザードだったのか――
ジャー‼
「んっ?」
武の部屋から水が流れる音が聞こえた。恐らくトイレの水を流した時の音だ。
「……はいっ!」
中から返事が返ってきて、ドアが開いた。
「はい、どちら……あっ、西嶋さん」
「大下、本当に大下か⁉」
「何言ってんですか? どっかの警視さんの所為で、ずっとここに居ましたけど……」
「ちょっといいか?」
そう言って、西嶋は部屋の中に入ると、部屋の中には誰も居ない。
一応押し入れも見たが、あるのは布団だけだった。
「そ、そうだよな……。すまない」
「何かあったんですか?」
「実は、ブラックウィザードが現れたらしい」
「あらま。それで確認に?」
「そういうことだ。すまなかったな」
「いいえ。ご苦労様です」
そう言って西嶋は武の部屋から離れた。
そこへ合鍵を持った刑事が駆け寄る。
「合鍵を借りてきました」
「あっ、それなら大丈夫だ。トイレに入っていたせいで、すぐに出られなかったみだいた」
「そうだったんですか?」
無駄足踏まされた、と肩を落とした刑事と一緒に覆面車へ戻っていった。
西嶋が戻って行くのを確認すると、武は静かにドアを閉める。
(危なかったぁぁぁー‼)
武は緊張から解放された所為か、ガハー、と口を開けた。
実は、西嶋が訪ねてくる約1分前。急いでトイレの天井から中に戻った武は、保護服を脱ぎ捨て、顔の汚れを落とし、プロジェクターの電源をオフにした。
すると、プロジェクターが写していた人影が部屋の奥に向かいように動いて、そして部屋の電気が消える。
急いでプロジェクターを布団の中に隠して、トイレに置いた保護服を片付けたその直後に、西嶋が呼び鈴を鳴らしたのだ。
保護服を屋根裏に隠し、カモフラージュの為に水を流して返事を返した。
これが真相だ。
何よりも、サングラスが銃弾を防いでくれたおかげで、顔に傷ができなくて良かった。
元々レンズが顔に触れないようなタイプだったので、それも幸いしたことも大きい。
〇
県警の一室では、無線の前で大戸野が、今か今か、と西嶋の連絡を待っている。
やがて無線から呼び出し音が鳴り、大戸野は速攻で出た。
「どう? 大下は部屋に居なかったでしょ?」
何処か嬉しそうに尋ねる大戸野。
しかし、そんな上機嫌がすぐさま打ち消されることになる。
『いいえ、ちゃんと部屋に居ました』
「何ですって⁉ 他に誰かが居たんじゃないの⁉」
『それも確認しましたが、大下以外は誰も……』
大戸野は乱暴気味に無線のスイッチを切った。