5話 想定外
とある廃ビルの一室に隠れる1人の白人の男。
部屋には、灯りになるような物は無く、向かいの小さなビルの部屋の灯りは差し込むが、とても暗い。
その手にはライフル・ドラグノフが握られ、銃口にサプレッサーを付けている。
クリーナーだ。
この男も、鬼柳の狙撃位置を予想して、ここを選んだのだ。
腕時計で時間を確認すると、ライフルのボルトハンドルを引いて弾薬を装填。
続いて双眼鏡を手に取り、窓の外を覗いた。
ビルの屋上に鬼柳の姿は無い。
ならと、4階の部屋を見回した。
すると、一部屋に人の陰が見えた。
ライフルを構え、スコープで部屋の様子を窺う。
赤外線機能を搭載したスコープなので、暗闇でも相手を見つけることが出来る。
スコープの照準線が人影と重なり、引き金に指を置いて、今にも弾を発射しようとしていた。
ジャリッ!
硝子を踏むような音が聞こえた瞬間、男は突然引き金から指を離した。
ヨットハーバーで邪魔してきた奴が来るかもしれないと思い、誰かが来た時に逃げられるように小さなガラス玉を廊下に撒いていたのだ。
耳をすませば「居たか?」とか「よく探せ!」など慌ただしい。
もしかしたら、警官か?
男は慌ててライフルを片付けようとしたが、その前に部屋のドアが勢いよく開いた。
「おいっ、そこで何をやっている⁉」
そこに立っていたのは懐中電灯を手にした警官だ。
男はライフルを警官に向けて発砲。
弾は警官の腹部に命中した。
別の警官が急いで撃たれた警官をその場から引っ張り、避難させる。
「三階で武装した犯人を確認! 大至急応援を!」
続いて救急車の手配をした。
鬼柳どころではなくなった男は、用意しておいたロープを窓の外に投げると、ライフルのスリングを肩に引っ掛け、窓からロープを伝って脱出。
そして、地上に降りるが、再び警官に気づかれ、ライフルを撃ちながら、止めてあったセダン車に乗り込み、急発進した。
「追え!」
警官の1人が叫ぶと、次々に警官がパトカーに乗り込み、男のセダンを追いかけた。
「ガッデムッ‼」
予定では警官が来るのはもっと後のはずだったのに、明らかに早すぎる。
もしかしたら黒富士が密告したのだろうか?
だが、その可能性はすぐに消えた。
邪魔な鬼柳を消す前に警察に売るとは考え難い。
とにかく今は警察を巻くことが第一だ。
男はスマフォを取り出し、ダイヤルした。
〇
ビルの壁をグラッピングフックのワイヤーを伝って降りる武とレイは、着地するとすぐにレッドスピーダーに乗り込んだ。
インカムからは、先ほどの警官たちのやり取りが聞こえる。
どうやらクリーナーを見つけたようだ。
それに関しては喜ばしいが、問題は鬼柳だ。
「〈どうして来なかった?〉」
「もしかして終わって出てきたところを……」
「〈無いな。ただでも準備に時間が掛かるライフルだ〉」
「だとすると……もしかして!」
レイはあることに気づき、マルチ無線機のマイクを取った。
『はい橘』
「こちら大戸野、そっちの状況は?」
『マルヒを確認、現在地元の警官が追跡中です!』
「そう、あなたは大至急葬儀場に行きなさい。黒富士が居るかどうか確認して欲しいの」
『しかし、会場には—―』
「—―いいから急いで。どんな手を使っても良いから確認しなさいっ!」
『りょ、了解!』
(橘さんも大戸野の圧に弱いんだね……レイのトリックだけど)
大戸野の—―正確には、レイだが—―命令に従って、止める組員を振り払い、葬儀場の会場に強引に入った橘たち。
会場では、どよめきが起こっている。
いきなり警察が会場に入って来たのだから当然だろう。
橘は急いて会場の中を確認する。
組員が強い口調で立ちはだかるが、橘はそれを強引に退かし、再び会場内を見回した。
ところがだ。
「……居ない」
幾ら会場の中を見回しても、黒富士の姿が見当たらない。
橘は慌てて会場の外に出る。
レッドスピーダーの中で橘の連絡を待つ武とレイ。
すると、マルチ無線からコール音が出た。
「はい大戸野」
『橘です。黒富士が居ません!』
「何ですって⁉」
やはり黒富士は来ていなかった。
「黒富士がどこにいるか—―」
組員に黒富士の居場所を訊くように伝えようとした瞬間。
『—―こちら大戸野。一体何がどうなっているの?』
マルチ無線から大戸野の声が聞こえた。
「〈もしかして大戸野か?〉」
「マズイ!」
レイは慌てて無線を切る。
『ちょっと、誰でもいいから応答しなさい!』
『橘です。命令通り黒富士の確認を……』
『そんな命令は出していないわよっ!』
『何ですって⁉』
橘と大戸野(本物)とのやり取りが続く。
「〈ややこしいことになったな……〉」
「でも、これで黒富士が来ていないことは分かったわね……となると黒富士が居る場所は—―」
「〈黒富士の家だな〉」
武はレッドスピーダーから降りようとすると、レイがコートを引っ張って止める。
「〈何だよ⁉〉」
「どこ行くのよ?」
「〈ダークスピーダーに—―〉」
「後にして」
レイはレッドスピーダーを発進した。
「〈ダークスピーダーどうすんだよ?〉」
「タブレット出して」
レイの言う通り、武はブラックウィザードの時に使う小型タブレットを取り出した。
「マシンのアプリ出して、そこに『LINKAGE』って出てるからそれを出して」
武は言う通り、ダークスピーダーのシステムアプリを起動し、その中から『LINKAGE』をタップした。
すると、ワイヤーフレーム状のレッドスピーダーとダークスピーダーが表示された。
「それでダークスピーダーをタップしながらレッドスピーダーの後ろに持って行って」
「〈レッドスピーダーの後ろ?〉」
レイに言われた通り、ワイヤーフレームのダークスピーダーをタップしながら、ワイヤーフレームのレッドスピーダーの後ろへ持っていき、一列にすると、画面下に「OK」の文字が出る。
武はその「OK」をタップした。
「〈これでいいのか?〉」
「そう」
理解が追いつかない武が首を傾げていると、レッドスピーダーの後ろから車の気配を感じた武が後ろを振り返ると、ダークスピーダーが後ろを走っていた。
「それ、設定した車に自動でついて来るようにプログラムできるの」
「〈確かに便利……って、乗り換えてもよかったのでは?〉」
「一刻の猶予もないの。武、遠距離は得意?」
「〈どいうこと?〉」