13話 大混乱
神奈川県警・捜査一課の刑事部屋――
ブラックウィザードを逮捕したことに、上機嫌の大戸野。
残りはホワイトウィッチただ1人。
あの女も抑えることが出来れば、自分の地位も格段に上がると考えると、笑いが止まらない。
正反対に不満げな表情を浮かべる周りの刑事たち。その中には、橘の姿もあった。
「大戸野、ヨットハーバーはどうしますか?」
武が提供した鬼柳の潜伏先と思われるヨットハーバーのことを大戸野に話したのだが、大戸野は耳を貸さなかった。
その理由は「犯罪者の言うことなど聞けるか」ということだ。
確かに武は犯罪者だ。
しかし、鬼柳に関しての情報があるのに、変な意地を張って動かないのは馬鹿の何者でもない。
大戸野の態度に内心腹を立てていると、部屋のドアが開き、1人の刑事が入って来た。
「すみません。ちょっといいですか?」
「どうしたの?」
上機嫌の大戸野は笑顔で刑事の方を向いて尋ねる。
「砦河署の管轄で銃声を聞いたと通報があったみたいで」
「それで?」
「場所が、『大正ボート』っていうヨットハーバーで――」
「――何ですって⁉」
今までニコニコしていた大戸野の顔が、一気に強ばった。
「間違いないのか?」
橘が刑事に聞くと、「間違いない」と頷いた。
武の言っていたことは本当だった。
「大戸野、もしかしたら、銃声は鬼柳と奴を嗅ぎまわっている外国人グループの仕業では⁉」
「外国人グループ?」
「大下君が言っていたんです」
「何ですって、どうしてそれを言わないの⁉」
「ちゃんと聞いてないからですよ‼」
橘の主張に他の刑事も同意するように頷いた。
それを聞いた大戸野は、何も言い返せず、唇を噛みしめた。
○
海岸通りを猛スピードで走るクリーナーのワンボックスカー。その後ろをレッドスピーダーが追いかけている。
レイは「ROCKET」のボタンを押して、ロケット弾を出した。
クリーナーを生かす理由は無いので、ロケット弾でサクッと片付けた方が、邪魔が減って後が楽になる。
しかし問題は、一般の車も居るので、なかなかタイミングが掴めないということだ。
すると、レッドスピーダーのグリル付近で何かが撥ねた。
「なに?」
よく見ると、ワンボックスカーの助手席の窓が開いており、サプレッサーが付いた拳銃が姿を現していたのだ。
持ち主の姿が見えないので、サイドミラーの販社を利用して、後ろを走るレッドスピーダーを狙っているのだろう。
(ミラー越しで撃つのが流行ってるの?)
武から聞いた鬼柳のこともそうだが、クリーナーもやるとは思っていなかった。
その後も、クリーナーの放つ弾がレッドスピーダーのグリル近くで撥ねている。
「まさか!」
クリーナーはレッドスピーダーのロケット弾を撃とうとしているのでは、と感づき、慌ててロケット弾を格納。
幸い、道路環境のお陰で弾が外れていたが、もしロケット弾に当たっていたら、こっちが木っ端微塵になっていた。
仕方なくロケット弾の代わりに、「M・GUN」のボタンを押し、ナンバープレートのマシンガンを出した。
流石にプロでもマシンガンの銃口を撃つのは難しいだろう。
レイはワンボックスカーに狙いを定め、ハンドルのボタンを押した。
レッドスピーダーのマシンガンが火を噴き、ワンボックスカーの後輪を破壊。
しかし、スピードは落ちたものの、ワンボックスカーは走り続ける。
「しつこいわねっ!」
レイはアクセルを踏み込み、ワンボックスカーを追い越すと、「OIL」のボタンを押した。
道路は広いが、標的が1台なら確実に足止めできると考えたからだ。
レッドスピーダーの後部からオイルが噴射され、それを踏んだワンボックスカーはコントロールを失い、道路沿いの貸しビルのシャッターに突っ込んだ。
レッドスピーダーをバックさせ、貸しビルの近くに止めると、車内からビルに突っ込んだワンボックスカーの様子を窺っている。
クリーナーが出た時に止めを刺せるように、拳銃を懐から取り出し、スライドを引いた。
しかし、パトカーのサイレンが徐々に近づき、やがてパトカーが2台姿を現し、レッドスピーダーに向かって来る。
「もうちょっとなのに……」
レイは仕方なくレッドスピーダーを走らせ、その場を後にした。
疾走するレッドスピーダー。
その後ろには、パトカーが1台だったが、もう1台が合流し、計2台に増える。
一応逃走ルートは確保しているが、武が現れなかった分、いくらか計画が狂っているので、安心はできない。
そんなことを考えている間、カーブを曲がった先には、覆面車やパトカーが数台、道を塞ぐように止まっていたのだ。
レイは慌てて急ブレーキを踏み、レッドスピーダーを停車させた。
レッドスピーダーの後ろを走って来たパトカーも道路を塞ぐように横滑りして停車すると、パトカーから警官が降りて来て拳銃を構えた。
想定していた逃走ルートはまだ先だ。
「車からゆっくり降りろ!」
拡声器を持った警官がレイに向けて命令を出した。
勿論、レイはそれに従うつもりはないが、道路の両脇には建物があるので通れない。
ロケット弾でパトカーを吹き飛ばせば逃げられるが、それでは警官たちに被害が出る。
それはレイとしても避けたい。
どうすればこの状況から逃れられるか考える。
○
県警の一室――
大戸野が所轄に指示を出し、ホワイトウィッチを追い込んでいた。
『ホワイトウィッチの車を抑えました』
無線から警官の報告が入る。
バリケードを配置していた場所に、ホワイトウィッチの車を追い込んだようだ。
「注意しながらホワイトウィッチを抑えなさい。状況によっては発砲も許可します」
『しかし、もう1人は?』
無線から警官の心配する声が聞こえる。
ホワイトウィッチの仲間のブラックウィザードに警戒しているようだ。
しかし、大戸野は余裕だ。
「問題無いわ。ブラックウィザードは留置場の中、誰もあの女を助ける奴は居ないわ」
そう、武が留置場に居るので、ホワイトウィッチを助ける仲間は居ない。
今度こそ勝った、と大戸野は笑顔を浮かべた。
ところが――
しばらくすると、無線から警官の慌てた声が発せられた。
「ホワイトウィッチ、逃走‼」
それを聞いて上機嫌だった大戸野の顔は一気に険しくなる。
一体何をやっているんだ⁉
ブラックウィザードが居ない今、ホワイトウィッチが逃げられる訳が無い。
「何をやってるの⁉ どうして逃がしたのよ⁉」
一体どんなヘマをしたのか。
大戸野は混乱し、鬼のような形相を浮かべていた。