12話 VSスナイパー
レイの隠れ家のサポート部屋では、野々原がコンピューターを使ってダークスピーダーを遠隔操作している。
画面にはダークスピーダーの運転席から見た映像が映り、やがてダークスピーダーは河川敷の橋の下に到着したが、肝心の武の姿がない。
まだ到着していないのだろうか。
『ジイ、こっちはヨットハーバーに着いたわよ』
「かしこまりましたお嬢様」
『武は来た?』
「それが……、まだ来ておりません」
『何ですって‼?』
無線からレイの不満の声が聞こえた。
それからいくら待っても武が来ない。
野々原も次第に険しい顔になると、レイから連絡が入った。
『ジイ、武はまだ来ないの⁉』
「はい、お嬢様」
『何をモタモタしてんのよ、あの馬鹿⁉』
「お嬢様、抑えてください」
レイが苛立つのも無理はない、一刻の猶予もない状況での遅刻は誠に遺憾だ。
それでも野々原には気掛かりなことがある。
もしかしたら、武に何かあったのでは、と。
〇
ヨットハーバーの見える高台にレッドスピーダーが停車した。
レイは車内から、双眼鏡を使ってヨットハーバーの監視を始める。
波止場に停泊しているクルーザーは全部で5艘。1人で監視するには少し苦労するが、武が居ないのでそれも仕方ない。
監視を続けるが、鬼柳らしき人間は見当たらない。
鬼柳を抑える為のプランも考えてはいるのだが、即席なので完ぺきとは言い難い。
正直、出たとこ勝負だ。
「ハァー……」
不安要素しかない状況に、ため息をついた。
それも武が居ない今、出たとこ勝負も怪しい……。
早く鬼柳を抑えなければならないのに、肝心なところで現れないなんて、刑事失格だ。
もっと言えば、県警も現れる様子が全く無い。
――本当に日本の警察は優秀なのだろうか?
そんな疑問が湧いて仕方ない。
時間が経つにつれて、レイのイライラもピークに近づく。
今まで何かを待っていても、ここまでイライラしたことはあまりなかった。
少なくとも黒富士に恨み始めてからは。
すると、ヨットハーバーの駐車場に1台のワンボックスカーが止まった。ワンボックスカーの横には清掃会社らしき会社名が印刷されている。
清掃会社がクルーザーの清掃を頼まれることもあるので、特に不審なところは無い。
ワンボックスカーから、青いつなぎを着た2人降りてきた。
降りてきた2は、共に初老で、片方は大柄の黒人と、もう1人の男は日本人のようにも見えるが、何処か違和感がある。
2人とも写真で確認したクリーナーとは全く違う顔だ。
スキンヘッドの黒人の清掃員に物珍しさを感じるが、それよりもレイが気になることがある。
それは清掃員2人の内の1人、黒人の腕の部分が少し膨らんでおり、更に袖の部分が不自然に開けている。
そしてもう1人の男が手を引くカートには、清掃用具と思われる物があるが、1つ気になるのが、洗剤の多さだ。
清掃には不可欠な物で間違いないが、クルーザーの清掃に10キロのボトルが2つ、片方が半端ならまだ分かるが、両方とも満タンの状態。
量が多すぎる。
そして何より2人の目つきが、写真で見たクリーナーと同じ、獣のような鋭い目つきをしていた。
「まさかっ!」
レイの頭に浮かんだのは、この2人がクリーナーの変装ではないかということだ。
もしかしたら、あの洗剤の容器に入っているのは、爆薬かもしれない。
しかし、確証が無い。
何かクリーナーだと証明できる方法はないだろうか?
考えているうちに、2人は波止場に近づいて行く。
レイは双眼鏡を助手席に置くと、後部にあるスナイパーライフル・ブレイザーR93を手に取ると、ボルトハンドルをスライドさせ弾薬を装填、スコープを覗くと、レイはいつでも撃てるように、引き金に指を置いた。
○
クルーザーの先端にあるV字椅子に座る鬼柳。
テーブルには銃身を取り替え、メンテナンスを終えた拳銃を組み立て、弾倉をセット、スライドを引いて弾を装填した。
すると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
こんなところに来るのは情報屋くらいだが、いつも来る時は、前もって連絡があるはずだ。
「誰だ?」
「すみません、クルーザー清掃です」
男の声が聞こえる。
明らかに情報屋の声じゃないし、声の感じがスピーカーから出たような機械的な声だ。
鬼柳は、テーブル置かれていたサイコロの4の目のように、丸いボタンが配置されたリモコンを手に取った。
遠隔でドアロックが解除される仕掛けだ。
リモコンのボタンを押すと、ドアから、カチャ、とロックが解除される音が鳴った。
すると、ドアに衝撃が走る。
だが、ドアは全く開かない。
鬼柳がリモコンで操作したのは、実はドアロックが解除されるような音だけが鳴るだけで、実際はまだ鍵が掛かったままだった。
○
ドアのロックが解除された瞬間、黒人の男の袖からサイレンサー付きの小型拳銃が飛び出し、それを掴むと、ドアを蹴った。
「What?」
しかし、ドアは蹴っても開くことはなかった。
引くのかと思って、黒人の男がドアノブに手を掛けた瞬間。
バンッ!
銃声と共に、ドアから1発の銃弾が貫き、黒人の男の腹部に当たった。
○
スコープ越しに黒人の男が倒れる瞬間を目の当たりにしたレイ。
流石に鬼柳も簡単に姿を現して、みすみす殺られるような奴じゃない。
すると、黒人の男が立ち上がった。
どうやら防弾チョッキを着ているようだ。
用意周到、と考えていると、1つ気になることが。
もう1人は何処だ?
入り口のドアに居る2人は、そこから動く様子はない。
それに、鬼柳が居るのはクルーザー、係留ロープさえ切れれば、そのまま海へ逃げることもできる。
それなのに全くそんな動きをクリーナーの2人は見せない。
「まさかっ!」
レイはライフルの照準をクリーナーの2人から、2人が乗って来たワンボックスカーに変えた。
すると、後部座席のスライドドアが僅かに開いており、そこからは細長い棒のような物が伸びている。
ライフルの銃身だ。
銃身は真っすぐ波止場に停泊するクルーザーへ向いている。
○
ワンボックスカーの後部座席から鬼柳のクルーザーに向けてライフルを構える白人の男。
ライフルは、SVD・ドラグノフ。ロシア製のセミオートライフルだ。
更に、銃身の先にはサプレッサーが付けられ、ライフルスコープは特殊な赤外線サーモグラフィー機能が搭載された物に変えられている。
このスコープなら、何処に隠れても人間の体温で居場所を見つけることが可能だ。
クルーザーに送った2人は、囮および後始末の担当で、鬼柳を仕留めるのはこの男の役目だ。
スコープには、クルーザーの中に動く人の形をした赤い影が見える。
鬼柳だ。
クルーザーの強度くらいなら、このライフルでも撃ち抜ける。
鬼柳の陰は操縦席に移動している。
白人の男は引き金に指を置き、あとは引くだけ――
バンッ‼
銃声が聞こえた瞬間、スライドドアに穴が開いた。
英語で何やら叫び、ライフルの照準が鬼柳から外れる。
その後も無数の銃弾が、ワンボックスカーに撃ち込まれ、とても鬼柳を撃つことが出来ない。
白人の男はインカムで、クルーザーの側にいる2人に連絡を入れる。
〇
レイは引き金を引き、ワンボックスカーに向けて弾丸を放った。
ただ、相手が見えないので、ライフルの銃身から大体の位置を狙っている。
やがてライフルの弾が尽き、マガジンを入れ替えて弾を装填すると、今度はレイが乗るレッドスピーダーのドアに銃弾が撥ねた。
どうやらクルーザーの近くに居るクリーナー二人組がこっちに気づいたようだ。
しかし、二人組からレッドスピーダーが止まっている高台までは距離が有るので、2人の拳銃では正確にレイを撃つことは難しい。
それに対してレイはライフルだ。遠距離ならこっちが有利。
レイはクルーザーに居る2人に向けて弾丸を放つ。
いくら防弾チョッキを着ているからといっても、頭を撃たれてしまえば万事休す、黒人の男とアジア系の男は、レイの銃弾に倒れた。
すると、レッドスピーダーのフロントガラスに銃弾が撃ち込まれた。
勿論、防弾ガラスなので、レイまでは届いていない。
双眼鏡でワンボックスカーの方を覗くと、ワンボックスカーの後部のドアが開き、白人の男がライフルをこっちに向けている。
流石に身を乗り出してライフルを構えたら、逆に狙撃されてしまう。
レッドスピーダーのロケット弾を使いたくても、誘導機能が無いロケット弾なので、高台との落差で狙うことが出来ない。
手も足も出ない状況に、更に水を差すことが起こる。
今まで停泊していた鬼柳のクルーザーが動き出したのだ。
それだけではない。
けたたましいパトカーのサイレンが徐々に近づいて来るのだ。
武の情報を聞きつけて来たのだろうか。
それともブレイザーの銃声か。
「このタイミングで来るの⁉」
明らかに遅すぎるタイミング。
何時も思っていることだが、今日はより一層、鈍間に思える。
クリーナーが乗って来たワンボックスカーも、急いでその場から逃げ出した。
流石に沖に出た鬼柳のクルーザーをレッドスピーダーで追跡するのは難しい。
レイは、レッドスピーダーの後部に手を伸ばし、小型のドローンを手に取った。
野々原にリクエストしていた追跡用のドローンだ。
続いてレイは、小型タブレットを操作し、ドローンの絵をタップ。
小型タブレットのカメラで、鬼柳のクルーザーを撮影すると、ドローンを屋根に置き、画面の下の「CHASE」をタップすると、ドローンは飛び立ち、鬼柳のクルーザーの追跡を始めた。
そしてレイ自身は、クリーナーの追跡を始めるのであった。