4話 鬼柳捜し
長峰の葬儀が行われるセレモニーホール・砦河は、背後には海が広がり、正面にはビルが幾つも見える。
鬼柳のことを警戒しているのだろうか、会場の外を黒富士組系の組員が睨みを利かせ、物々しい空気が流れている。
その様子を、葬儀場の正面にある2階建てのビルの一室から覗く複数の人影があった。
橘を含む県警の刑事たちだ。
中に入って黒富士を護衛したいが、身内のみの葬儀ということで、組員たちに追い返されてしまったのだ。
橘としても、暴力団の言いなりになっているようで少々腹が立つが、今は違法なことをしている訳ではないので、無理やり会場に入ることは警察としてもできないのだ。
葬儀の時間が近づくにつれ、会場のエントランスに次々に車が到着する。
車はいずれも国産のワンボックスカーやミニバンなど比較的庶民的な車が目立つ。
車から降りてくる人間も確認したかったが、橘の位置からでは、車の陰になってしまうので、顔を確認することはできない。
橘も、その横に居る刑事も不満の表情を浮かべている。
すると、近くに置いてあった無線から呼び出し音が鳴った。
「はい橘」
『大戸野よ』
無線の相手は大戸野だった。
「何でしょう警視?」
『直ちに、葬儀場から砦河二番町ビルの間の近くの建物を調べて』
「葬儀場から砦河二番町ビルの間の近く、ですか?」
『そう、ライフルを持った怪しい外国人が現れた、とタレコミがあった』
「何ですって⁉」
『鬼柳ではないみたいだけど、もしかしたら黒富士が鬼柳を殺す為に殺し屋を雇った可能性がある。どの建物に入ったかは言っていなかったから、地元警察と一緒に捜索して、見つけ次第早急に押さえなさい。地元警察には私から連絡しておくから』
「了解」
ここで無線は切れた。
〇
時間は少し遡り、砦河二番町ビル裏の駐車場に止まるレッドスピーダーとダークスピーダー。
監視カメラは既にハッキングしているので、すぐにはバレないだろう。
武がレッドスピーダーの助手席に座ると、早速詳しい作戦内容をレイに訊いた。
「〈それで、さっき『警察に協力してもらう』って言ってたけど?〉」
「そう」
「〈どうやって?〉」
「実は、大戸野警視の声を録音して分析したの、それを使うのよ」
「〈本当に上手くいくのか?〉」
「まあ見てて」
レイは、後部に置いてある無線機に手を伸ばした。
いつもはショットガンが上に置かれた、ほぼむき出しの煙幕やオイルのタンクが見えるのだが、今は助手席の後ろにラックのような物があり、その上には受話器が繋がれたノートパソコン固定されており、それに接続された無線機と、その後ろにアンテナが着いた機械が置かれている。
ちなみに、本来ショットガンがあった所に、今日は暗視スコープが付けられたブレイザーR93が置かれていた。
レイはノートパソコンを操作して『ボイス6』をタップする。
武からでは画面に何が出ているのか分からないので、武はただ首を捻るばかりだった。
その間にレイは『警察無線探知』をタップし、しばらく画面にロードが出た後、マップが表示された。
その中に赤く丸い物が点滅している。近くでキャッチした警察の無線機の位置が表示されたのだ。
これで隠れて張り込みをする刑事が何処に居るかまるわかる。
といっても、キャッチしたのは一ヵ所だけなのだが。
レイはマイクを手に取り、呼び出しをした。
『はい橘』
(橘さん?)
「大戸野よ」
レイは大戸野の口調で橘と話しをした。
口調は似ているが、大戸野とは声が全く違う。
流石に橘にバレるのでは、と武は息を呑んだ。
しかし――
『何でしょう警視?』
(えぇー‼?)
まさか気づいていない。
そんな驚きに武は目を皿にしていた――サングラスの下なので分からないが。
「直ちに、葬儀場から砦河二番町ビルの間の近くの建物を調べて」
『葬儀場から砦河二番町ビルの間の近く、ですか?』
「そう、ライフルを持った怪しい外国人が現れた、とタレコミがあった」
『何ですって⁉』
「鬼柳ではないみたいだけど、もしかしたら黒富士が鬼柳を殺す為に殺し屋を雇った可能性がある。どの建物に入ったかは言っていなかったから、地元警察と一緒に捜索して、見つけ次第早急に押さえなさい。地元警察には私から連絡しておくから」
『了解』
ここで無線は切れた。
「〈すごいな。本当に向こうには大戸野の声に聞こえているんだな……〉」
「そう」
続けてレイは、パソコンに接続された受話器を手に取ると、何処かへダイヤルした。
『はい、砦河署・刑事課』
「神奈川県警の大戸野警視です」
『はい、何でしょうか?』
「実は、砦河二番町ビルとセレモニーホール・砦河の間付近の建物にライフルを持った怪しい外国人の男が入ったとタレコミがありまして……」
『本当ですか⁉』
「もしかしたら我々が追っている殺し屋の可能性が高いので、どうかご協力をお願いします。近くにウチの橘が居ますので、手分けして捜してください」
『分かりました』
レイは電話を切った。
「鬼柳を探しましょう」
「〈……あのー〉」
「何よ?」
「〈それだったら、鬼柳も警察に任せた方が良いのでは?〉」
武の言う通り、警官に任せる方がリスクは少ない。
「確かにそうだけど、忘れたの武?」
レイの言葉に武は首を傾げた。
「もしかしたら、沢又みたいな県警に奴らの内通者が他に居るかもしれないし、警察が鬼柳を抑えたとしても、連行中に黒富士組に消されるかも。私たちで抑えて、証拠を押さえた後に県警に送った方が良いと思わない?」
「〈かなり手間だけどな……だけど賛成〉」
武たちは、レッドスピーダーから降りると、鬼柳が居ると思われるビルへ向かった。
ビルの側に到着すると、武とレイはグラッピングフックガンを使ってビルの外を登り始めた。
鬼柳と同じように非常階段を上がっても良かったのだが、鬼柳が万が一非常階段のドアに細工を施され、それで逃げられてしまっては元も子もないので、この方法を使っている。
流石に一度では登れず、途中でフックをかけ直すが、何とか2人は屋上へたどり着いた。
この屋上も鬼柳が狙撃に使う可能性がある場所の一つだ。
慎重に頭を上げ、屋上の様子を窺う。
しかし、鬼柳の姿は無い。
「〈ここじゃなかったみたいだな〉」
「4階ね」
2人は非常階段を下がり、予想された部屋を手分けして慎重に調べる。
ところが—―
「ねぇ、見つかった⁉」
「〈いや‼〉」
予想された全部の部屋を調べたが、鬼柳の姿は無いのだ。
葬儀の時間は刻々と迫る。
「ジイ、探知レーダーを!」
『はい、お嬢様』
探知レーダーを野々原が遠隔で作動させ、鬼柳の居場所の特定を開始。
「〈まさか他に場所が?〉」
「でも、ここ以上に狙撃に適した場所は無いわよ?」
「〈もしかして、クリーナーの狙撃予想地点の建物の何処かとか?〉」
「それなら警察に任せて—―」
『—―お嬢様、大変です。反応がありません!』
「何ですって⁉」
レイは小型タブレットを取り出すと、画面には緑色の丸いレーダーが表示された。
「〈そのレーダーの範囲はどの位?〉」
「200メートルは反応するはずだけど……」
しかし、画面には全く反応は無い。
武は双眼鏡を取り出し、葬儀場の方を覗いた。
すると、葬儀場のエントランスに1台の外車が止まる。
以前、片野の葬儀場に向かっていた時に黒富士が乗っていた外車だ。
「〈おい、黒富士が着いたぞ!〉」
「でも反応が無いわよ!」
「〈そのレーダー、本当に使えるのかぁ? —―あっ、野々原さんが造ったんだから間違いないか〉」
「何よその確信……? —―まぁそうだね」
謎の確認に2人は同時に「うん」と頷いた。
「って、危ないわよ!」
窓際に立っていた武を、レイは引っ張って遠ざけた。
武も「悪い」というように、頭を下げた。
すると――
『お嬢様!』
「どうしたの?」
野々原の慌てたような声がインカムから聞こえた。
『これを聞いてください』
野々原がそう言った後、武とレイのインカムに警察無線が聞こえてきた。